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街路樹の片想い  作者: 大神 新
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終章 新学期 「手紙」

 これまでの人生で一番長かったような冬休みは終わった。やっと学校にいける。いつもの改札口で桜さんに会えるかと思ったが、今日は僕よりも早いようだ。もしかしたら避けられてしまったかもしれない。けれど、それはそれで仕方のないことだ。いつもの下駄箱を通っていつもの教室へ。僕はもう、桜さんを好きでいる自分のことを蔑むことはやめた。もちろん彼女に迷惑がかかるようなことはしたくないから、今までと変わらずにいるつもりだ。でも僕には新しい一つの想いがある。


 学校に着いて下駄箱を開けた瞬間、予想外のものが目に飛び込む。

 「平和君へ」と書かれた封筒が入っていた。いたずらか、はたまた挑戦状か。僕はなるべく期待しないように包の裏を見る。そこに書かれていた名前は、僕が一番期待していた名前だった。僕はあわてて回れ右をして、学校の外へ出る。……この手紙を見る前に桜さんに逢っちゃだめだ。僕はそう思った。だからこの日、桜さんに会うのは断念した。僕はいつもの場所ではなくて、あの河原へ向かった。桜さんの涙を見た、あの場所へ。何故だかそこが、一番落ち着ける気がしたから。そして静かに封をあける。桜さんの字はとても可愛い。多分伝わらないけれど、それだけは言っておく。


 ――平和君へ

 こんな形で私の気持ちを伝えるのはずるいことだと心得ています。でも直接会って言葉で伝える勇気がなかった私のことを許してください。

 私が平和君のことを知ったのは中学の頃です。当時、中学生の私には友達がいませんでした。それなのに先生やクラスメイトに推され半ば強引に生徒会に入ることになり、とても戸惑っていました。そんな中、地域中学の合同会で平和君を見たのです。ああ、この人は私と違って自分の意思でいろんな事を決めて生きているのだな、と思いました。私は憧れました。挨拶の大切さを語っていた平和君を見て、たくさんの人に挨拶をするようにしました。そうしたら友達ができて、嫌だった学校も楽しい場所になりました。私はその時、名前も知らなかった平和君に本当に、本当に感謝しました。

 高校二年生になって平和君があの時の人だと気づきました。けれど、なんて声をかけていいか……。私にはわからなくて、でも、クラス会で少し勇気を出しました。話すことができて、本当に嬉しかったです。平和君は初めて話しかけた私を「委員長」と呼びませんでした。それからもずっと私を名前で呼んでくれた。それが、とても嬉しかった。

 月が綺麗だった夜。私は大切な、本当に大切な友人を亡くして泣いていました。まさか誰かがいるなんて思っていなかった。平和君は、何も聞かずに傍にいてくれた。その優しさが私は嬉しかったのに、何も言えませんでした。翌日、私はいつもの通りに挨拶をした後。実は照れくさくて、電車で少し赤くなっていたんですよ。

 課外授業の時、平和君が倒れてビックリしました。でも少し安心しました。こんなことを言ったら失礼かもしれないけれど、あんなに強い人でも弱いところがあるのだと。何度か話したのに私はまだ緊張していたんです。もう少し話したいと思ったのに、「委員長」は辛いですね。

 文化祭の時、急に声をかけてごめんなさい。実は平和君にお願いしたことがあったのだけど、私の自分勝手に付き合ってもらうわけにはいかないと思って、黙っていました。なのに平和君は何も言わずに私がお願いしたかったことをしてくれていて、ビックリしました。ありがとうと、どうしても言いたくて引き留めてしまいました。ごめんなさい。別れ際に平和君が言ってくれた言葉がとても嬉しかったです。あの時、私は弱音を言いそうになりました。でも、平和君の言葉が私の勇気になりました。

 最後の戦いの前に、クラスのみんなに電話をすることを思いつきました。本当は真っ先に平和君に掛けようと思ったのです。けれど緊張してかけられなかったので、結局最後になりました。平和君に電話を掛けた時、事情を話そうかと考えました。声が震えてしまいそうだったのを必死でこらえて、電話を掛けました。でも平和君の優しい声に私は安心しました。そして、思ったのです。やっぱり私はこの人を巻き込みたくない、と。だから何も言わない事にしました。

 結局、戦いに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。何も言わずに、平和君は私を守ってくれました。どんなに感謝しても足りない……。

 あの戦いの後。平和君の傍に居たいと思ったのは、まぎれもなく私の本心です。他の人だったら嫌だったかもしれません。でも平和君だったから、私はそうしようと思いました。本当に、本当に、私は平和君の気持ちが嬉しかったから。

 でも平和君は、私に言いました。私が私を犠牲にするのは間違っていると。私は自分を犠牲にしたつもりはありません。けれど。言われて初めて気がつきました。そして平和君が私のことを本当に想っていてくれていることを知りました。だから私は決意しました。

 長くなりましたが。私には平和君にどうしても言わなければいけない言葉があります。


 私には好きな人がいます。

 でも、それは平和君ではありません。


 私がこの言葉を平和君に言わないでいるのは、とてもずるいことだと思うから。だから、どんなに私の心が壊れそうになっても。どんなに平和君を傷つける酷い言葉だとしても。私、桜 咲夜は正々堂々と、この言葉をこの手紙に残します。


 ごめんなさい。勝手に、憧れて。

 知らずに頼って。ずっと甘えて。

 こんな私を好きになってくれて、ありがとう。


 平和君が自分のことを街路樹だと言った時に、私は思いました。ねえ、知っていますか?桜の木も街路樹なのですよ。私たちは本当に似ていますね。私はもっともっと、強くなりたいと思います。平和君があの時、私に見せてくれたような、あんな綺麗な花をいつか咲かせてみたいと思います。

 平和君の気持ちは私にとって、嬉しくて、本当に嬉しくて。私にはこんなことを言う権利はないのかもしれません。でも、言わせて下さい。これからも私のことを見ていて欲しいです。

 ――咲夜より


 僕は本当に知らなかった。桜さんの気持ち、桜さんの想い。ただ自分勝手に想像して、勝手に決めつけていた。僕の想いは、僕の気持ちは、ちゃんと伝わっていたのだ。桜さんが思うほど実際の僕は恰好よくない。けれど想いは相手と共有して初めて成立する。だから、ちゃんと伝えなきゃいけない。胸の中に眠らせて独りよがりにした想いは、いつまでも報われることはない。たとえどんなに強く想ったとしても。僕は桜さんの気持ちをやっと知ることができた。そして報われた。だから、これからは堂々と彼女の傍に立てるよう、笑顔で生きようと思う。


 ――いいことがあったから、笑うのではない。

   笑顔でいようと生きるから、いいことが起こるのだ。


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