十五章 冬休み 「幸福」
結局、母親と妹には全部ちゃんと説明した。僕が片想いだったこと、彼女は僕の気持ちに応えようとしてくれていたこと。そして、もうお見舞いには来ないこと。桜さんを悪者にはしたくなかったから、うまいこと話を作るより恥を忍んで本当のことを言った。さすが家族。ちゃんと納得してくれた。母親が嬉しそうに「格好いいじゃない」と言ってくれたのは正直、意外だった。が……妹は最後まで残念そうにしていた。どうやら桜さんが姉になることを期待していたようだ。まったくな妹なのだが、なるほど兄弟なのだなと思った。
無事に退院を迎えたその日。待っていたのは家族だけではなかった。妙なヤツが僕の前に立ちふさがる。面倒なヤツが来たものだ。僕は家族を先に行かせ、相手をしてやることにした。
「で、何の用だ、少年誌野郎。」
どうにも思いつめた表情をしている。
「お前!」
いきなり胸倉をつかんでくる。いやいや待て。僕は一応、怪我人のはずなのだが。まったく乱暴なヤツだ。
「どうしてだ! なんで……!?」
そういうと。ずるずると少年誌野郎の手は力を失っていく。
「咲夜のこと、好きじゃなかったのか!?」
何をしに来たのだ、コイツは。体の傷どころか心の傷までえぐりに来たのか。腹が立つので少し意地悪をしてやろうと思った。
「黙れイケメン! お前には関係ない」
こともなげに言ってやった。
「何なんだ、お前の力は……。敵を倒すだけじゃない、俺や咲夜の傷まで……。どれだけの対価を払った!?」
僕の力、コノハナノサクヤビメ。それは敵対する相手を消滅させるという無慈悲な能力だ。ただし、神威を行使するには対価が必要。多くの場合は寿命や記憶を差し出すことになる。僕の場合は……。
「寿命一年」
「嘘をつくな! そんなレベルで済む話じゃないだろ!」
まあ、確かに。敵を消滅させる以外にも仲間の傷を全回復させる、という反則的な能力も兼ね備えている。病気には効果がなく、死人も生き返らないけど、外傷であれば一瞬で治癒する。
「制約があるんだよ。一年で一回だけ、それも木がある場所でしか使えない」
付け加えると発動条件は大切な人を守るという気持ちが最大限まで高まっていること。もちろん、自分を守るためには使えない。
「それに、この護身刀には最初から、もう一つ。祈りが込められていたみたいだ」
治癒の力はきっと僕の祈りではない。これは居なくなってしまった、御影 月夜さんの祈りだろう。なんとなくだけど、確信をもっている。二人分の祈りが重なった結果、想像を絶する威力になったのだ。
「だから、こんな能力、二度と発現しないぞ。運が良かったな、お互い」
「何でお前の傷は治らない?」
「本人には効果がないんだ」
元々の祈りに「自分はどうなっても構わない」という文言がついていたからな。そんなわけで、僕の傷は自力で治すしかない。幸いにして内臓の損傷は最小限だった。傷跡は残るけど日常生活に支障は出ないはずだ。
「その力、……火傷も治るのか?」
「外傷の一種だろ、治ると思うよ」
少年誌野郎はやっと手を離したと思ったら、そのまま崩れ落ちて地面に両手を着いた。一体どうしたというのだ。
「あの妖魔が生まれた時、咲夜の胎内を通った。アレは炎の化身だったんだ。だから……」
……まさか。桜さんはそんな重たい傷を負っていたのか?その上で、あんな風に笑っていた。なんて人だ……。そして、本当に良かった。彼女に傷跡や痣は残らない。普通の女の子で居られるはずだ。
「痴漢ってさ、普通は見つけられないよな」
少女マンガで痴漢からヒロインを救う話はよく聞くが。アレはフィクションだと思う。満員電車の中でそう簡単に痴漢を見つけられるものか。
「な、何の話だ?」
そう、このエピソードは唯一、僕が桜さんから聞くことができた話だ。
「ずっと見ていたから、気がついたんだろ?」
僕はその話を聞いた時にすぐに少年誌野郎の気持ちが分かった。それ以前にバレバレに両想いの二人だが。
「ち、違う、アレは……!」
僕は少年誌野郎の見栄を張った回答など聞く耳も持たない。うろたえる姿を見て少し、すっとした。
「なあ、お前……、中学生の頃に桜さんを振っただろ。なんでだ?」
少しだけ興味があった。好きな相手を拒絶する。それはすごく、ものすごく辛いことだ。それなのに少年誌野郎はそれをした。その理由は何だったのだろう。
「なっ!?それは、今は関係ないだろう!」
「じゃあ、僕もお前に話すことなんかない」
僕はぴしゃりと言い放った。別にいいのだ。その理由など聞かなくても僕は困らない。少年誌野郎は悔しそうな顔をして、答えた。
「――が、……好きだったからだ」
「よく聞こえない」
面倒なヤツだ。桜さんはこんなヤツのどこがいいのだろう。と、負け惜しみだけど思ってみる。多分、誰がどう見てもいろんな意味で僕が少年誌野郎に勝つ要素は少ない。でも気持ちでは一つも負けていたくない。僕も変わったものだ。
「俺の友達が、咲夜のことを好きだったからだ!」
なるほど、友情を取ろうとしたということか。わからないでもないけど……。少年誌野郎も馬鹿なヤツだな。そして今はそのことを後悔しているってところか。くだらない、とは言わない。けれどそんな理由だったらきっと次は。桜さんの想いは届くだろう。
「なんかわかった気がする」
そういえば僕は少年誌野郎が無事だって知った時に、思わず、「よかった」と思ってしまった。結局、少年誌の主人公のように人を惹きつけるような人間なのだ。それはきっと少年誌野郎が僕よりもずっといいヤツだからだろう。良く考えたら、そもそも少年誌野郎は僕の命の恩人でもある。最初に救ってもらったことをすっかり忘れていた。
「何が、だ?」
釈然としない態度をしている。そりゃそうだろう。僕が何を考えているかなんて、お前みたいなやつに解るはずがない。
「桜さんが、お前を好きな理由」
言っておくが。僕は少年誌野郎が嫌いだ。桜さんのことを一番に考えてない。僕だったらどんな友人よりも、家族よりも、桜さんを一番に考える。だけど……。桜さんも少年誌野郎も。いつも誰かのことを考えて、自分を犠牲にしている。対して僕はいつも「自分」の想いにしか目が行っていない。母親の気持ちだって無視して、桜さんのことばかり考えていた。今回はそれが結果的に、運よく桜さんのためになっただけ。正直、少年誌野郎にも、桜さんにも、そして存在を消されてもなお、祈りを残した御影さんにも、適わないな、と思った。
「お前はそれでいいのかよ!」
少年誌野郎が叫ぶ。恥ずかしいやつだ。
「いいわけないだろう」
僕は正々堂々と言う。そして、ビシっと指を突きつけてやった。
「だから、お前には負けない」
少年誌野郎はそれを聞いて嬉しそうに笑った。まったく、僕と少年誌野郎は絶対に合わない。そう思った。
「俺もお前には負けるつもりはない」
そう言って、やっと去って行った。僕は現時点ではヤツの相手にもならないだろう。だからといって僕は月並みに二人の幸せなんて願ってはやらない。僕は桜さんがまだ好きなのだ。だから諦めない。いつだって足元をすくってやる気だ。そのためにも、まず。僕はせめて自分のことを自分で誇れるぐらいに、強くならなきゃいけない。少年誌によくある修行を経てパワーアップなんて、そんな単純には行かない。僕には今日も明日も、変わらない「日常」しか与えられない。近道なんてない。毎日毎日、目に見えないぐらい少しずつ。僕はそうやって強くなるしかないのだ。
「幸福」は歩いてこない。
それは手を伸ばして、掴もうとしない限り手に入れることはできない。
口をあけて待っていたところに舞い込んだものはただの「幸運」だ。
それは幸福とは呼ばない。幸運と幸福は違う。
幸福は降って湧くことはない。なぜなら幸福とは、作るものだから。
それは他人からみたら、とても幸福とは言い難い、些末なものかもしれない。
幸福は願い、傷つき、悲しみ、苦しみ、足掻き、それでも折れることなく。
前を見て必死で進んで、通り過ぎた道の中に、優しく光っているものだ。
だから、歩みを止めた人には、決して幸福など訪れない。
幸運を待つだけの人は、永遠に幸福にはなれない。
だから僕はもう、決して歩みを止めない。
「幸福になる唯一の方法」を知ったから。
――悲しみを避けて通ることはできない。
けれど、同じように。
幸福もまた、避けて通ることができないはずだ。