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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界に転生したみたいなので、私は竜騎士を目指すことにしました

作者: 笹 塔五郎

 幼い頃から病気がちで、いつも病室から外を眺めていた。

 どのみち私の人生が長くないことは……いつの日からか自然と理解できていたのが、救いかもしれない。

 両親は共働きで、だけど私の見舞いには来てくれた。

 友達は……いない。でも、両親が来てくれるし、看護師さん達も優しいから寂しくはなかった。

 そんな私にも夢はある。

 いつか、外の世界を自由に歩いてみたい――そんな、きっと誰でも当たり前にできるようなことが、私の夢だった。

 やりたいことがある、とかじゃない。外を自由に歩けたら、きっとやりたいことも見つけられる。それに挑戦することだってできる。

 だから、叶わないとしても私の願いはそんな、『当たり前』のことなのだ。

 ……夢だけは、持ち続けるのは自由だよね。

 最期の日も――そんな気持ちを持って、私の人生は呆気なく終わりを告げたのだった。


「――」

「う……?」


 耳に届いた声に、私は思わず疑問の声を漏らす。

 けれど、それは声になっていなくて、もう話すこともできない状態なのに、私は死ななかったのだと、そう思った。

 けれど、視界に入ってきた女性を見て、私は思わず目を見開く。

 白と黒を基調としたメイド服――唯一の私の娯楽である、テレビやマンガで見たことしかない。

 どうして病室にメイドさんが……そう思ったけれど、よく見れば天井は病室の真っ白なものではなく、木造であることが分かった。

 寝ているベッドも、いつも私が使っている機械やらが置かれたものではなく、周囲を木の柵で囲われた、落下防止用に作られたベッドのようだった。

 もしかして、私はまだ眠っていて夢を見ているのだろうか――そう思って、もう一度目を瞑ろうとすると、メイドさんが私の身体を持ち上げる。

 人に触れられた感覚は明らかに本物で、私は思わず驚きの声を上げてしまう。


「う、あ……!?」

「――?」


 何を言っているのか分からないけれど、彼女は優しげな微笑みを浮かべて私に語り掛けてくる。

 部屋を見渡すと、そこは病室ではなく、誰かの部屋のようであった。

 ただ、木造でもどこか洋風に見える家屋に、見たことのない装飾品の数々。

 まるで、ファンタジーの世界にでも紛れ込んでしまったかのような、そんな錯覚すら覚える。


「あうっ」


 私は、窓の方を指差した。

 メイドさんは私の動きを見て頷くと、窓の方に近づいて開けてくれる。

 ――そこに広がっていた景色は、いつも見るものとはまるで違っていた。

 自然溢れる緑の中に、時折見えるのは家屋。

 疎らに人が歩いていて、見たことのない動物を連れて歩いている。

 子供達が、草原でははしゃぎながら歩いているところまで見えた。


「わあ……」


 私は思わず、驚きの声を漏らす。

 きっと夢なのだろうけれど、私の知らない世界がそこに広がっていた。

 ひょっとしたら、死ぬ前に眠りについた私の、最期に見ている夢なのかもしれない。

 それなら、できるだけこの夢が続いてほしい。

 そう思ったけれど、私の眠気は徐々に強くなっていく。

 ああ、どうせなら……赤子ではなく、もう少し成長した姿で、外の世界を歩いて見たかった。

 広がる自由な世界に、手を伸ばす。けれど、最期に良い夢を見た――そう思って、私は深い眠りについた。


   ***


 ――そんな風に思ったのは、もう三年も前の話だ。

 あれから……私は普通に目を覚まして、変わらずに赤ん坊の生活を送ることになった。

 正直言って、赤ん坊の時の記憶があるわけではないから、色々と恥ずかしいところもお見せしてしまったわけだけれど、そこは仕方のないことだ。

 そうして、暮らしてきた中で色々と分かってきたことがある。

 まず、私のこの世界での名前はセリナ・マーフィル。

 女の子で、栗色の髪をした可愛らしい子。……自分で言うのもなんだけれど、実際のところ可愛いのだから仕方ない。

 将来はきっと美人さんになるだろう、なんて他人事で鏡を見てしまうくらいだ。

 そして、私が暮らしているのはマーフィル家の屋敷。

 どうやら、私はそれなりに裕福な家に生まれたらしい。

 ……もう、夢ではなかったというのは、最初に一週間くらいで理解してしまった。

 どういうわけか、私は記憶を持ったまま、別の世界の赤ん坊――つまり、セリナ・マーフィルという子に生まれ変わってしまったらしい。

 私の最期の願いが神様に届いたのか……いるのか分からないけれど、そうだとすれば私にとっては、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 しばらくすると、私は『外』に連れ出された。

 初めてこの世界で目を覚ました時に見た景色の中に、実際に私もいる。

 豊かな自然に、およそ日本人とは違う容姿の人々。最初はどこかの外国なのかもしれない……そう思ったけれど、何より私の知らない生き物が多すぎた。

 羊のような姿をしているけれど、どこか少し違う。

 角が大きくて、鳴き声も「ウマァ」だ。心の中で「馬かよ」と突っ込んで一人笑ってしまった。

 その日はそんなに長く外には出られなかったけれど、とても充実した日だったことは、今でも覚えている。

 そして、今はまだ付き添いは必要だけれど、今度は自分の足で歩き出すことができるようになっていた。


「おかあさま、おそとにいきたいです」

「あら、またなの? セリナは本当にお出かけするのが好きね」


 私はソファに腰かける母――メティア・マーフィルと話す。

 初めは言葉も分からなかったけれど、気付けば自然と理解して、話せるようになっていた。

 だから、この世界のことについては、主に家にいる人々から情報を得ている。

 母のメティアの他に、屋敷には数名の侍女メイドがいる。

 特に私のことを世話してくれる人は、侍女長のアルカーナ・シィーリスだ。

 メティアもそうだが、それ以上に私と一緒にいてくれるのは、アルカーナの方だった。

 メティアは、私の父であるグレイ・マーフィルの不在の代行で仕事をしていることが、よくあった。

 父のグレイはここ、《ベルフェッド》と呼ばれる地の領主であり、地方領主と呼ばれる立場にあった。地方とは名が付くけれど、ベルフェッドは広大な地で、国内でもそれなりに地位のある立場にあるようだ。

 あくまで、聞きかじっただけの知識でしかないけれど、グレイはよく家を留守にする。

 それだけ、領主として色々な場所に出向かなければならない、ということだろう。

 ただ、帰ってきた時は目一杯、私に愛情を注いでくれる。……恥ずかしいのか、誰も見ていない時が多いのだけれど。

 両親だけでなく、侍女達も良い人ばかりだ。


「アルカーナ、いる?」

「はい、奥様。何か御用でしょうか?」

「ごめんなさいね。セリナがまだ外に出かけたいみたいなの」

「うん、そと、いきたいです」

「あら、セリナ様は本当に出かけるのがお好きですね」

「お願いできる? ちょっと、私は依頼のあった書類に目を通さないといけないから」

「ええ、もちろんです。セリナ様、私と参りましょうか」

「はい、ありがとございます」

「ふふっ、セリナ様は礼儀正しいですね。さすがは、マーフィル家の子です」


 アルカーナが微笑みを浮かべて言う。

 ……まあ、礼儀くらいは私も弁えている。

 特段これがすごいというわけではなく、私には前世の記憶があって、普通の子よりは精神年齢が高くなることが大きな要因になるだろう。

 けれど、私の周囲からの評価は礼儀正しいけれど、好奇心旺盛で活発な女の子、という感じだった。

 さすがに一人での外出はまだ許されていなくて、庭先でも誰かしらが付き添うか、見張っている状態になってしまっている。

 当たり前のことかもしれないけれど、それでもこうして外を歩けるのは、すごく気持ちがよくて楽しいことだった。

 アルカーナと手を繋いで、私は屋敷から外に出る。

 領主の家だけあって、庭先も結構広い。

 幼い身体の私が外に出るのも、少し時間がかかってしまうくらいだ。

 けれど、私はすぐに外に出ようとして駆け出そうとする。


「セリナ様、危ないからゆっくり行きましょうね」


 ……しかし、侍女長のアルカーナがそれを許してはくれない。

 私に何かあれば、彼女にも迷惑が掛かってしまうかもしれない。

 それも踏まえて、私はすぐに大人しく歩き始める。

 時間にして、大体十五分から三十分くらいか――外に出られる時間は、まだまだ短い。


「おや、セリナ様ではないですか。もうこんなに大きくなられたのですな」


 入口の門を抜けるとすぐに、一人の老人に声を掛けられた。

 確か、この町の少し外れの方で暮らしている人だ。

 買い物の帰りなのか、一匹の動物に荷物を持たせて、手綱を引いている。

『カンケルピス』という名前の動物だ。

 カンケルピスは鹿に近い見た目の魔物だが、角は一本しかない。

 実際の種族名も、確か『一角鹿種』という名前だったはずだ。

 四本の足は太く、山道などを歩くのに適している。元々の生息地が山道の方であるからか、体力も多い――そう、家にある図鑑には書いてあった。全てまだ読めるわけではないので、情報としては少し飛ばし飛ばしだけれど、草食で大人しい性格のカンケルピスは、柔らかな毛皮を持つ。

 私は早速、カルケンピスの側に近寄った。


「……」


 カルケンピスは近寄って来る私の匂いを嗅ぐようにして、鼻を近づけてくる。

 最初は角が迫って来るのでちょっと怖かったけれど、カルケンピスはその辺り上手く当たらないように調整してくれているようだった。

 この世界の魔物は、賢いものが多い。


「ほほっ、セリナ様は動物がお好きなようですな」

「ええ、小さい子だと大きな動物を怖がったりするものなのですが、セリナ様はカルケンピスよりも大きな動物でも積極的に近づかれようとするので。少し心配になってしまいます」

「村にいる動物は皆、大人しいですから。魔物とは違いますからの」


 近づくな、と言われたらもちろん従うつもりだけれど、こうもふわふわとした毛並みを持つ愛らしい動物が目の前にいて、我慢しろという方が無理な話だ。

 昔は猫や犬にも触れる機会がなかったので、こうして動物に触れられるだけでも満足感がある。


「……」


 カルケンピスは寡黙で、まだ鳴き声を聞いたことない。

 けれど、私に優しく頬擦りするようにしてくれるので、別に可愛い鳴き声でなくても好きだ。

 角の辺りを撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑る。


「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません。セリナ様、そろそろ」

「はい」


 アルカーナの言葉に従い、私はカルケンピスから離れた。

 もう少し撫でていたかったけれど、私の都合で足止めをしてしまっても悪い。

 手を振って見送ると、老人も笑顔で手を振り返してくれた。

 カルケンピスはこちらの方を向いてはくれなかったけれど。


「……アルカーナ」

「はい、どうしましたか?」

「わたしも、いつかどうぶつ、かいたいです」

「そうですね。いつかセリナ様が大きくなって、一人でもお世話にできるようになれば、奥様もきっとお許しになってくれますよ。動物も生き物ですからね」

「うん」


 簡単な気持ちで飼うのは難しい――そこまでは言わないけれど、アルカーナは私にそう伝えたいのだろう。

 私も、それは十分に理解している。

 けれど、ああやって人間と動物が自然な形で暮らしているのには、すごく憧れてしまうのだ。

 猫か、犬か――あるいは馬に乗って草原を駆けるのもいいかもしれない。

 外に出られるようになった私は、少しばかり大きな夢を抱くようになっていた。


   ***


 月日が経つのは早いもので……そういう言葉を使うのは、正しいのだろうか。

 私がこの世界に生まれてから、早五年という月日が経った。

 五歳にもなると、少しばかり外出の自由が利くようになる。

 まだ一人では出歩けないけれど、私にはもう一つの楽しみができた。


「やあっ!」


 掛け声と共に、私は振るのは木で作られた剣だ。

 庭先で、私は木剣を振るって稽古に勤しむ。

 子供の頃から何か運動をしておくといい――そういう話は聞いたことがある。

 そこで、私も何かやりたいとは思っていた。

 両親共々、武術を嗜んでいるという話だったので、私も武術を習うことにしたのだ。

 この世界にはもう一つ、『魔法』という概念が存在しているのだけれど、それが学べるようになるのは十二歳からと決まっているらしい。

 幼いうちは危険だからと、国で認められた学園でしか学べないそうだ。

 正直興味はあるけれど、今は身体を動かしての稽古も十分に楽しい。

 私に武術を教えてくれるのは、以前はこの領地を守る兵士をしていた男で、今は引退して農家をしているルキウス・ファレマであった。

 武術における家庭教師を頼んでいるわけだ。


「えいっ!」


 最初は素振りをニ十回だとか、かなり基礎的なものばかりだったけれど、私は自主的に毎日剣を振るっていた成果もあってか、すぐに五十回はすぐに振れるようになった。

 動ける身体というのは本当に良いもので……私の身体は運動神経もいいみたいだ。

 五歳で木登りもできるようになったし、同じ年齢の子と比べても体力もあって動きがいい、とルキウスからは褒められている。まあ、少しお世辞も入っているかもしれないけれど。


「せいっ!」

「そこまで」

「はい、先生っ」

「うむ、元気があってよろしい。では、次は打ち込みの稽古を始めますかな」

「はい! よろしくお願いします!」


 打ち込みの稽古は、木剣を構えたルキウスに向かって、私は木剣を持って仕掛けるものだ。

 老人に仕掛けるなんて……そう思ったこともあったけれど、さすがは元兵士と言うべきだろうか。

 まず、動きが全然違う。

 子供の私が頑張ったところで、全くと言っていい程に彼に当てられる気はしなかった。

 それでも、私は必死にルキウスに一撃を加えようと剣を振るう。


「やぁ!」

「今のは中々、良い一撃でしたね」


 そう言いながらも、軽々と私の振るった剣は止められてしまう。

 弾かれると、バランスを崩して尻餅を突いてしまった。


「わっ……」

「おっと、これは申し訳ございませぬ。お怪我はありませんか?」

「大丈夫です、先生。そんなに心配なさらないでください」

「そういうわけにも参りません。稽古とは言え、お身体を怪我させてしまうようなことがあってはなりませんからな」


 ……ルキウスもそうだが、やはり私が領主の娘である、ということもあるのだろう。

 割と、こうして気を使われてしまうことがある。

 優しくされるのはもちろん嬉しいし、ありがたいのだけれど、稽古ならばもっと厳しくあるべきなのではないだろか。――マンガ知識くらいしかないのだけれど。


「私、強くなりたいんです。だから、先生ももっと厳しくしてほしいです」

「強くなりたい、ですか。それは何故です?」

「何故って……」


 私は答えに少し悩んだ。

 この世界には――『魔物』と呼ばれる存在がいる。

 町の中は安全ではあるが、外れの方に行くと魔物も出没することがあると聞いた。

 魔力を体内に宿した動物と言えばいいのだろうか。魔物の多くは気性が荒く、人を襲うこともあるという。

 だから、町の外を自由に歩くには、まずは魔物に勝てる実力を身につけなければならなかった。

 ――けれど、いつか自由に旅をするために魔物を倒せる力を身につけたい、なんて領主の娘が言うと、さすがにルキウスも驚いてしまうかもしれない。


「私も領主の娘ですから、この地を守れるようになりたいのです」


 だから、ちょっとだけ言い方を変えた。

 これなら、自然と領主の娘らしい考えを持っていると思われるのではないだろうか。

 そう思ったけれど、私の言葉を聞いたルキウスは驚いた表情を浮かべて私を見ている。……やっぱり、ちょっと変だっただろうか。


「いやはや、これは驚きました。幼いながらも、もうそんな先のことまで考えられているとは……さすがは、この地を納めるマーフィル家のお嬢様ですな」


 感心したように頷いてくれるルキウス。……どうやら、これはこれで納得してくれたようだ。


「そういうことであれば、この老体も微力ならば協力致しましょう。もう少し、稽古も厳しく致しますが、お覚悟はよろしいですかな?」

「もちろんです、先生っ」


 私ははっきりと答える。

 やはり、手を抜いているわけではないが、どこか気を遣われていたところがあったらしい。

 これで、私も以前に比べるとよりしっかりとした稽古を受けられるようになるだろう。


「では、構えて」

「はいっ」


 木剣を構え、再びルキウスへと向かう。

 この日は何度も転ばされたけれど、充実した稽古の日となった。

 身体は疲れてしまっても、まだ動ける――動かせば動かすほど、どんどん楽しくなってくるのだ。

 稽古も終わって家に戻ると、すっかり服も汚れてしまっていて、


「まあ……今日は随分と汚れてしまって」


 ため息をつきながら、侍女長のアルカーナが言った。


「申し訳ありませぬ。年甲斐もなく、この老体が気合を入れてしまい……」

「いえ、私がお願いしたのです。マーフィル家の者として、恥じぬ武術を身につけたい、と」


 ルキウスにそんなことを言わせるのは申し訳ないと、私はすかさずフォローした。

 私のためにやってくれたのだから、ルキウスが責められると困る。


「いつからこんなに逞しくなられてしまったのでしょう……。ですが、その心意気を否定することは、私も致しません。ルキウスさん、本日はどうもありがとうございました。また、明日もよろしくお願い致しますね」

「ええ、もちろんですとも。それでは」

「ありがとうございました、先生っ」


 屋敷を去るルキウスを見送る。

 その後ろ姿が見えなくなると、わしっと私の身体をアルカーナが持ち上げた。


「わっ、アルカーナ……?」

「さあ、お嬢様は私と共にお風呂に参りましょう」

「え、これからまだ自主練を……」

「今日は朝からずっと稽古ばかりでしょう? お風呂に入って、あとはお勉強の時間にしてください。私が教えますから」

「……稽古の方が好き」


 ぼそっと呟くように言うと、アルカーナが私の身体を掴む力を少し強くする。


「お嬢様……私の知らぬ間に少しお転婆になられましたか……?」

「う、嘘っ! 今のは嘘だから! 私、お勉強も好き!」

「ふふっ、そうですよね。それでは、お風呂に参りましょうか」

「……はい」


 優しかったアルカーナが、最近少し怖く見えるようになってきた。

 もちろん、私を思ってのことなのだろうけれど。

 お転婆になってきた――そう言われて、少しだけ嬉しい私がいるのも事実だった。


   ***


 つい先日、私は十歳という年齢を迎えることができた。

 この歳になると、一人で外出する機会も増えてきていた。

 もちろん、町の外に出てはいけないというルールはあったけれど。

 毎日の稽古を欠かすこともなく、今も庭園で自主練を行っている。


「ふっ――」


 小さく息を吐き、足に力を込める。

 地面を蹴って向かうのは、庭園に生えた一本の木だ。

 走った勢いのままに、私はそのまま木に足をつくと、勢いよく駆け上がっていく。

 一歩、二歩、三歩――ほぼ垂直の木も、走って駆け上がることができるようになるとは、正直言って私も思わなかった。

 七歩目で、ぐらりとバランスを崩す。この辺りが、まだ私の限界みたいだ。


「よっ」


 私は手に持った『槍』で、木に傷をつける。

 傷をつけた場所で、昨日よりも高く上がれていることが分かった。

 元兵士であるルキウスから剣術を中心に指導を受けていたけれど、私の成長に合わせて他の武器も試してみようということになった。

 結果として、私が一番しっくりきたのは槍であった。

 身長の低い私が直剣を扱うよりも、いっそのことリーチが長い槍の方が扱いやすいのかもしれない。

 どうあれ、しっくりくるのがこれであった。

 今では、割と自由に槍を操ることができる。体操選手が道具を使って演技するかのように、身体の一部と同じく槍を扱える――ようになるのが、私の目標だ。

 今でも、十分には扱えるようになってきたけれど。


「さて、もう一回――」

「ほほう、随分と高くまで行けるようになったなぁ」

「っ!」


 構えてもう一度木を駆けあがろうとしたところで、背後から声を掛けられる。

 振り向くと――そこにいたのは父、グレイ・マーフィルであった。

 無精髭を生やしているのは、先ほど仕事から帰ってきたばかりだからだろう。

 ここ最近は屋敷に戻ってくるのも、数週間に一度くらいだ。


「お父様っ」


 私はすぐにグレイの元へと駆け寄る――すると、グレイが私の身体を抱きかかえた。


「おぉ、少しは身長も大きく……なってないか。まあ、女の子だからな」

「私もまだ十歳ですよ、お父様」

「そうだな。だが、もう十歳とも言える。ほんの少し前までは、まだこんなに小さかったのに」


 私を地面に下すと、グレイは右手の親指と人差し指で『コの字』を作る。

 ……私の大きさを指し示しているらしい。


「そんなに小さかったことなんてないです」

「はははっ、すまんすまん、怒るなって」


 私が少し頬を膨らませて言うと、グレイが笑いながら謝ってきた。

 幼い頃はそれこそ溺愛というばかりに、帰って来るたびに遊んでくれた。

 今でもそれは続いていて、最近ではこういう感じの冗談も混ぜて話すようになってきたのだ。

 グレイが私のことをバカにしているとは、もちろん思っていない。

 こういう冗談を言ってくれるようになったのは、私が成長してきたと思っている証拠だろう。


「しかし、わずか十歳にして木を駆け上がれるまでになるとは……俺の娘ながら恐ろしいな」

「これくらいならば、兵士の方々ならできるのでは?」

「いやいや、確かに二、三歩くらいながら鍛えているからできるだろうが、七歩までは行ける奴は早々いないぞ。実に優秀だ」


 そう言って、グレイが私の頭を撫でてくれた。

 思わず、少し頬が緩んで綻んでしまう。

 褒めてくれたのが嬉しいのはもちろんのことだが、どうやら私は幼い頃から欠かさずに稽古を続けてきたおかげで、割と優れた身体能力を会得したみたいだ。


「それで、お父様はしばらく屋敷におられるのですか?」

「いや、また明後日には出ることになるな。すまんな、本当ならもっと一緒にいてやりたいんだが……」

「いえ、お父様が無事で帰ってきてくれるだけで、私は嬉しいですっ」

「! 何と、嬉しいことを言ってくれる娘か……!」


 感動して涙を流す――とまではいかないが、今にも泣き出しそうな表情を見せるグレイ。

 私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。……けれど、無事に帰ってきてくれるのが嬉しいというのは本音だ。

 この世界の両親だって、当たり前のように私にとっては大切な人だ。

 前世のことを忘れたわけではなくて――今はこうして、幸せに生きているということを伝えられたらな、と時々思う。

 そんなことを考えていると、パンッとグレイが手を叩いて言い放つ。


「よし、ならば今日は俺が稽古に付き合ってやろう」

「! 本当ですか? お父様も、かなりお疲れなのでは……」

「ははっ、なぁに。可愛いお前の姿を見たら、疲れなんて吹っ飛ぶさ。ただし、刃のついた槍は危険だから、木製の物に変えてくるんだ」

「はいっ」


 私は急ぎ足で倉庫の方へと向かう。

 そこには、私の稽古で扱ってきた木製の武器が保管されている。

 剣に始まり、槍の他には弓もある。盾の扱いなんかも学んだこともあった。

 武術を学んで扱えるようになっていくのが、楽しかったからできたことなのかもしれない。

 グレイが得意とするのは、剣術だ。

 私は木剣と木槍を持って、グレイの元へと戻っていく。


「お父様、こちらを」

「ああ、ありがとう。よし、今のお前の本気を、俺に見せてくれ」

「はいっ、よろしくお願いします」


 私は頭を下げて、早速槍を構える。

 グレイもまた、剣を構えて私の様子を窺う。

 この前に見てもらった時は、グレイは剣を構えることなく様子を見ていた――そう考えると、少なくとも私は父に構えをとらせるだけの実力を身につけることは、できたのかもしれない。


「いきますっ」


 掛け声と共に、動き出す。

 私は真っ直ぐグレイの元へと駆けていき、繰り出したのは突きだ。

 だが、軽くあしらわれてしまう。

 私の領主のイメージだと、剣の腕よりも何やら頭を使った仕事が多いのかと思っていたけれど、グレイは剣の腕も相当に立つ。

 実際、私が幼い頃から稽古を続けていたというのに、まだ攻撃を当てられる気がしない。

 逆に、グレイからの攻撃を防ぐのはギリギリだ。

 私の攻撃を捌いたグレイが、すぐに反撃をするようにして剣を振るう。

 私は身体を翻すようにして避ける。


「おっ」


 グレイが少し驚いたような声を漏らした。

 少し距離を取って、グレイの周囲を窺うように駆ける。


「今の避け方は中々すごかったな」

「ありがとうございます。でも、まだこれからですよ――」


 そう言って、私は再びグレイに仕掛けた。

 グレイとの稽古の時間も楽しくて、気付けば汗だくになるまで続けてしまっていた。一方のグレイは、


「良い汗をかいたな!」


 笑顔を浮かべて、うっすらと浮かび上がった汗を拭うくらいだ。

 ……まだ、グレイとの実力の差は大きい。それでも、地面に座り込んで息を整える私の方にやってきて、


「本当に、強くなったな。セリナ」

「! お父様、ありがとうございましたっ」


 父の言葉に答えて、最後は立ち上がって頭を下げる。


「よし、お風呂で汗を流してくるといい」

「お父様がお先に入られては?」

「お前はずっと稽古をしていたのだろう。それに、今は汗だくだ。先に入ってしまえ」

「分かりました。では、お先に失礼いたします」


 ――父との稽古は、こうして終わった。

 まだ勝てないけれど、いつかは父を超えるだけの実力を身につけたいと思っている。

 屋敷の方に戻ると、母のメティアが出迎えてくれた。


「セリナもお父様に負けず劣らず、強い子になったのね。窓から見ていたわ」

「まだ勝てませんでしたけれど、いつかは勝てるようになりたいと思います」

「ふふっ、娘なのに父を武術で超えたいなんて……誰に似たのかしらね? さ、早く汗を流して――」


 不意に、メティアがふらりとその場でバランスを崩す。

 私は咄嗟に、彼女の身体を支えた。


「だ、大丈夫ですか? お母様」

「ええ……少し仕事で疲れただけだから。大丈夫よ」

「あまり無理をしないでくださいね。私も、お母様のお仕事で手伝えるものがあればしますから」

「ありがとう。でも、これくらい平気よ。ほら、行ってきなさい」

「はい、行ってきます」


 その時は、私も大きくは心配はしなかった。

 バランスを崩したのも一瞬だけだったし、顔色だって悪いわけじゃない。

 汗を流して、久しぶりに家族揃って食事をして、久しぶりに家族が同じ寝室に寝ることになった。

 両親に稽古の話をして、それを聞いてもらえるだけで嬉しくて、いつもより遅くまで話してしまう。

 それでも眠気には勝てなくて、自然と眠りについた。――そして翌日に、メティアが倒れた。


   ***


「そうか……分かった。俺が何人か兵を率いて対応する」


 グレイが医者と、話をしているところを盗み聞きした。

 メティアが倒れた原因は仕事の疲れなどではなく、病によるものであった。

 それも、事態は一刻を争うものらしく、母の病気を治すために、グレイが数名の私兵を率いて治療に必要な材料を集めに行く――そういう話になっている。

 ただし、人数は決して多いとは言えない。

 話を終えて医者が出て行ったところで、私は部屋へと入る。


「お父様、私も連れて行ってください」

「! セリナ……聞いていたのか。聞いていたのなら、お前を連れて行くことができないことも分かるだろう」

「《魔茨の森》――ここからそれほど離れていないところではないですか。どうして私はダメなんですかっ」

「当たり前だ。ピクニックに行くわけじゃない。まだ幼いお前を、魔物の棲む森に連れて行けるか」

「私だって遊びに行くつもりで言っているわけではありません。お母様の命が危ないのだから、私が行くのは当然です」

「それでお前に何かあったらどうするんだ。大丈夫だから、お前は母さんと一緒にいろ」

「……っ」


 ――当たり前のことかもしれないが、私がついていくことは拒否されてしまう。

 もう少し私が大きければ連れて行ってもらえたかもしれないが、この世界ではまだ十歳の子供だ。

 多少腕に自信があったとしても、実際に魔物と戦ったこともない子供は、連れていけないということだろう。

 結局……グレイは数名の兵士を連れて、森の方へと向かってしまった。

 私はアルカーナと共に、ベッドに横になるメティアの世話をする。

 体内の魔力が暴走してしまっている状態だと、話には聞いた。

 滅多にないことだが、こうなってしまうと意識的に魔力の操作ができないのだという。

 子供に起こることの多い病気だと言うが、子供の場合はそれほど重症化はせず、魔力の操作を覚えた大人の方が問題があるらしい。

 それも、魔力が多い程に、重症化しやすいのだ。

 つまり、母は優れているが故に重症となってしまったのだ。

 今はメティアの意識はなく、ただ荒い呼吸を繰り返すだけだ。


「大丈夫です。旦那様は必ず、薬に必要な材料を持ってきてくださいます」

「……この辺りで買えないのですか」

「数が少なく、扱っているとすれば王都の方になるでしょうが……そもそも珍しい病気ですから」


 やはり、父が薬の材料を持ってくるのを待つしかない。

 ――それは分かっているのだけれど、病気で苦しむ母の姿を、見ているだけなのは嫌だった。

 前世の両親は、こんな気持ちだったのだろうか。

 今は、治せる可能性のある薬が、手に入るかもしれないのに。

 ……だったら、待っているだけなんてできるはずがない。

 私は立ち上がって歩き出す。


「! セリナ様、どちらへ?」

「少し、風に当たって来ようと。しばらくしたら戻りますから」


 私は嘘を吐いた。

 部屋を出ると、すぐに自室に向かい――着替える。

 手荷物のは、十歳の誕生日に買ってもらった一本の槍。

 それが今の私の得物だ。

 そっと屋敷から出て、私はすぐに駆け出した。

 グレイは兵士を引き連れて、馬で移動しているはず。

 馬ならば時間はかからないだろうが、さすがに走りだと少し時間がかかるか。

 ――それでも、本気で走れば問題はない。


「おや、セリナ様。どちらへ――おお!?」


 屋敷の前で挨拶をされたが、私はそれにも答えず走り出す。

 全速力で、森の方角へと向かった。


   ***


《魔茨の森》は――魔物が何体も潜んでいる。

 子供だけでなく、大人も一人で立ち入るのは禁止されていると、聞いたことがあった。

 私はそんな森の中を、一人で進む。

 森の中に入る前に、グレイが連れて行ったと思われる兵士が馬と共に待機していた。

 中に入るのが難しいからと、置いていったのだろう。

 私はグレイ達が入ったところとは、別のルートからアプローチを仕掛ける。

 必要な薬の材料は《黄緋花》。

 森の中では目立つ色をしているために、視認できればすぐに分かるだろう。

 図鑑でも確認はしておいたが――群生しているわけではなく、広大な森の中で見つけるには、人手だけではなく運も必要であった。


「……絶対、見つけてみせる」


 私はそう決意して森の中を進んでいく。

 周囲から聞こえるのは、動物かあるいは魔物の鳴き声か――私は周囲を警戒する。

 どれくらい進んだろうか――木を登れば、どの方角から私がやってきたのか分かる。

 逆に言えば、森の方はかなり広大だと言えた。

 あまり奥に行くと今日中には出られなくなるかもしれない……。

 ある程度は、決められた範囲を行動するしかないか。


「――」


 下に降りたところで、私は何か違和感を覚えた。

 見られている気がする――そんな感じがして、私は警戒を強める。

 一見すると何も変わらない状況であったが、その時は一瞬で訪れた。


「ガウアッ!」

「っ!」


 茂みの中から、灰色の狼が飛び出してくる。

 サイズとしては、私の知っているくらいの大きさ。

 ただ、一瞬にして距離を詰めてきて――私は咄嗟に手に持った槍で防ぐ。

 槍の柄の部分に狼が噛みついて、私には牙は届かない。

 けれど、爪によって肩の部分が引き裂かれた。


「ちっ!」


 思わず舌打ちをして、私は狼を蹴り飛ばす。

 腹部への一撃は強烈だったのか、情けない声を上げて狼は距離を取る。

 だが、次に出てきたのは――五匹の狼。


「群れで行動するってわけ、ね」

「グラァ!」


 狼の鳴き声と共に、私は駆け出した。

 地の利は向こうにある――こんな森の中でも、自在に駆けることができるのは自然界の動物というところだろう。

 いや、もしかするとこの狼は魔物に分類されるのかもしれない。

 木々の間を縫うようにして、私は駆ける。

 このまま逃げ切れるわけもない。


「ギャワァ!」

「――」


 鳴き声と共に、狼が地面を蹴った。

 その気配を感じ取って、私はすぐ近くにある木に足をかけて、駆け上がる。

 狼の攻撃を避けつつ、上を取る。

 私は真っ直ぐ、狼の身体に槍を突き立てた。


「キャワン!」


 悲鳴のような声を漏らして、狼の身体が出血する。

 さすがに一撃では仕留められなかったが、一匹は慌てて逃げ出した。

 残りは四匹。

 着地と共に、私は再び駆け出す。

 ――魔物相手でもやれる。今の戦いで、私は確信した。

 初めて武器を持って、生き物を殺そうという意志を持つ。

 逆に言えば、私が殺される可能性もある――けれど、今は不思議と恐怖がない。

 残りの四匹は、私を追い込むように二匹が左右に展開して動く。

 草木に紛れながら、勢いよく同時に飛び出してきて、私はそれに合わせて槍を振るった。

 喉元と、前足。

 それぞれを切り裂きながら、姿勢を低くして走る。

 勢いは殺さない。二匹は身体をぶつけ合って、そのまま地面を転がる。

 追ってくる可能性もあるが、まずは健在の二匹。

 彼らは後ろから真っ直ぐ私を追いかけてくる。

 私は足を止めて振り返り、一匹に向かって槍を突く――突然足を止めるとは思わなかったのか、勢いのままに一匹の身体を貫く。

 だが、勢いが過ぎた。

 身体を貫いた槍はすぐに抜けず、もう一匹の狼が襲い掛かって来る。


「っ!」


 私は咄嗟に、槍を手放した。

 攻撃を受ける前ならば、ギリギリで避けることができる。

 そう思ったのだけれど、またしても肩に負傷を追う。

 今度の傷は少し大きく、出血によって指先まで血が垂れてくる。

 残りは一匹だが、対峙した状態では槍の回収は――無理だ。

 私はそう判断して、すぐに駆け出した。

 武器を失うのは、今の状態では致命的かもしれない。

 何とか回収しなければならないが、そのためには隙を突いて戻らなければ――そう思った時、別の茂みが揺らいで、再び狼が飛び掛かってきた。


「うあっ!?」


 バランスを崩して転ぶ。

 その先は傾斜で、私は狼に突き飛ばされて勢いのままに転がっていく。

 狼は爪を立ててバランスを立て直すが、私には無理だった。


「――え?」


 次に感じたのは、身体が落下する感覚。ちらりと下を見ると、そこだけ凹んだ崖のようになっていた。


「う、そ……」


 私は、そのまま成す術もなく落下した。


   ***


「ぅ、くっ……」


 一瞬気絶してしまっていたのか。

 けれど、痛みですぐに目が覚める。

 感じたのは全身の痛みだけれど、一番は足の痛みだった。

 ひょっとしたら折れているのかもしれない。

 引きずりながらも何とか立ち上がると――目の前の光景に、私は絶句した。


「――」


 そこにいたのは、美しく青白い鱗を持つ蜥蜴。

 いや、蜥蜴ではない――羽も生えていて、大きさは数メートルはある。

 森の中に鎮座する姿は、圧倒的な存在感を放っていた。


「随分と騒がしい者が来たと思えば、人間か」

「!」


 話せることにまた驚いて、私は慌てて返事をする。

 これは本で見たことがある――魔物の中でも最上級の存在である、ドラゴンというやつだ。


「あ、えっと、はい。は、初めまして。セリナ・マーフィル、です」


 私の言葉を聞いて――ドラゴンは驚きに目を見開く。


「ほう……我を恐れないか」

「す、すみません。話せるのなら大丈夫なのかなって――っ」


 言葉の途中で、私は膝を突く。

 振り返ると、やはり崖は結構な高さがあった。

 生きているのは運がよかったと言える。

 ちらりと、ドラゴンの方に視線を戻すと――そこには、私の求めている物があった。


「あ、そ、その花……!」

「花……?」

「は、はい。私、その花を探しに来ていて……それで、狼に襲われてここまで落ちてきたって感じで」

「狼、か。この辺りは魔物の巣食う地だ。今は数名の人間が森に入ってきているようだが」

「それは、私の父だと思います」

「父か。ならば、何故お前は一人なのだ?」

「それは――一緒に来るなって、言われてしまったので」

「父に置いて行かれたか。それでもなお、この花を求めて一人で来るとは。その理由はなんだ?」

「母が病気なんです。治すにはその花が必要で、だから……その花を、取らせていただけないでしょうか?」


 私はドラゴンに問いかける。

 しばしの静寂。やがてドラゴンは身体を起こして、私の方を真っ直ぐ見据えた。


「母の病気を治すために、一人でここに来たのだな」

「はい」

「そうか……。ならば、もう少し我の元へ近づいてこい」


 言われるがままに、私はドラゴンの元へと歩み寄っていく。

 近づくと改めて大きいことが分かる――すると、ドラゴンは私の前に顔を持ってきた。

 大きな瞳に、私の顔が映る。

 少し驚いて、けれど私は黙ってドラゴンを視線を合わせる。


「お前は、我のことをどう思った?」

「どうって……第一印象ってことですか?」

「そうだ。お前には我への恐れがない。お前はどう思ったのだ」

「え、えっと、怒らないで聞いてほしいんですが……大きな蜥蜴で、でも綺麗だなって思いました」

「蜥蜴……ふはっ、はははははっ! 面白いことを言う小娘だ」


 ドラゴンは、私の言葉を聞いて笑い出す。

 ちょっと怒られるかと思ったけれど、何となく嘘を吐かない方がいいと、そう思ったから答えた。


「いいだろう。この花はくれてやる。ただし、一つだけ条件がある」

「……? 条件、ですか?」

「そうだ。……この子を、一緒に連れて行ってはくれないか?」

「この子って――!」


 ドラゴンがそう言うと、後ろ足のところに小さな影があった。

 目の前にいるドラゴンと同じ見た目だが、まだ随分と小さい。

 それこそ、私が抱きかかえられるくらいのサイズだろうか。


「キュゥ……?」


 小さな鳴き声を上げて、私の方を見た。

 瞬間に私は痛みを忘れて――素直に可愛いと思ってしまった。


「え、可愛い……」

「ほう。分かるか。我が子はとても可愛いだろう」

「やっぱり、ドラゴンさんのお子さんなんですね。見た目は同じなのに、小っちゃくて可愛らしい――って一緒にって、どういうことですか?」

「お前にこの子のことを任せる、と言っているのだ」

「え、ええ……!? ドラゴンを、ですか? いいんですか――って言うか、そもそも何で私に……?」

「これも何かの縁だろう。お前は嘘を吐かずに、我に恐怖もしなかった。きっと、お前ならばこの子のことを大切にしてくれるだろう」

「えっと、それはもちろん、預かるなら大切にしますが……」

「この子ならば、安全に森の外まで案内をしてくれる。まだ人語は話せないが、理解はある程度できる。花と共に連れていけ。さあ、ラーフィ」


 ラーフィというのは、ドラゴンの子の名前なのだろう。

 ドラゴンの言葉に従い、ラーフィがパタパタと羽を動かして私のところへと近寄って来る。

 私が両手を差し出すと、胸に飛び込んできた。


「わっとっと、いたた……」

「キュイ?」

「だ、大丈夫。結構重いんですね」

「ドラゴンの子であるからな。ラーフィ、お前はその人間と共にいけ。そして、世界を見てくるといい」

「キュウ?」

「そうだ。私は共にはいかない。お前はこれから、一人で生きるのだぞ」

「……キュイ」


 こくりと頷くような仕草を見せるラーフィ。

 私は言葉を続けた。


「えっと、ラーフィちゃんは、私が預かります。それで、この花は持って行っていい……そういうことですよね?」

「そうだ。頼んだぞ」

「はい――って、そう言えばドラゴンさんのお名前は?」

「我の名などどうでもいい。その花を早く母親の元へと届けてやれ」

「わ、分かりました。ありがとうございます――また、必ずお礼に伺いますからっ」

「その必要はない。いいからさっさといけ」


 私はドラゴンの言葉に従い、花を摘んで歩き出す。

 途中で木の棒を使って足を固定すると、身体の痛みは消えないが、何とか森の中を進んでいった。

 小さなドラゴン――ラーフィは私を先導するように案内してくれる。

 そうして、私は無事に森の外へと出ることができたのだった。


   ***


 その後のことは、色々と大変だった。

 近くにいた兵士の人に花を見つけたことを説明して、保護された。

 ラーフィにも驚かれたけれど、私に懐いていることを話したら、警戒はしつつも受け入れてくれた。

 戻ってきた父――グレイからは、当然のように怒られた。

 当たり前だろう……けれど、怒ってからすぐに抱きしめられた。


「こんな怪我をして……でも、無事でよかった」

「……ごめんなさい」


 怒られることは覚悟していた。でも、こんなに心配されるとは思わず、私は反省する。

 それでも花を持ち帰られたことと、もう一つ――ドラゴンの子供を持ち帰ってきたことには、さすがにグレイも驚いていた。

 曰く、ドラゴンは小型の『ワイバーン種』ならば王都でも竜騎士と呼ばれる者が扱っているらしいが、ラーフィは明らかにワイバーンとは違う完全なドラゴンだと言う。

 まず、人語を話すドラゴンは――それこそ国では伝説級の存在なのだ、と。

 つまり、私の出会ったドラゴンは普通の存在ではなく、ラーフィもまた普通ではないということだ。

 そんなすごい子を預かってしまったと共に、けれども森の中に入ることは、もう禁止されてしまった。

 ドラゴンがいると分かった以上は、誰もその森に入ることは許されないという。

 目の前に立って話して、戻ってきたのならば奇跡に近い、と。

 そして、そんなドラゴンの子供を預かってしまった以上は、私が責任を持って育てることも決定した。

 無事に薬を持ち帰ることができて、母の体調もだんだんと良くなっていく。

 ――私は私で、怪我をしたからしばらく身体を休めることになった。

 ベッドに座りながら、私は絵本を開いてラーフィに読ませる。


「見て。これがドラゴン――あなたなんだって。絵でもすごいけれど、実物は本当にすごかったよね」

「キュイ!」


 パタパタと羽を動かして、ラーフィが鳴く。

 いずれはラーフィの親のように、人語を話すようになるのだろう。

 そのために、私はそれを教えていた。

 初めて経験する子育てのようで、ドラゴンの子供のお世話をするのは大変かもしれない。

 いつかペットを飼いたいとは思っていたけれど、まさかペットの枠を超えてドラゴンのお世話をすることになるんて、思いもしなかった。

 それでも、私はまた、新しい夢を持つようになった。


「ねえ、ラーフィ。大きくなったら、あなたの背中に私を乗せてくれる? そうしたら、あなたのお母さんに会いに行きましょう」

「キュ? キュイ!」


 頷くような反応を見せて、嬉しそうな声を上げるラーフィ。

 ラーフィが私に飛びついてきて、そのままベッドに横になる。

 いつかラーフィと共に空を駆けることができたら、私は『竜騎士』になる。

 それが異世界に生まれ変わって抱いた最も大きな目標であった。

割と気合を入れて異世界転生物で書いてみました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか、無性に読みたくて仕方がないです!☆ ぜひ、連載を! …もちろん、スタミナとスケジュールに問題が無ければ、ですが(苦笑)
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