8th それぞれの幕間
ひたすら空腹を訴える腹を抱えて、僕は保健室にいた。生徒会で事件の被害者であると証明された僕だが、さすがに数分で全校生徒に僕の無実が行き渡るはずもなく現在ショックを受けて保健室行き、ということになっている。
「しっかし、大変な目にあったわね?このド不幸さん」
「否定できないのが辛いです。ていうかとりあえず食べ物を下さい。餓死しそうです」
目の前で呑気なセリフを言ってくれるのは、朝倉百合養護教諭。
学園内で一番の美人であり、そのグラマラスな体型に悩殺される男子は未だに後を絶たない。らしいが、僕はよく知らない。確かにデッサンのモデルにするなら素晴らしいと思うけれど、ほかのみんなが彼女に感じる魅力というのはどうやら僕には通じないようだ。そんな僕の要求に、まだあなたは色気より食い気なのね、などとブツブツ言いながら冷蔵庫から出してきたのはチーズ鱈とスルメイカ。
「昼間っから呑んでません?」
「やぁねぇ!酔っ払ってるわけないでしょ」
言葉が微妙にかみ合わない時点で酔っていると思うのは間違いなんだろうか。というかさっき開けた冷蔵庫の中にビール缶が見えた。この人の魅力の正体は、この酔っ払うゆえの無防備さじゃなかろうか。そんなことを思いながら、
「ありがたくいただきます」
はいはーい、と言う声を尻目にまずチーズに手を出す。カロリー的に一番高いからだ。しかしやはりチーズ。甘味がないのであまり好きじゃない。僕の味覚はどうやら甘味に対してかなり敏感らしいが、逆にほかの味覚が鈍くなっている気がする。チーズ鱈をひたすらに食べる。カロリーが補充されていくのがなんとなく理解できる。ついでに成分表示でカロリー総量を確認する。自分の命に直結する能力なだけに常に限界には気を使い続けるのだ。
とりあえず10本ほど一気に食べると、朝倉先生に呆れられた。
「どうすっかな〜」
「珍しいな。悩むとは順らしくない」
「黙ってろこの骨抜き野郎。聞いたぜ〜?会長に兄さん呼ばわりされてニヤニヤしてたらしいじゃねぇか」
生徒会室内には中村と黒川がいた。高垣と遠見は今日の最大の用件について月島と水越とともに風紀委員との連絡、兼教師含むPTAの方々への説明に行ってもらっている。ちなみに会長は欠席だ。
「バ、バカなことを言うな。あれは勝手にそう呼ばれただけで笑ってなどいない!そして誰が骨抜き野郎だ。明乃さんが気になって夜も眠れないだけだ。」
「ほ〜。骨抜き野郎から腰砕けになったか。ご愁傷様だぜ、まったく」
「腰砕けの用法が違う。日本語くらい正しく使いたまえ。」
「はいはい俺が悪うございました」
そのまましばらく無言が続いたが、不意に黒川が口を開いた。
「5件目、だな。」
「だな。遂に俺らからも被害者が出ちまったか…連続殺人事件。」
それは、まだ他には誰も話していない事実。生徒会でも2年生以上にしか伝わっていないもの。今年に入ってから起きている、連続異常事件だった。
「やっぱ今回もか?」
「ああ。遺体を調べたほうから連絡が来ていた。やはり無くなっていたな…子宮が。」
うああ、と意味の無いうめきをあげて突っ伏す。
「現状、まったく手が打てないのが苛立つな。更に手口があんな風だ、余計に犯人がわかりにくくなる。確かにやり辛いな。」
「何よりイラつくのは手が無いってことだよなぁ。頼みの綱は識だけだし」
といいつつ、スピンオフを発動する。
右手を机に向けるとその上の雑多な書類から数十枚がこちらの手に収まった。
「このものぐさめ。いちいち強制集合など使わなくても歩いて取りに行けばいいだろうに。」
「うっせ。面倒なんだよ」
中村の能力は多分、全ての能力の中でも最も単純なものだ。指定した物をまとめて引き寄せる。利便性と汎用性が高いのがウリだ。
「厄介なのは異常性、ってこともだよなぁ。ロクにマスコミに発表もできやしない」
「学校側も箝口令を敷くだろうな。ことなかれ主義のお手本のような上が素直に認めるとは思えない。」
「月島の親父さんが居ればなー」
学園長の月島総一郎は現在、国外に出向いている。
「そうだ。異常ついでに聞いていいか?あの方鐘って奴の経歴を読んだんだが、ありゃなんだ?」
「ああ、過去五回に渡って監視監督人の変更を要求していることか?」
「そうそれ。そのせいで最初は未成年者だからとかで三年だった刑期が伸びに伸びちまってる。マゾいのか?アイツは」
「さてな。ただ、よく調書を読んでみるといい。」
「ん?なんかあったっけか?」
と言いながらスピンオフで書類を引き寄せる。
「…なるほどな。こういうことか。まったく」
「分かったか。監視監督人評定を読むと、ほとんどが外されて安堵した旨を発言している。何を考えているのかがさっぱり不明で、不気味だ、ともな。さらに全て自分から提案している。…まるで、他人になるべく迷惑をかけないようにな。彼自身にも作意があるのは明らかだが、しかし少なくとも彼のせいで降格、除名された法規人が居ないことは確かだ。これは勘だが…どうやら彼はひたすらに刑期を伸ばそうとしている気がするな。」
「あーもう、犯人といいコイツといい、わけわかんねぇ!」
「愚痴を言っていても始まらない。我々はやらなければならないのだからな。」
「へいへい、わーかりましたよ。ま、今回のせいで少なくともこの学校に居るってことは分かったからな。リストアップしとくわ」
「頼んだ。私は警備員詰め所で監視カメラを見せてもらってくる。」
いってらー、と送り出してため息をつく。
「高垣が暴走しなければいいんだがなぁ…。だいぶヘコまされたようだし、方鐘に八つ当たりしなければいいんだが。月島もいるし大丈夫だと思うが」
なんとなく窓を開く。気のせいか、曇天が遠くに見えた。
「やれやれ、さすがに疲れたね」
「まぁ、俺の監督が行き届いて無いと実証された訳だからな。文句言われてもしょうがないわな」
「確かにそれもあるのでしょうけど…」
「あの雰囲気は嫌な感じがするわね…」
月島以下4名は、廊下を歩いていた。
「しかし本当にどうしようかな。土曜の予防拘束は確定として、もうちょっと引き伸ばすべきか」
「へ!?土曜日って方鐘は予防拘束なの?」
「どうしたの?奏はなにかマズいの?」
「い、いや、多分大丈夫だと思う。そうよね、やっぱりそうするべきだと思う」
「そうですね。幾ら無実だったとはいえ、殺人幇助罪くらいは適用されてしまうでしょうし、ショックも相当なものだと思います。彼の精神的な面でも社会的な面でも、そうすべきだと思います」
ですよね、と賛同してくれた識先輩に言ってから、月島たちはなんとなく中庭に向かって歩いていた。あんな事件のために、学校側も箝口令と本日休校の旨を告げたため、校内にはほとんど誰もいない。祖父独自のセンスで洋風か和風かよく判らないことになってしまった中庭のベンチに腰掛けて、月島はじっくりと考える。
「なぁ、プレヴェイル。どう思う?」
「事件の事?うーん、よく判らない。かな。言えることっていえばやっぱり方鐘かな。どう考えても自分の意思でやったんじゃないと思う」
「ねぇ、レイちゃん。ちょっと聞きたいんだけど、方鐘ってどういう人なの?わたしはまだ一回しか会ったことがないからわからなくて…」
未だに巫女装束の識先輩もその向こうで頷いている。月島は安心感もあってあっさりと話すことにした。
「どんな奴、って言われても…。まぁ、基本的にはいい奴だよな。なるべく他人に迷惑かけないようにしている、って気はするんだけど…」
「あ、わかるわかる。なるべく自分のことは自分でやろうとするっていうか、言い方は悪いけど他人をなるべく避けてる感じがする。というか、逆に他人の分まで引き受けているというか…なんか、なるべく自分に重圧を掛けようとしてるみたいな」
「キャパシティー限界まで引き受けてる気がするな。しかも潰れる寸前まで無理をかけてる。まるで贖罪かなんかみたいな…」
「キャパシティー限界…」
「うん。そんなところかな。あ、そうだ忘れてた。あの人はね…」
ごくり、と息を呑む。明かされる内容に、緊張する。
「…甘味が大好き!」
「んな!」
思わず高垣ががっくりと崩れた。そんなことか。と言いたげだ。
「はぁ…。そんなことは別にいいんだけどなー」
若干イラついた様子で言う。なんでそんなことを知らなければならないのか、といった顔だ。
「…なにか、怒っていらっしゃいます?」
へ!?と識に思わず高垣が返す。
「そ、そんなことないですよ?」
なぜ疑問形なのか。
「…そうですか?それならいいんですけど…。早まることだけはしないでくださいね?一年生の生徒会は貴女だけなのですから」
とそこに水越が口を挟んできた。
「そういえば、一年生って奏だけだよね?なんで?」
「ああ、そういえばそうだよな。だいたい学年二人はいるけど、一年だけ二人だし。なんか理由でもあるのか?」
ふとした問い掛けに、高垣も首を傾ける。私も知らないという顔だ。
「私は知らないなぁ…識先輩、知ってます?」
先輩は、うふふ、と品良く笑って、
「資格さえあれば、誰でも生徒会は歓迎します。ただし、学年二人までですけどね」
三人ともに疑問符が浮かんだ。
「…で、次はどうするの?兄さん」
「…そうだね、もうそろそろあの方から頂いたアレの準備もできたところだから、本格的に動きだすことにしようか。…僕たちの愛しい子供のために」
「そうね…大好き。兄さん」
「きっと成功させよう。大丈夫、あと少しなんだから」
そして、狂った兄妹はベッドへと身体を踊らせた。
背後では、低いうなりとともに機械が歯車を軋ませていた。