7th 偽りの証明
間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。もうちょっと頑張ります。
僕は今、生徒会室にいる。理由は言わずもがな、殺人の容疑だ。相も変わらない昼休みのはずだったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。空気と自分に問い掛けても、答えるはずもなくて、ただ生徒会メンバーの視線が痛いだけの空間はもっと無反応だった。
「とりあえず、概要は分かった」
正面の三人掛け長机に座った三人のうち、右側の上級生が立ち上がって発言する。
「高垣君の申し開きに異論があるか?月島監視監督人、水越風紀委員両名」
高垣さんと同じように右腕の深紅の腕章が窓からの光を受けてキラリと光る。そこには、『生徒会副会長』の文字が。朝の月島の言うことを信じるなら、彼がアドバンスアビリティをも使う黒川先輩なのだろう。
「…ありません。ただ一つだけ。方鐘のいい分も聞いてあげてください。彼を4年間監視監督した経験上、彼がこんなことをするとは思えません。お願いします」
「私も賛成します。婚約者の私より月島といっしょにいた時間が長いし、もしこのようなことが何度も起きているなら、まずタカヒロが死んでいるはずです」
二人が僕を助けようと言ってくれているが、明らかに僕が不利だ。
直接切った場面は目撃されていないにしろ、凶器を手にして返り血を浴びたまま呆然と立つ僕の姿は多くの生徒に目撃されている。誰がどう見ても僕が殺したように見えるだろう。唯一の救いは、教師に見られなかったことだろうか。もし見付かったら即刻警察に引き渡されていただろうと思う。学校の信用にも関わるだろうから、かなり悪い結果と裁定を受けていたはずだ。少なくとも僕の身分上、あまりいいことにはならなかっただろう。
「分かった。二人がそこまで言うなら聞こうじゃないか。方鐘君…だったね。何かあるかい?」
御丁寧にも確認をこちらによこす。これ幸い、と言うわけでもないが、全部を洗いざらいぶちまけることにした。いきなり出てきた異様な気配と感覚、逃げる足音と追う足音、唐突に動かなくなった身体と勝手に動きだした右腕。そして、最悪のタイミングで帰ってきた昼休み。どうせ隠したところで何もないので、できる限り正確に話した。
「…なるほどな。つまり君の右腕は君の制止を受け付けずに勝手に動き、女生徒…いや、千春さんを殺してしまった。つまりそういう訳だな?」
どうやら僕が殺してしまった生徒は千春さんというらしい。確認の問いにはいと答える。こういう時は正直にするべきなのは経験上わかっているからだ。
「ふうむ…整合性はとれているし、多少のショックは残っているが精神状態も安定していると見る。信用には足るな。」
「じゃ、じゃあ!」
月島が声を荒げる。それを冷静に制止しながら黒川副会長はまた告げた。
「だからと言って、千春さんを殺したのは変わらないぞ。それに、君が嘘をついている可能性も否定できない。…つまり君の容疑は何一つ晴れていない」
「うっ…確かに…」
勢いこんでいた月島がうなだれる。隣の水越も同様だ。ふと前を見ると、僕を連行した一年書記の高垣さんと目があった。
「…ねぇ、副会長。一つ提案があるんだけど」
「なんだね?高垣君。なるべく手短に頼む。」
「要するに、彼の身体が操られていたかそうでないかが問題なんでしょう?それこそ、会長の出番じゃないかな?」
「確かにそうだが…あまり気が進まないな。明乃さんの体調を考えるとなるべく軽はずみなことは控えたい」
そこで初めて、左側でひたすらメモをとっていた3人目が口を開いた。
「副会長。恋人を気遣うのは構わんけどな、業務に支障を出すならやめてくれ。それと奏。言葉が過ぎんだよ。会長の体調のことはあんたも理解しているはずだろ?もう少し発言を謹しめ」
「…すみません。」
そこまで言ってから、見るからにインテリの副会長とは真逆のスポーツマンのような上級生が立ち上がった。
「じゃあ俺からも提案だ。ちょいと長くなるが聞いてくれよ。普通、人体の腕力じゃ人の背骨を切ることはできねぇ。…まぁ一部の例外はあるだろうが。」
なぜか高垣さんが苦い顔をした。
「けどな、方法が無いわけじゃない。要は、スピンオフにしろ薬品にしろ、なんかの方法で人の限界を越えればいい。」
「人の限界を越える?つまり力をムリヤリ引き出すってことですか?」
月島が問い掛ける。
「人間は身体を保護するため、無意識にリミッターをかけている…ってのは聞いたことあるだろ。ないなら今聞いたな?それを開放すればできないことはねぇ。俗にいう火事場の馬鹿力って奴だ。」
「ああ、聞いたことがある。鋼鉄すら叩き折る筋力を出せるが代わりに骨にヒビがはいるような負傷を起こすとかなんとか。」
「まぁそんなもんだ。けどな、さっきも言ったように自分で自分の限界を越えることは無意識に抑制されて不可能なんだよ。
けどアンタはそれを実行している。
この場合、2パターンが可能性として浮かぶ。
1つは、アンタの証言通り他人に操られていた場合。2つ目は、アンタ自身がそういう能力を持っている場合。で、もしアンタが筋力とか力とか…まぁなんでもいいが、身体を強くするスピンオフを持っているなら、さっき言ったように対外的には他人を越えているように見えても自分じゃ越えてない、なぜかって身体をそうなるようにするのがスピンオフだからな。普通の人より筋肉を強化して上限を超えるわけだから身体になんら被害はないはず。つまりアンタの右腕が壊れてなきゃオマエが少なくとも自分でやった、ということになる。逆に右腕に内出血でもあればアンタの証言は正しいということになるんだ。薬品とかも考えたんだがな、監視されてるアンタにそんなもん買えるわけが無ぇ。むしろ買ってたら監視監督人の責任だ。」
「なるほど…。方鐘君。右腕を見せてくれないか?」
差し出した右腕は酷いことになっていた。
「ひどい内出血だ…方鐘、後で医者行くぞ。」
「見てて痛くないのが不思議なくらいね…」
まだ衣替え前の冬服から伸ばした右腕は、二の腕の部分がほとんど紫色に腫れ上がって肌色が見当たらないほどだった。不思議と痛みがないのはありがたいが、自分でも気持ち悪い。
「分かった。君にそんな能力があるという報告はないし、もし、『愚者の贋作』で特殊なバネとかの筋力増強の器具を造ったとしても、あの場で隠すことはできないはずだ。どうやら君の証言に嘘は無いようだね。」
その場にいた全員がそろって頷きを返した。物的証拠のおかげでだいぶ加害者のセンが薄くなったところで生徒会メンバーが席に戻る。と同時に室内の緊張が緩んだ。いっしょにお腹の緊張まで緩んだ人もいたらしく、ぐうっと空きっ腹の音が静かな部屋に響いた。
「っくくく…だ、誰?今のっ…」
取り調べの厳しい雰囲気から一転、あまりにもマヌケな不意打ちに押さえきれないっ、とばかりに水越が笑いだす。
「っ悪かったわね!」
音の主の高垣さんは顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
その恥ずかしそうなしぐさに一気に全員が笑いだす。
「ははっ…そういえば昼飯食ってなかったわな」
と3人目…生徒会2年書記が呆れたような笑顔とともに呟いた。
「確かに…中村君、遠見君は?ついでだ、この場で昼食にしよう」
「識はいま神社だっけか…呼ぶのか?ちと面倒だな」
「神社?なんでそんなところに?」
あまりにも学生にそぐわない単語に思わず僕は尋ねた。
「アイツは…識は巫女なんだ。っても、パソコンはできるわあの歳で酒の味に詳しいわで、到底巫女とは思えないんだよな…」
しみじみと思い返すように呟く二年書記中村氏。何か思い出でもあるんだろうか。笑顔がひきつったように見えるのは気にしないでおこう。
「…何か造りましょうか。といっても、カロリーがあんまり無いので小さなやつくらいしかできませんけれど」
誰も何も出さないので、この場で唯一食べ物が出せそうな僕が声を上げる。みんな弁当持ってないんだろうか?
「お!いいね!俺大福がいい!塩大福!」
「私も〜!」
「チーズケーキを頼む。」
「なんでオマエらみんなデザートに走るんだよ。俺ぁ枝豆。塩ゆでな。」
僕の提案にめいめいに乗っかって要求する月島以下部屋に居る方々。しかし、乗ってこない人が約二名。
ん?二名?
「こんにちは。先程御紹介に預かりました、遠見識と申します」
「のわあっ!」
いきなり僕の背後の入り口から入ってきた(なぜか巫女装束の)生徒に過剰反応してイスごとぶっ倒れる中村先輩。
「だ、大丈夫ですか…?」
おそるおそる声をかけてみると、唐突に素早い動きで机の反対側まで逃げた。
「順君?どうして逃げるんですか?私怒ってないですよ?巫女らしくないとか大酒飲みだとか言われてるのはわかってましたから」
ん?わかってた?そんな微妙な僕の呟きをまったく意に介さず中村先輩(今判明した本名は順)は明らかにひきつった声を上げた。
「あ、明らかにキレてるじゃねぇか!こんな時ばっかスピンオフ使いやがって!いつもはしぶりやがる癖になんで今日に限って…ああ畜産」
込められた感情が恐怖から怯えに若干ながらシフトしてきている。長い間他人を観察して生きてきた僕ならわかるくらいの微弱なニュアンスだ。
「私もお願いしていいでしょうか?お酒の天狗舞で、文制六年をよろしくお願いします。ちょっと高いんですけど、美味しいんです。アレ」
いきなりぶっ飛んだことを言い出す識さん。彼女も腕章を付けているところを見ると、やはり生徒会なのだろう。消去方でいくと会計だろうか。
「…副会長。あんなこと言ってるんですけど…」
「しょうがないさ。識君の能力からして、酒が絡むのはどうしようもない。とばっちりが来なければいい」
高垣さんのツッコミを軽くいなす黒川副会長。どうやら生徒会は無法地帯と思っていいかもしれない。と、そこまで考えたところで、
「あ、カロリー足らないかも…」
ぐるる、と空腹を主張するお腹をこらえて、頑張って注文の品を造るべく姿見の前に立った。
「うわ」
忘れていた。服を変えてないせいで血まみれだったのだ。と、そこに左手側から差し出される冬服。右腕についての気遣いに感謝しながら振り返ると、高垣さんだった。
「ありがとう。きちんと洗って返すから」
いつもの癖でニッコリ笑いながら礼を言う。いつもならそのまま相手も愛想よくどういたしまして、と言って終わるはずだったのだが、違った。
「その笑顔を止めて。気持ち悪い」
あっさり酷いことを言われた。思わず笑顔を止めてまじまじと見入ってしまう。幸いにも月島たちは識先輩と順先輩を軸に報告書を書いていて気付かないようだった。
「見ててイライラするのよ。あなた、絶対心は笑ってないでしょ。飾りの笑顔で私は騙せないから」
正直にいうと、この時は真剣に驚いた。まさか一度会っただけでここまで見抜かれるとは思ってもみなかったし、ましてや笑顔を見せたのはこの一度だけだ。彼女の発言内容などを考慮した結果、たいしたことはないと踏んでいた分、余計にショックが大きかったかもしれない。
だから思わず、言葉が漏れた。
「まさか、一見さんに見破られるなんてね…」
言ってから、これでは認めたようなものだと気付いた。
「やっぱりね。そんな雰囲気だったわ。自分をあっさり偽って平気な顔してる最低な奴だって」
心外な。別に好きでやってるわけじゃない。
「私はね、まだあなたを疑ってる。中村先輩があなたの無罪を証明するために使った理論は結果だけを見たもの。ぶっちゃけ、あなたが他人にそういうスピンオフを使ってくれ、って頼むだけであっさり崩れるの。まだ信用するわけにはいかないわ」
やはりそうなるのか。僕を許したこの集団において現在最大の危険分子。彼女の評価を修正しなければならない。
「土曜日、海浜公園ってわかる?あそこに来て。聞きたいこととやりたいことがあるの」
海浜公園ときたか。あの最大の人目につかないスポットでなにをやらかす気だろうか?どうせ詰問と拷問だろう。推定した彼女の性格からして、直情径行に突っ走るのは目に見えている。
「分かった。昼過ぎでいい?午前中はバイトなんだ」
「構わないわ。それでいい」
「了解」
姿見から酒瓶を引き出しながら返事をする。みんなから注文された品を見ているとどうも酒呑みのメニューにしか見えない。特に枝豆が。みんな塩好きだな…
一通り引き出してから、制服を受け取りざまに彼女を打ちのめすであろう一言を呟いてやった。
「…同族嫌悪なんでしょ?どうせ」
「…っ!」
絶句した彼女を放っておいて、みんなにリクエスト品を届けることにした。
結局、なにも食べない昼休みだった。