last エピローグ
次の日。学園は上へ下への大騒ぎになった。
校舎には無数のヒビと穴が空き、机や椅子は一纏めに積み上げられて廊下に放り出されている。
屋上は穴が空いたり舗装がはがれて床がボロボロだったり、変な機械が置いてあったり。
挙げ句の果てには玄関は戸を破られ、校庭には木杭が突き刺さっていた。
生徒は漏れなくパニックになり、至急に職員会議が開かれた。で、その場で朝倉養護教諭と山良教師の不在が発覚。連絡がつかない中、保健室の机の上にあった置き手紙を教頭が発見。内容に白目を剥いた。
『映村君と駆け落ちします。捜さないでください』
ぶっとんだ内容に合わせたように、風紀委員長が欠席。家に連絡を取れば、部屋はもぬけの殻という素敵な返事が。
学校は急遽、休みとなった。
学園は、事実関係の調査に乗り出した。
そして、当然のように彼らは監視カメラから廊下の戦闘行為を発見。関係者全員を呼び出して事情聴取を行った。つまり、疲労困憊状態で寝込んだ方鐘以外の生徒会全員と月島、水越たちにだ。
(その説明が大変だったのは、割愛する)
ある意味とんでもない事情に学園はとりあえず、唯一の物証を調べることにした。『子』の腕は検査され、被害者と犯人のDNAを白日の元に晒した。それはつまり、方鐘の無罪が証明されたということでもあって。
そして、二日後。方鐘は裁判所に出頭していた。
監視監督人の月島に見送られ、方鐘は所長室に入った。座席を促され、座ると同時に分厚い書類を置かれる。題名を見れば、司法取引とだけ黒字で書いてあった。言われるままに用紙に記入していく。
最後の一枚に記入を終えたその直後、対面に座る所長が重々しく言った。
「……よろしい。方鐘恭一。今回の事件に対する君の功績を称え、君の罪状及び刑期を撤回する」
もちろん、この書類を遵守するならばだがね。
そう釘を刺されはしたが。
それを聞いて、方鐘はゆっくりとため息をついた。
「用件は以上だ。免罪に関する諸処の書類を後日郵送するのできちんと目を通すように」
一礼をして、部屋を退出する。
「……へ?」
その先にいた人物に対して、方鐘はすっ頓狂な声を上げた。
「お、戻ってきたな恭一。これでお前の監視監督試験は終了、俺も正式に高等人か……」
月島がいる。それはいい。監視監督者の彼はここまで同行していたのだから。だが、
「待ちくたびれたわよ。もうちょっと早く出て来なさいよね」
高垣がいた。もちろん今現在学校は休校だが、彼女にはこの出頭について話をしていない。
「生徒会はあなたに用事があるの。今から学校に行くわ」
「え……えぇ!?」
待て、と方鐘は思わず頭を抱えたくなった。出て来たらいきなり高垣がいて、更には呼び出し。忙しいにも程がある。
「もちろん、俺も行くさ。嫌とは言わせないぜ?」
「……しょうがない、か。わかった、行くよ」
渋々ながら承諾する方鐘の手を、満足そうな笑顔の高垣が取った。
「よし。そうと決まったらさっそく行くわよ!」
そしてそのまま駆け出した。……無論、ヒュペリオン体質全開の身体能力で。
「あ、俺は後から行くから。頑張ってな~」
「そ、そんなーーっ!」
ドップラー効果付きで引き摺られていく方鐘を見送りながら、月島は呟いた。
「なんだ、あいつら結構仲いいんだ……」
「ぜはーっ、ぜはーっ……お願いだから、もうちょっとこっちのことも考えてよ……」
五分後、方鐘は学園の正門をくぐっていた。
おかしい。確か裁判所から学園までは直線距離で十五キロくらいあったはずだが。荒い息を整えながら、方鐘は計算する。分速三キロちょっとという明らかにヤバイ値をたたき出した。
「いや、ごめんごめん。……っていうか、『全書換』で自分の筋肉を増強すればよかったのに」
「うーん。そうしたいのはやまやまなんだけど……」
「なによ? まさか、使えなくなったとか?」
途端、方鐘の表情がずんと落ち込んだ。
「……まさか、マジに?」
「……うん。周りの情報は手に取るように把握できるんだけど、書き換えができないんだ」
「あっちゃあ……」
「だ、大丈夫! 多分なんとかなるよ!」
言いながら、方鐘は能力を発動させる。世界が数値化され、限り無くデジタルに近くなる。
そのまま高垣を見た彼は、意外なことに気付いた。
「……どこ見てんのよ」
「あ、いや。まな板だなぁ、と」
バストウエストヒップまで数値化されていた。
「っ悪かったわねつるぺたで!」
打撃。痛い。
「それで、僕は何処に行けばいいの?」
方鐘がそう尋ねると、まだ不機嫌な高垣は渋い顔で応えてくれた。
「生徒会室。みんなそこにいるわ」
私は後から行くから。
高垣はそう言って、職員室の方向へ行ってしまった。
方鐘も、校舎に踏み込んだ。生徒会室を目指しながら、もの思いにふける。
(……免罪、か)
不安がない、と言えば嘘になる。あの日、僕のために来てくれた人たちは少なくとも信頼できるし、高垣と片銀の前で宣言もした。
けれど、代わりに一番に僕を理解してくれる存在を失った。その喪失を思うと、免罪という事実には不安を覚えるのだ。
思わず、首に掛かったペンダントを握り締める。青緑色だったそれは、変色して今は真っ赤になっていた。
(それに、あいつら……)
もちろん、『大罪』の連中の事だ。
朝倉百合。抱えるは『淫欲』
映村勝広。抱えるは『怠惰』
これだけでも厄介なのだが、彼らの会話からすると『嫉妬』と『強欲』は既に覚醒しているらしい。
今回の件では結果的に『暴食』と『噴怒』が消失したが、またいずれ誰かの深層心理から浮かぶのだろう。
……終わりは、時間の問題だ。
懸案事項は多い。
遠見、中村両先輩には、正式に『影』の保有者と認定された。しかし、その『根源能力』を扱えない。
(……情けない、な)
片銀がいたら、どんな反応をしてくれるのか。わからないが、ペンダントは胸元で揺れていた。
「よく来たな、方鐘」
生徒会室で待っていたのは、やっぱり黒川たちだった。他の生徒会メンバーもそろっている。
「それで、用件は?」
黒川はうむ、と深く頷いて言った。
「吉報が二つある。どちらがいい?」
「大助君。それ、選ばせる意味が無いよ」
即座に暁が突っ込んだ。
「む。そうか。ならばまず、一番大切な事項から始めよう。……方鐘。君の家族についてだ」
「……え」
予想外に過ぎる発言に、方鐘が停止する。あまりのショックに表情まで無くなっていた。
「……事件の後、君を精密検査した。その結果から、どうやら君の眼球は先天的な病気持ちらしい。
家族性滲出性硝子体網膜症、という。網膜が剥離していき、最後には失明するという厄介なものなのだが、更に厄介なのは名前の通り家族性……つまり、遺伝病なのだよ」
「……それが?」
「君の家族について記録をあさった結果、君の母に当たる人物である『静』は、どうやらこの病気で失明している。……何が言いたいかは、わかるな?」
「………………」
方鐘が、その場にへたりこんだ。その目からは、透明な雫が。
「更に調べたんだがな。君の父の『逆流能力』は『創造』、母の『逆流能力』は『移植』だそうだ。
……ここから先は推測だが……そのペンダント、両親がお前に残したのではないか?
お前の起こした事件、家屋破壊の時点でまだ死んでいなかった両親は多分、お前の『噴怒』に気付いたのだろう。だから、自分達の命が費える前に父がそのペンダントを創って、母がそれに『噴怒』を移植した……」
方鐘は、もう動かなかった。その視界は暖かいもので歪み、嗚咽を必死に堪えているので、声も出ない。
「そして、ここから先は私の推測よ」
背後からの高垣の声に、方鐘は涙を拭って振り返った。もっとも、涙は止まっていなかったが。
「あなたの母のお腹の中には、子供がいたわ。予定日まで後一ヶ月ないくらいの女の子がね」
そして、こちらを向いた方鐘の胸元を見つめた。
「そのペンダントに刻んである『彩』って……その、女の子にあげる名前だったんじゃないの? 生まれる前に名前を決めるのは珍しくないわよね?」
今度こそ、方鐘の涙腺は完全に壊れた。
「………………っ!」
ペンダントを握り締め、声のないまま、方鐘は絶叫した。感情で頭の中は目茶苦茶で、何を叫べばいいのかわからなかった。だがそれでも叫びたかった。
だってそれは、家族がこんなにも近くにいてくれた、という事で。
その中にいた片銀も、自分の中では家族と思えていたから。
自分はずっと、家族に守られていたという意味だった。
しばらく感情的な無言を響かせた後、方鐘はゆっくり立ち上がった。
「……ありがとう、ございます」
袖で顔を拭きながら、それだけを告げた。
「よかったじゃない!」
高垣がポンと方鐘の肩を叩く。その手の暖かさを感じつつ、方鐘は黒川に尋ねた。
「それで、黒川先輩。もう一つの吉報って何ですか?」
「うむ。こちらはそう大したことではない。学園連合が正式に君の逮捕を取りやめた。
司法取引は、彼らなりの罪滅ぼしかもしれん。書類がわざわざ『転送』されて来ている。……月島。そこにいるのはわかっている。出て来い」
ひょい、と黒川の袖から糸が伸びてドアノブを捻り引く。その向こうにいるのは、紙を手で押さえている月島。
「バレましたか!」
「忘れたか。ここには高垣がいるのだぞ」
黒川の言葉になるほど了解です、と返して月島は方鐘に紙を手渡した。
「ひでー顔だな。後でトイレ行ってこいよ」
軽口に笑顔で返して、方鐘は紙に目を通す。そこには、謝罪と賠償が書き連ねてあった。
その紙を方鐘は折り畳み、ポケットにしまう。
それを見届けた黒川が、おもむろに席を立った。高垣が職員室から持ってきた用紙を取り出しながら、言う。
「まずは祝辞を。おめでとう。君は全ての悪状況をひっくり返し、無罪を勝ち取った。
……この先は、私たちからのお願いだ」
その言葉に、生徒会の面々がバラバラに、ただしこちらに期待の目を向けて立ち上がった。
中村は壁にもたれ、遠見は自然体で。暁は車椅子の上で笑顔を深める。後ろにいる高垣はわからないが、きっと同じ顔をしているのだろう。
方鐘は若干の緊張を覚えた。
「願いというのは、他でもない。……生徒会に入って欲しい」
遠見が、進み出た。
「私たちは『原形』の覚醒者、もしくは保有者を集めています。生徒会に入会する資格は、それだけです」
中村が繋ぐ。
「今回の件で、お前の人柄をしっかりと見させて貰った。人格的にも、お前なら申し分ない」
だから、と暁が。
「あなたの力を貸して欲しいの。……私たちと友達になるのは、嫌かしら?」
友達、という言葉に、方鐘は少しだけためらう。だが、その直後気付いた。
自分はもう、犯罪者ではないということに。
なんだか今日は泣いてばかりだなと思いながら、方鐘は大きく頷いて言った。
「僕で良ければ。……よろしくお願いします!」
「よく言ってくれたっ!」
「ありがとうっ!」
月島に勢いあまって突き飛ばされ、受け止めた高垣には抱き着かれ。
たくさんの祝福の中、こうして『僕』は、方鐘恭一になった。
これにて完結となります。未熟な拙作に最後まで付き合ってくださり、ありがとうございました。今後は、キャラクター設定を一通り更新する予定です。
この物語が、読んだ方に何かしらを残すことができれば幸いです。