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57th 人格と生命の期限

「間に合わなかったか……」


片銀は屋上の扉を開けると同時に後悔した。


そこには肉体を再構成しようともがく影と、それを放心したように見つめている高垣の姿があった。片銀は思わず駆け寄る。


「大丈夫か!? ……お前は心配要らないっけか。一応聞くが、生き返るよな?」


「……あ。え、あれ? 方鐘が……二人?」


その姿を見て、高垣が驚き声を出す。


「あー、うん。説明するからちょっと待て。影、くっつける必要はあるか?」


「いいえ。個別に再生しますので。余分な方は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


そう言いながら影は微動だにしない。外見は直ったが中身はまだなのだろう。


「で? あそこに転がってる死体二つは願望の夫婦ってことでいいんだな? やれやれ、何も殺さなくても……」


「完全に墜ちましたので。女性のほうは『暴食』を庇い立てした挙げ句死亡しました。上書きした『方鐘恭一』の残滓も賛同すると判断します。……ですが、やはり深手を負ってしまいました。力不足です。主が居ますので、もう『大罪』にも引けは取りませんが」


喋る間になんとか完治したのだろう、ゆっくり立ち上がった影は片銀と向き合った。


「今なら、貴方とも互角だと判断します」


「遠慮するぜ。お前とことを構える気はねぇよ。……お前から手ぇ出すなら別だがな」


一触即発のその空気に割って入ったのは、茫然と事態を眺めていた高垣だった。


「えーと、よく分からないけど止めなさい。片銀も方鐘も、同じ顔同士がにらみ合うのは不気味なのよ。……方鐘がなんでそんな人外になってるのかも含めて説明しなさい片銀」


ちなみに、割り込み方も物理的だった。二人の間に立ちはだかるようにして入り込んでいる。


「命令かよオイ……とりあえず影、高垣から離れろ」


「主君の側を離れる騎士は居ません。拒否します」


「……前から思ってたけど、お前俺にケンカ売ってねぇ?」


「お忘れですか? 私たちは『原形』と『大罪』なのですよ?」


「あー、それもそうか」


納得する片銀に呆れたように首を横に振り、影が解説を始めた。


「では、説明いたします。不明な点があれば何なりとおっしゃってください。……まず、この一連の事件の犯人はあちらに倒れている二人です」


「それはまぁ、見ればわかるわ」


「僥倖です。殺害方法は至極単純で、認識をずらした上での殺害ですね。方鐘の件では、方鐘の身体を美術部部長が操作したと本人が供述しました。凶器の刃物は多分、彼らの自宅でしょう」


「うん」


「そいつを調べれば血液反応くらい出るだろうし、俺たちにかかった疑惑もこいつで晴れて解消だな。やれやれ、当初の目的は達成したわけだ」


中空を仰ぎながら片銀が呟く。


「その過程で、方鐘恭一という人格が破壊されたために私、『シャッテン』が現出し、上書き固定されて今に至ります」


そこまで影が言った直後、残りの二人が同時に尋ねた。感情はそれぞれ違っていたが。


「ちょ、ちょっと待って! 上書きってどういうことよ! 方鐘はどうなったの!?」


高垣は困惑と激昂で。


「上書き……か。下敷きになった方鐘はどうなってんのかね? やっぱ消滅か?」


片銀は確認と疑問と。


二つの問い掛けと感情に、影はあくまで冷静に答えた。


「コンピュータはご存じですか? あれと同じです。上書きされれば下が消えるのは道理でしょう」


そして、驚愕を見せる二人に影は続けた。


「元から『方鐘恭一』という存在は人格として『薄い』のです。……まぁ、意識下に『噴怒』、無意識下に『影』と二つの強い人格を抱えていましたのでしょうがないとも思われますが……。そのせいもあって、人格が崩壊してしまい、抜け殻になった身体を私と『噴怒』が同時に占有しようとしましたが、あまりにも危険だったので身体をもう一つ『愚者の贋作フールメイカー』で作成、私はそちらにペンダント経由で移動しました。その際、いくつか身体に改造を施しました。再生能力もその一部です」


ですが、と彼は続けた。


「限界です。これ以上私は生存することが不可能に近いでしょう」


「どうしてだ!? 貴様は方鐘の存在を奪っただけじゃなく、身体まで奪ったのに!」


「単純です。細胞分裂の回数は生まれた時点で決定しています。それを度重なる再生で使い尽くしました」


特別な感慨も無い様子で影は自分の死を予言した。確かに、腕だけならまだしも頭や心臓、挙げ句には全身まで再生したのだ。相応に寿命は目減りしているだろう。


「もって数年。それが私のタイムリミットでしょう」


影はそう自らの言葉を締めくくった。


まるで自分の生命に頓着しないその姿に、残りの二人は戦慄する。

つまり彼は、自分の存在をどうでもいいと断じたのだ。


「……ざけんじゃねぇぞテメェ……」


「初めて意見が合ったわね……」


だが、その意思は後の二人にとっては到底受け入れられない意思だった。


影の、疑問を浮かべるはずの顔に苦悶が浮かんだのは、直後のことだった。


「ぐっ……な、何を……」


腹部への猛烈な打撃。その正体は、彼が仕えると決めた主の拳だった。


「おお、いい拳だなオイ!」


冷やかすように言う片銀に影の感情らしきものが一瞬沸騰するが、すぐに理性という名の冷水を浴びせられて鎮静される。


「……どういったおつもりですか、我が主。納得のいく説明を頂きたく存じます」


未だ自分の腹の底に残る鈍痛に顔をしかめながら影は主君に問う。だが、彼の主はうつむいていた。


(……? どうかしたのでしょうか)


その挙動に違和感を覚えた影は、主君に対して失礼と理解しつつも彼女を観察する。主君の体調を気遣うのも騎士の役目だからだ。


(侍女の役目だろうかとも思いますが。……若干の震えを認識。推定開始……恐怖と判断します。無理もありませんね。隣りに居るのはいくら害意がないとはいえ、『大罪』。私への攻撃行動も不安の裏返し、引いては八つ当たりでしょう。威力については彼女の特異体質で説明がつきます)


傍から見ればなんとも的外れな推理なのだが、彼はそれを疑わない。疑うという感情を持ち合わせていない。


そして、彼の求めた説明は当然のごとく彼の推理を裏切った。



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