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56th 忠誠と決着

「ふう、スッキリした!」


水越が気絶した安形を気が済むまで踏んだ後、上機嫌で言った。


「女王様に見えてきたな……月島、尻に敷かれるなよ?」


「だ、大丈夫だと思います……」


黒川が月島に苦笑いする。その後ろで、ふと片銀が言った。


「そういえば、俺のライバルはどうしたよ? 『僕』の逆なアイツならお前らをほっとかないと思うんだが」


辺りを見渡しながら片銀が言う。


「え? 上に行ったんじゃないの?」


やっと安形を踏むのを止めた水越が反応した。


「うーむ、すれ違ったかな……まぁ例え上に行っても、アイツなら上手く説明してくれるか」


「待った。アイツとは誰だ? さっきも言っていたが、後回しにしたな」


「ああ、そういえばお前らには説明してなかったな。……面倒だから概略ハブるが、『原形』の一つ『影』が方鐘の人格を上書きして出て来てな。上で『暴食』とガチンコしてんの。で、俺はそっちを任せて床ぶち抜いて助けに降りてきたって訳。……考えてみれば、多少は影響されてんのかね。俺がヒーローって似合うわけねぇ! アホくさっ! ……あ、しまった」


片銀は何か思い出したような顔をして、そのまま駆け出して行く。


「あ、おい、どこに行く!?」


「……決まってんだろ! 上に行くのさ。方鐘があぶねぇ!」


月島の問い掛けに答えた片銀は真顔になって続けた。


「影と高垣、合わせるわけにはいかないんだよ! ……方鐘のために」


その一言に、なぜか空気が凍るような錯覚を月島は覚える。


「お前らはそこでぶっ倒れてる一般生徒を避難させろ! どうせ『心の守』と『代筆者』も下だろ?」


「わ、わかった! その代わり、頼んだぞ!」


黒川が叫び返した。それをきちんと聞いたらしい片銀は、全力で疾走した。




「もう、さっきからなんなのよ!」


高垣は、階段へ三回目のチャレンジをしていた。


(変な揺れのせいで踏み外して転げ落ちるし! それも二回も!)


本人は知らないが片銀が起こした地震なのはいうまでもない。悔しさを噛みながら、踊り場までかけのぼる。


「今度は平気みたいね……」


上の屋上へ続く扉を見上げる。直後、爆発音が連続した。


(な、何!?)


高垣は身構える。が、すぐに音は止まった。

嫌な予感に駆られた高垣は駆け上がる。そこで見た光景は、影が『暴食』に頭を喰われる瞬間だった。


「か、方鐘えっ!」


悲鳴がほとばしる。だが、悲しみは敵を見た瞬間怒りへシフトした。


「お、おまええっ!」


叫びを『指揮者コンダクター』で直接威力に変えてぶち込む。『暴食』が吹っ飛んだ隙に、高垣は首を無くした影を抱き上げた。


「か、方鐘ぇ……」


だが、彼の首から上は無い。身体は脱力し、赤黒い断面からは血が流れているだけだ。


「か、たが、ねぇ……!」


今更溢れてきた涙と共に再び呼び掛ける。返るはずのないそれに応えるはずのない応えが、方鐘と同じだが決定的に違う声が返った。


「……逃げなさい。誰だか知りませんが、ここは危険です」


「……え」


影の首が、再生していた。


「……神経系が不安定ですね。接続しきっていないのでしょうか。この様子では動けないでしょう。早く逃げなさい。一般生徒を巻き込むのは本意では在りません」


高垣にもたれてぐったりしたまま、影が声だけを紡ぐ。その様子に高垣は混乱の頂点に達した。


「えと、方鐘……だよね。私を忘れたの? ううん、片銀でもないみたいだし……? ていうか首が……あれ? あれれ?」


その高垣の様子に、今度は影が内心で首をかしげる。


(反応を見るに、この方は方鐘の知り合いでしょうか? 記憶を検索……ヒット。名称、高垣奏。同級生で生徒会メンバー、学園内五位の能力者で大切なひと、ですか。関連情報を検索……これ、は……!)


「見つけた……」


言葉が、落ちた。


「な、何を?」


高垣が戸惑いを返す。だが、影は軋む身体を無理矢理動かしてあるポーズを取った。

胸に手を当て、片膝を立て、頭を下げる。

騎士が主君に忠誠を誓う体勢だった。


「よく……生きておられました……。我が本体『自我ゼルプスト』。『シャッテン』たる私は、貴方に変わらぬ忠誠をここに誓約いたします」


まだ神経が繋がらないので震えた声であるものの、影は恭しく頭をさらに下げた。


「え、ええと……どういうこと?」


一方の高垣はといえば、余計に混乱していた。彼女にしてみれば、首から上を無くした方鐘が何事もなかったかのように生き返り、記憶を無くしたかのような振る舞いをしたと思ったらいきなり忠誠を誓われたのだ。第一、方鐘が影に変わっていることを彼女は知らない。


が、そんな高垣を現実に引き戻す咆哮が上がった。


「ゴアアアアアッ!!」


ダメージから『暴食』が復帰したらしく、爛々と輝く目はしっかりとしている。いくらかの知性があるとはいえ、本能が強いからなのか『暴食』は高垣に狙いを定めたらしい。両手を威嚇するように振り上げ、高垣に突進する。

だが高垣は、その振り上げられた両手の意味を知らない。


だから、影は動いた。自らの本質であり本体である高垣……『自我』を守るために。


「やらせません……!」


頭を絶たれたことによる神経系の断絶から、再構成を無理矢理早めて復帰する。無理な再生により痛みが走るが、無視して身体に起きろと信号を送る。そして、影は高垣の盾となって『暴食』によって引きちぎられた。


「ガウッ?!」


求めた結果とは異なる結果に『暴食』が疑問の色を含んだ声を残す。

胸下から横に裂かれた影は、それでも高垣を守るために能力を行使する。寸前に右ポケットから抜き出したパレットナイフを、左手で構えた作成直後の異様な銃器に装填する。それは無数の部品が絡んでおり、辛うじて銃身と引き金の存在がそれを銃だと証明している。


「………ッ!!」


影の身体から生体電流を掻き集めた莫大な電気エネルギーが銃器を駆け巡り、内部を加熱させる。それはパレットナイフを瞬時に磁化し、同じく磁化した銃器との間に反発力を起こして引き金を待たずに発射。空気の壁を打ち抜いて水蒸気爆発を残し、しかしその余波で影の上半身を破壊しながら『暴食』の胸に突き刺さった。貫通するかしないか、正に皮一枚を残してパレットナイフは摩擦熱に耐えられず焼失する。だが衝撃はしっかり残留し、『暴食』を孵卵器に叩き付けた。


「ガ…ゴア…グ…」


簡易式の電磁銃。音速突破のパレットナイフの正体はそれだった。


どうやら死んだらしい『暴食』はそのまま動かなくなった。


そしてその場には、分かたれた影と高垣のだけが残された。


そして、誰かが背後の扉を開けた。



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