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51th 影と噴怒

最初に異変に気付いたのは、望だった。


「む……何だ? この音は」


それは、孵卵器の唸りにかき消されそうな小さい音。

ざり、ざりっ、と密かに響くのは、何かが擦れる……いや、衣擦れの音だった。


「……誰だ!」


それを衣擦れと認識した瞬間、望は振り返って叫んだ。


「誰、と尋ねられても。私は『影』故、名前は幾つもありますが。逐一並べ立てるべきでしょうか」


「アホか。逆に面倒なだけだっての!」


答えたのは、あまりにも歪な存在だった。


「……方鐘君が、二人?」


希美が疑問を告げる。そこにいたのは、全く同じ顔の二人だった。


しかし、纏う雰囲気が違う。向かって右側の方鐘は背筋を伸ばし、顔は自信に満ち、手は悠々とポケットに親指のみを引っ掛けた上で斜に構えている。

それに対し左側の方鐘は同じように背筋を伸ばしているものの、どこかぎこちない。体勢も肩幅に足を開いただけの直立だった。その顔には、何の表情も浮かんでいない。


少し間があって、最初に口を開いたのは右側の方鐘だった。


「方鐘……ああ、アンタらは知らないのか。んじゃ改めて。俺は方鐘恭一の中に存在する『噴怒オルジィ』の人格、片銀鏡一だ」


続いて、左側の方鐘が口を開いた。


「私に名前は在りません。ただ、『影』とだけ」


そして、その『影』と名乗った方鐘は、感情をどこかに忘れ去ってしまったような声で告げた。


「ですが、私の役割として記憶しているに限り、私は『原形』の『シャッテン』です。以後お見知りおきを」


その言葉の意味に望は内心で戦慄する。『暴食』の自分にとって『原形』の一つである『影』は最大の天敵だからだ。


「……てかお前さ。なんでまた別に身体作ってるんだよ。共有でいいじゃねぇか」


「いえ。分離を望んだ理由はきちんと在ります」


「ほほう? 言ってみろよ」


「私という存在を内包するには器が弱すぎました。故に『愚者の贋作フールメイカー』で新たに器となる身体を作成し、そちらに移行しました」

「……ものすごい無茶苦茶言ってんなオイ。なるほど、俺がこの身体を完全に掌握できたのはアンタがいなくなったからか」


「はい。意識下にあなたが顕在する以上、私は宿主のために沈黙するしかありませんでした。ですが、その孵卵器の生成がきっかけになりました」


「な、なん……だと……」


感情の一切を全く表現しない、まさしく影のような声と顔で背後の機械に目線を送る『影』の言葉に、望は戸惑いを覚える。


「その機械を生成する時に使用した『思い』は、そこの『大罪の子』そのものに形を与える、という思いでした。

しかし、本人は知らないながらもそれは『大罪』を操作するための物。

故に、彼はその機械を生成する時『暴食』に接触してしまったのです」


「なるほどな。『噴怒』には俺を通して慣れていても、『暴食』には抵抗力が無かったのか。で、その影響をモロに食らったから抵抗するため『影』のアンタが目覚めた訳だな?」


「正解です、片銀。後はあなた方が『方鐘恭一』の人格を破壊したために私と片銀が同時に顕在化し、しかし相反する存在のため分離して今に至ります」


「……ちなみに聞くけど、分離してなかったらどうなってた?」


「記憶を参照しますに、全身を苛む痛みとそれによって発生する精神の摩耗が考えられます。そうですね……会長が発作を起こしたままの状態、と言えばわかりますか?」


「あー、そういえばあの機械作った時ものすげぇ痛かったな。なるほど納得」


「僥倖です」


好き勝手に会話を続ける同一存在に望は慎重に話しかけた。


「……ここまでの経緯はよく分かった。その上で問う。君達は私たちに敵対するのか?」


尋ねた声に返ってきたのは、片銀の爆笑と影のため息だった。


「……常識的に思考すれば、私の存在理由としてそれ以外の選択肢は存在し得ないのですが」


「オイオイオイオイ! このタイミングで都合良過ぎるだろその考え! アリエネーこいつ!」


ゲラゲラ笑う片銀を若干不快そうに見ながら影が言う。


「あなたも私の敵なのですが……」


「オイオイ! 現状見ろよ現状。友好的な俺と半ば『大罪』に呑まれかけてるあのアホとどっちが優先度高いよ?」


言うなり、片銀の気配が一変する。薄墨に限界まで悪意を溶かし込んでぶちまけたような、『噴怒』の気配。それが急激に拡散していく。


「大罪に諭されるとは情けない限りですね。協力関係になるのも初めてです。……では、現行の敵を『暴食』に指定。敵対殲滅行動を開始します」


影の気配も後を追うように変化する。人間という存在をギリギリまで薄めて虚無に混ぜこんだような、『影』の気配が対抗するように空間に満ちる。


「割り切るなオイ! さすが『影』、感情を一切判断に挟まないな。んじゃ俺は下に行くぜ」


「何をするつもりで?」


「ん~? いい事を教えてやろうか。……ヒーローってのはな、後からやってくるもんなんだよ!」


「なるほど、格好よく登場したい見栄っ張りですね? ……意味不明です」


「バッサリ言うなオイ!」


「感情は在りませんので。……痛々しいとは思いますが」


「……敵対してもいい気がしてきた……」


その僅かな怒りにも片銀の能力は発動したらしく、足元のコンクリートにヒビが入る。


「そうだ。言い忘れていました」


「なんだよ?」


「その下には、何も在りませんよ?」


片銀の立つ位置は、屋上の張り出した部分。

つまり、下まで直結だった。


「さ、先に言え!」


言葉の意味を理解した片銀が慌て始めるがもう遅く。

無残な叫びを残して落ちていった。


「……馬鹿でしょうか、彼。ヒーローしに行くのがあれでは先が思いやられます。まぁ、あれでも『大罪』です。どうにかするでしょう」


隣に空いた穴を眺めながら、影が呟く。


が、その直後彼の左肩から先が消失した。


「……食らえ、『飢餓領域ハングリーリージョン』!」


望が満足気に能力鍵を復唱していた。



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