50th 協力者と被害者の真実
月島たちは、三階の廊下に勢いよく飛び出した。そしてすぐ異変に気付く。
「何もいない……?」
水越の言葉通り、そこには何もいなかった。まるで下の階が嘘のように。
「妙な人形も……無いみたい」
高垣が周りを見回してから言う。
「なら行こう。屋上は向こうの階段だったよな?」
月島の言葉に残りの二人は頷く。
屋上へ続く階段は、廊下の反対側にある。三人がそちらへ行こうとすると、予想だにしないことが起きた。
チャリン、と、硬貨を落としたような音が響いた。
「ん……? 誰かいるのか?」
月島が音のしたほうに声をかける。
だが、返事はなく。
代わりに来たのは、まるで壁のように見える数の硬貨の乱打だった。
「なっ!」
「くっ!」
「ちょ、何これ!?」
三者三様の声をあげつつ、それぞれの能力を硬貨の壁に叩き込む。
壁はあっけなく撃ち落とされ、辺り一面に硬貨の海が生まれる。
「だ、誰よ! 出て来なさい!」
水越が硬貨の発射点に声を投げる。
だが、今度も別のものが返ってきた。
「……拍手?」
あまりにも場違いなパチパチと乾いた音が静寂の廊下に響く。
「上等上等。やっぱてめえはこうじゃねぇとな」
拍手がひとしきり終わると同時に出て来たのは、なんと安形だった。
「あ、安形?!」
「そーだ。安形だよ。久し振りだな? と? 方鐘の奴は居ないのか。残念だな」
「何を呑気に……早く逃げろ! 下から変な鉄人形が来てる!」
突然出てきて訳のわからない事を言い出す安形に、月島は戸惑いながらも叫ぶ。
だがそれは、次の安形の発言で無意味になった。
「鉄人形……ああ、これか?」
無造作に足元の硬貨を放り投げる。それが金属音を残響させて落ちた刹那、全ての硬貨が爆発的に肥大した。
「こ、こいつら……!」
直後目の前に広かったのは、階下と何も変わらない光景。
鋼色の剣軍だった。
「お、お前まさか!」
驚きを込めた月島の声に、安形はいかにも愉快そうな顔で返した。
「ああそうさ。これが俺の新しい力! あの教師に目覚めさせて貰った『鋼鉄群体』さ!」
言いながら安形は更に硬貨を投げる。それらも地に落ちると同時に膨れ上がり、剣を持つ兵士と化す。
「前々からお前とは決着をつけたかったんだぜ月島! 俺を倒せば下の群体も止まる。じゃなきゃここは通行禁止だ! これで後には引けないだろ月島あっ!? どっちが強いのか……勝負だ!」
安形が掲げた手を振り下ろす。それを合図に軍隊が一斉に動いた。
「高垣、プレヴェイル! 先に行け! 安形は俺が相手する!」
自分の能力鍵を呟いた後に振り返って月島が二人に叫ぶ。だが、二人が取った行動は別だった。
「奏でて! 『水奏楽団』!」
水越が自分の能力鍵を叫ぶ。それは、この場に残る事の証明だった。
「レイちゃん!?……先に行ってるよ!」
高垣はほんの一瞬戸惑いを見せたが、すぐさま水越の行動の意味を理解したのか廊下を駆ける。
安形が「通すわけねぇだろ!」と叫んで数体の兵を差し向かわせるが、高垣のヒュペリオン体質の前ではその動作は遅かった。
軽々と躱し、飛び越え、物理的にぶち抜き上への階段に到達する。
「おいおい。一応こいつら超合金だぞ……ま、いいか。あの教師なら問題ないだろ」
高垣の暴挙に呆気に取られていた安形が向き直る。
「水越。アンタも残ったってことは、敵なんだな?」
「ええ。言っとくけど、私たちのコンビは無敵なんだからね!」
「おうおう。御大層な自信だな? 思い出すぜ。昔、お前を皆でいじめてたら月島にとんでもない仕返しをされたっけか。……ついでだ。あの時の意趣がえしも兼ねてテメェら全員ブッ殺す!」
安形の手からまた硬貨が一枚放られる。しかし今度はいつものように自分へ降り注ぎ、他の人形とはまた違う、より洗練された形状の鋼鉄の鎧を作り出す。
「さーて、まずは小手調べだ。この軍勢、どう凌ぐ!?」
その台詞を皮切りに、高垣の強引な突発で足並みを崩していた『鋼鉄群体』が言葉通り群体のように再度整列し、動き出す。
「大丈夫なのか? プレヴェイル。相当辛いだろう?」
「だからって奏について行ったらもっと足手纏いになりそうだし、方鐘を助ける義理もないし……なら、タカヒロといっしょがいいな、って」
「……わかった。何も言わないよ。ただ、無茶は禁止な」
そこまで想われているのにありがたさを覚えつつ、月島は構える。
「行くぞ安形! ここでケリつけてやる!」
その月島の叫びに対抗するように、安形が高々と叫ぶ。
「我は群体。鋼鉄の名を掲げし孤独! 連なれ、『鋼鉄群体』!」
正式な安形の能力鍵。そして、第三幕が始まった。
「ねぇ、兄さん。本当に彼に『暴食』の欠片を植え付けて良かったの?」
望と希美、願望名を持つ夫婦は方鐘の作り出した孵卵器の前に居た。方鐘は今、入口近くの壁際に転がしてある。
「息子が生まれるのだから、そろそろ『兄さん』は止めて欲しいところだが……まぁいい。
『暴食』の欠片なら、問題ないさ。『何人まで感染させられるのか』の実験だからな」
「わかったわ、兄さん……じゃなくて『あなた』。どうかしら?
そういえば、確か少し前にも別の人に植え付けてたわよね? あの人は?」
「『あなた』……うむ。いい響きだ。それで頼む。
ふむ、確か進藤千春だったか? あれは失敗だったな。暴走してしまっただけだった。結果としては役に立ったがな」
「じゃあ、これからはそう呼ぶわ、あなた。
けど、役に立ったって?氷の巨人を作ったくらいしかしてなかったわ」
「それが役に立ったのだ。『大罪』の植え付けには、強い『感情』が必要になる。下の階の安形はその点うってつけだったな。月島という少年への強い劣等感がいい『苗床』になった」
「なるほど、わかったわ。千春さんの氷の巨人が与えた『恐怖』や『畏怖』が『苗床』になったのね?」
「さすがだな、希美は。その『苗床』から、数十人が感染している。……今は、安形の操る兵士の中に入っている」
「つまり、人質なのね?」
「そうさ。念には念を、という奴だ」
非道な内容を真顔で語る二人は、互いに気を取られているせいで気づかなかった。
「足……な……は、……のむ……う……」
方鐘が、半ば途切れかけの声である言葉を呟いていたのを。