49th 援軍と総力戦
「後はここだけか……」
その少し前、月島は水越と共に校門の前に立っていた。
「奏、まだかな……先輩たちもそろそろ来るだろうし……」
二人は待っていた。先程サークルトークで集合をかけたのだ。
「しかし、最後が学校の屋上って……灯台下暗しだっけ?」
「間違ってはないな。しかしマジで盲点だったよ。街中全部調べた苦労はなんだったんだ?」
後半は愚痴になっている月島に、水越は縋るように寄り掛かる。
「……悪かったな。疲れただろ?」
「ま、まだまだ平気よ……」
と言う水越だが、いつもより覇気がないのは誰の目にも明らかだ。
考えて見れば無理もない。あの後、市内の屋上を文字通り飛び回ったのだ。ミスをしたら即死するという緊張感から来る疲れとストレスは相当なものだろう。立っていることすら辛いはずだ。
そこまで考えて、月島は思い付いた。
「そうだ。ほら」
言いながら、月島は水越に背中を向けてしゃがむ。
「……ええと、どういうこと? いや、分かってはいるんだけど」
「分かってるなら乗れよ。遠慮はいらないからさ」
「こ、この歳でそれは恥ずかしいんだけど……」
しかし高垣が言っても、月島が動く気はない。
結局、先に折れたのは水越だった。
「わ、わかったわよ……おんぶされればいいんでしょう!」
言いつつ月島の背中に乗りかかり、首に腕をまわす。背中に心地よい重みを感じながら、月島はゆっくり立ち上がった。
「わ、やっぱり高いわね」
「当たり前だろ。俺は男だし、年齢も上なんだぞ?」
やはり相当疲れていたのか、頭を肩に預けたらしく耳元から声がする。それにくすぐったさを覚えつつ月島は言った。
と、そこに生徒会メンバーが到着する。
「どうだ?何か変化はあったか?」
開口一番、黒川が尋ねる。月島は首を横に振る。
「先輩、他のところは?」
続けて高垣が口を開く。そこに割り込んだのは、暁の車椅子を押す遠見。となりに立って辺りを警戒しているのは中村だ。
「担当した区画は全て外れでした」
「ついでに言うと、さっき『酔っ払いの預言』に学校って出た。多分ここにいるんだろうな、アイツは」
言いながら中村は上を……屋上を見上げる。釣られて全員が見上げ、全員が一斉に下ろした。
「いいか。この先は危険だ。『大罪』もいれば『殺人犯とその協力者』もいる。命の保障はない。それでも、来るか?」
確認のように、黒川の声が響く。
「この先は戦場。覚悟がある者だけ来い」
閉まる校門を、黒川は強引にこじあける。
「ま、俺と識は家の事情があるからな。行かない訳にはいかないだろ」
「です、ね。『酔っ払いの預言』も何か役に立つかもしれませんし」
最初に門の内側へ踏み出したのは、現実の門番たる二人。
中村は右腕を調子を確かめるようにぐるぐる回し、遠見は家から持ってきたのか和弓と矢づつを見せて、こちらの心得も少しはありますし、と言う。
「私も、方鐘君を焚き付けた責任がありますから」
続いて暁が器用に車椅子を進め、自然に黒川の隣りに並ぶ。
「……私個人としては、明乃にはあまり出張って欲しくはないのだがな」
「大丈夫よ。ちゃんと考えがあるから」
あなた頼りだけれど、と言いながら手を伸ばして黒川の腰のあたりを軽く叩く。黒川はしょうがないといいたげな顔で頷いた。
「俺も行く。アイツを一発ぶん殴らないと気が済まないからな」
月島が水越を下ろしながら言う。
「わ、私も行くからね!」
水越は置いてかれまいとして立ち、門を踏み越える。
そして最後に門を踏み越えたのは、高垣だった。
「アイツには借りもあるからね。おごって貰った分はきっちり返すわよ!」
そう言って気合い十分に指を鳴らす。
「……結局、全員か。予想はしていたがな。全員正面玄関から突入する。後は各自臨機応変に対応してくれ……行くぞ!」
その声を合図に全員が一丸となって突入する。
校庭を突っ切り、玄関扉を月島が横方向の落雷でぶち抜く。騒がしく突入した彼らの眼前に現れたのは……鋼鉄の人形だった。
「……こんなの無かったよな?」
誰からともなく口に出す。だが応えたのは、急激に等身大まで膨れ上がった鉄人形だった。
「うおわっ!」
そのまま手近にいた黒川に襲いかかる。黒川は不意を打たれたにもかかわらず、驚き声だけ残してかわした。
「このっ!」
すかさず中村が窓の外へ弾き出す。だが、それは恐ろしい結果として返ってきた。
ズドンバスンドカン、とそれぞれ思い思いの音をたてて鉄筋コンクリートの校舎の壁に穴があく。その向こうには、それぞれ鋼鉄の人形が立っていた。
「おい……増えたぞ!」
中村が叫ぶ。確かに鉄人形はその数を増やしていた。
「っ! ……もう一度吹っ飛べ!」
「……正射必中!」
抵抗したのは、中村と遠見だった。中村は再度遠くへ弾き、遠見は足を狙い逆に地面へ縫い付ける。
「ここは任せな! どうせ俺たちはあまり戦力にはならない!」
「『心の守』としては見届けたいですけど……お願いしますね。大丈夫、負ける気は無いですから」
言いながら次の矢を番え、構える。
「ほら、とっとと行け! 多分まだ増えてくるぜ。心配すんな! カマセになる気はないからよ!」
と言いつつも、先程より明らかに多い数の人形を弾き飛ばしていく。
「くっ! 頼んだぞ!」
黒川がまず駆け出した。もちろん暁の車椅子は捨てて、本人をお姫様だっこしていく。
「プレヴェイル、走れるよな?」
「うん!……あれも羨ましいけどね」
「またこんどな」
言いながら手近な階段を駆け上がる。
それを見送って、残った二人は呟いた。
「とは言ったものの、やっぱしんどいわ!」
「ビルからビルへ飛び回ってましたから……」
こちらはまだ楽そうな遠見が苦笑いする。
この二人、実は『強制集合』を使って月島たちと同じことをしていたのだ。
「ま、泣き言は言ってられないかんな。ここが俺たちの正念場だぜ……!」
ぎりり、と歯をくいしばり、根性をいれ直す。
「……後、三十本……」
遠見が残りの矢の数を伝えてくる。
総力戦の第一幕が始まった。
「先、行くわよ!」
今度は高垣が先頭を切った。二階の廊下に飛び出すと同時についでとばかりに衝撃波を飛ばす。案の定いた鉄人形がまとめて砕き飛ばされた。
「もう、なんなのよこいつら!」
「敵に決まっている! どんな能力かわからんがこの数、相当な手練だぞ!」
黒川が叫ぶように言う。無論暁を抱えたままなので、手は出せない。
そのはず、だったのだが。
「……えいっ!」
突如割り込んできた人物が、範囲外から迫ってきていた人形を殴り飛ばした。
「へ!?」
「……上手くいった、か」
背後から黒川の声と共に大量の糸が殺到し、通路を塞ぐ。
「全く。君はまだ病み上がりなんだぞ? 身体に響くだろうが」
「大丈夫よ。それこそ、貴方の能力が私を守ってくれるわ」
呑気に惚気なのかなんなのかよくわからない会話を始めるのは、黒川といつの間にか服が変わった暁だった。
「会長?! 立てたんですか?」
すっ頓狂な声をあげるのは、棒立ちになっていた水越。月島も高垣もぽかんと口を開いている。
「ふふっ、びっくりした? これが私のアイディアなの。どう? 似合う?」
暁が振り返りながら水越たちに言う。
黒のストッキングにロングスカート、長手袋までつけたその姿は、まるでどこかの貴婦人のようだった。
「さしずめ、『モノクロームの貴婦人』とでも言うか。私の『奇妙な糸』で作った服でね。長期入院で筋力が減退した分を補うように伸縮性の高い糸で織ってある。急こしらえとしては上々だろう」
言いながら黒川はさらに糸を纏め上げ、先程の壁を補強していく。
「私の『犠牲法則』なら、身体の心配は要らないでしょう? だから、さっき階段を昇る時に作って貰っていたの」
楽しそうに彼女はこちらに歩いてくる。
「さっ、こっちはこっちで何とかするわ。あなたたちは早く上へ行きなさいな」
「それがいいだろうな。分断されるのは危険だが、全員が足止めを食うのも馬鹿らしい。それに、方鐘も君達が来てくれたほうが嬉しいだろうしな。さあ、行け!」
向こうを見れば、糸の壁を破ろうと鉄人形が突進を繰り返していた。
「……すみません。頼みます!」
最初にふっきったのは高垣だった。続けて月島と水越がそれぞれ礼と謝罪を告げて後に続く。
それを見送ってから、黒川はため息をついた。
「さて、明乃。しばらくここを食い止めてくれるか?」
「病み上がりよ、私。それでもいい?」
「構わない。ここら一帯一切全部の布を集めて来るまでだからな」
「……それで、大丈夫なの?」
「さて、な。現実に常に保障は無い」
そう言って、二人は上の階を……高垣たちを見上げる。
「なら、あの子たちはどうなるかしら?」
「さてな。神のみぞ知る、だろう。……と、来たぞ」
遂に糸の壁が破れた。
「む。なんだアレは?」
「剣を持ってるように見えるわね。……一筋縄ではいかないか」
直後、規律もなにもない動きで鋼の剣軍が殺到する。
第二幕の火蓋が、切って落とされた。