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5th 平穏と動乱の午前

「5分の遅刻だぞお前らぁ〜っ!!」


学校についての第一声がこれだよ。うかばれないよね、とは月島談。


「やれやれ全く。ツイてないね。」


「つ、月島のせいでしょうが〜!」


結局、月島が用意したいいわけは通用せず、2人そろって木之本先生に怒られることになった。正直、あの怒声は空きっ腹には堪える。僕の能力の代償は僕自身のカロリーなので、能力を使えば使うほどエネルギーがなくなるのだ。


「あーあ、腹減ったな〜」


月島が呑気に言う。


「あのね、月島の自業自得だからね?」


「まぁ確かにそうなんだけどな……ふぅ、腹減った〜。」


「あ、そういえば月島は朝ご飯食べてないのか。」


「そうだよ!俺ムリヤリおこされてメシ食ってないわ!」


と思い出したとばかり叫んで月島が恨めしげににらんでくる。


「……僕のせい?」


全力で頷かれた。


「…ごめん。」


「謝るくらいなら何かくれ。いつもカロリー補給のお菓子持ってるだろ。できたら目覚ましの意味も兼ねて刺激の強い奴でよろしく。」


「注文が多いな。分かった。んじゃ、水筒の水、あっためといて」


と言って水筒を机の上に出してから、カバンの中を探る。月島は俺は電熱器か、とぼやきながらステンレスに電流を流していた。


「あったあった。これならどうだ?」


カバンの中から引っ張り出す。小さな袋の中には白い粉が詰まっていた。月島はしばらくそれを眺めた後、ひっそり呟いた。


「…麻薬?」


「ちがう本葛!」


ボケた月島にすかさず突っ込みを入れる。粉を月島が温めた水に溶かして掻き混ぜると、少しの甘い香りとともにトロみが出てくる。


「ほい。これならしばらく平気だろ。」


「おお、サンキュー!」


ズズズっとすすって、はぁー、とため息をつく。


「親父くさいな。」


「うっせ。いいだろ別に。しかし美味いなこれ。ちょっと甘いのがまた。」


「砂糖ちょっと入れてあるからね。エネルギー補給のために。」


「あ、やっぱり?」


「で、こっちが目覚まし。」


そう言ってカバンから白い塊を出す。月島はしばらくそれを眺めて、


「…まや」


「違うからね!ハッカキャンディ!」


「チッ…二度ネタは禁止か。」


「もちろん。読めたしね。」


「よ、読まれたなんて…。」


ガクリとヘコむ月島。けれどこんなことは簡単だ。これくらい、美術部で精密画を描いていくうちに身に着けた観察力があれば見抜ける。


「ドンマイ。まだ次があるさ。」


「二度ネタ禁止って言ったの方鐘だよな!?」


「あ、」


やっちゃった、と思った直後、いきなり教室後ろのドアが開く。その向こうには、我らが美術部長。の代理の三上だった。


「いよう方鐘。希美先輩から伝言でそろそろ展覧会に出す絵決めとけだってさ。」


「あ、三上。ありがと。決めとくわ。」


「で、月島よ。お姫様が廊下でお待ちだぜ?行かなくていいのか?」


ニヤニヤ笑いながら三上が言う。へ?と月島がすっ頓狂な声を上げて慌てて駆け出した。月島のお姫様は待たせるとすぐに不機嫌になるのだ。月島は慌てて飛び出していった。


「しっかし、月島も大変だな。あの年で許婚がいるとは。」


半ば呆れたように三上が言う。声に哀れみが混じっているような気がするのは気のせいだろうか。


「しょうがないよ。月島は親が親なんだし。」


飲む人が居なくなった葛湯を窓の外に片付けつつ、答える。


「だからといって相方が金髪美人じゃなぁ。うらやましくないけど。」


「だよね。なんせ13歳だからねぇ。」


月島の許婚は13歳。アメリカ出身の日本人とのハーフで資産家の一人娘で、飛び級をしてくるレベルの頭脳の持ち主。そんでもって、


「おいプレヴェイル!人の話をきけっ!」


「イーヤ。タカヒロをいじめるなんていくら方鐘でも許さないんだから!」


とこのように月島にベタ惚れ。ってなんか危険なセリフが聞こえたような?


「おい方鐘…っ危ない!」


出し抜けに机の角が切断された。


「うわっ!」


慌てて破片を避けようとするが、破片のスピードのほうが明らかに早い。さらに当たり所が顔辺り。マジで殺る気か?!けれどそれが分かったところで、破片を避けられないのは変わらない。当たるな、と覚悟したとき、


「止まれ!空間粘着スティックスペース!」


三上の声とスピンオフが割り込んだ。と、寸前で机の破片がペトりと空気に張り付いた。まさに紙一重の差だった。


「だ、大丈夫か?」


「あ、うん。ありがと三上。」


お礼を言ってから改めてカン違い襲撃者をにらみ付ける。


「あのね水越。いい加減にしないとそろそろキレるよ?僕だっていきなり襲撃されて笑ってられるほどお人好しじゃないから。」


「フン!方鐘が先にタカヒロをいじめたのが悪いんじゃないかしら?」


「だからいじめてなんかないって!」


そんな彼女の唯一問題がこれだ。月島のことになると周りの話をほとんど聞かなくなり、さらに激しい思い込みで暴走する。心底月島に惚れ込んでいるからこそだろうと思うが、端からすると厄介なことこの上ない。しかも僕の場合、個人的な恨みを勝手に向けられている。


「だいたいね、いくらアンタがアレだからって、いつもいつも月島といっしょにいるのが気に入らないのよ!なんで許婚の私よりいっしょにいる時間が長いのよ!あーもう!」


誠に個人的だ。


「だからしょうがないだろ!僕だって好きでいっしょに行動してるわけじゃない!」


どうも水越と会話していると調子が狂う。普段あまり感情を出さないようにしているのにこの時だけはついつい語気が荒くなってしまう。ただでさえ犯罪者の身分、これ以上目立つのは避けたい。感情を出さないようにしているのも、今までの監視監督人との交流から学んだ平和に生活するための極意だ。波風を立てることは興味を引くことに繋がり、興味を持たれるということは詮索に繋がる。その結果犯罪者ということがバレてしまうことになりかねない。



(その考えからすると、この状況ってマズい気が…)


とそんなことを考えているうちに水越は勝手にエスカレートしていく。


「…だからつまりアンタが悪い!分かった?わからないなら私が反省させてあげる!」


「え?な、何?」


しまった。全く話を聞いてなかったうちにマズい方向に発展してしまったらしい。しかもとっさの反応がどうやら水越の逆鱗に触れてしまったらしい。


「へー。よりにもよって聞いてなかったんだ…。とりあえず反省が必要みたいね!」


額に青筋を浮かべての死刑宣告。と同時に水越の右手に集まる無色の流動体が突撃をもって僕に牙を剥いた。


「おい方鐘、さすがにアレは粘着できないぞ」


「ありがと三上。あとは自分でやるから」


三上の『粘着』の唯一の欠点は、一定以上の質量を対象が持っていなければ粘着できないことである。その点、水越の『水圧』とは非常に相性が悪い。能力制限の解除を求めて月島を見ると明らかにパニクっていた。自分の許婚が親友に向かっていきなり発砲(?)した上に机の破壊という器物損壊。仕方ないだろう。


「当たって反省しなさい!」


の言葉を引き金にこっちに飛んでくる水のスピードが上がる。しかしあのスピード、少なくとも人体くらいあっさり貫通しそうなんだが。と考えつつ避けるためにひたすら水を凝視する。こういうのは、発射点と終着点を見極めることが重要だ。あとはそれらを結んだ線から横に避ければいい。


「いよっと…ってうわっ!」


かわした、と思った直後、いきなり急カーブ。自分を狙って先程と遜色ないスピードで飛んでくる。けれど今回はまず発射点が近いわけで。


(かわせない!?ほかに手は…)


慌てて周囲に目を向けるが、机以上の固さを持つなにかが近くにあるはずもなく。恐ろしい圧力を掛けられてさながらウォーターカッターのようになった水に僕は貫かれ…なかった。


「プレヴェイル、そこまで」


「え、その…月島?」


水越が裏返った声を上げる。思わず閉じてしまった目をおそるおそる開けると、月島が水越を背後から抱き締めていた。僕を貫くはずだった水も、制御を失ってポトポトと床に落ちる。


「その…な、悪かった。まさかプレヴェイルがそこまで思い詰めてたなんて考えてなかったよ。最近いろいろあってあんまり構ってやれなかったけど、近いうちに埋め合わせはするから。だから、今日はこの辺で勘弁できないか?」


基本美形でクラスで人気No.1の月島が耳元で甘く囁く。普通の女子でも即ノックアウトものなのに、相手はベタ惚れの水越。かなうわけがない。真っ赤になって沈黙した後、スゴスゴと引き下がっていった。

全力でため息をついてから月島と三上に礼を述べる。


「ありがとう。二人とも。今回ばかりは助かったよ。僕だけじゃ多分保健室に送られてたと思う」


すると二人とも苦笑いをして、


「ま、俺は毎朝この寝坊助を起こしてもらってるから、まぁおあいこだな」


と、月島を指差して言う。


「あ、お礼ならもらうぞ?甘い菓子ならお前さんの領分だしな〜」


とついでにのたまってくれた。今度金玉糖でも一袋プレゼントするとしよう。

日頃の感謝もこめて。


「今回は俺にとっても責任があるからな。今度の土曜日、予防拘禁入れさせてくれ。それと引き換えで」


こちらは月島だ。予防拘禁というのは監視監督人の権限の一つで、本来は担当する人が精神的に不安定な時に犯罪をこれ以上させないために指定期間中ある場所に監禁すること。


「分かった。土曜日はお楽しみですね、みたいな感じだな。了解」


「いま若干悪意を感じたんだが?」


「気のせいでしょ」


「あー、まぁいいや。とりあえずヨロシク」


と、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。



この日の午後、僕は要監視人から容疑者にランクアップすることになる。…不本意だが。

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