45th解の始めと最後の嘘
そして何も変わらないまま日付は進み、期日は明日に迫って。
「チクショウ!何とか…何とかならないのかよ!」
「落ち着け月島。冷静にならないと何かしら見逃すぞ」
「アンタが言わないでください副会長!あなたがもっと早く言ってくれたならまだ変わったかもしれないものを!」
生徒会室の空気は最悪と言っていいレベルだった。皆一様に黙りこくるか月島のように爆発するかの二択だ。高垣は既に飛び出していて、ここにはいない。
「…ごめんね、みんな。こんな探偵ごっこも今日でお終いだから」
そんな空気を断ち切るように、方鐘が言った。
「お終い、だから。最後まで付き合って。…もう、十分だよ」
そう言って、夕方のオレンジ色した窓を開ける。沈み行く太陽が、まるで方鐘のその先を暗示させるようで。
「さあ、解散しよう。ついでに最後のお願いだ。…よろしく頼む」
それを境に、方鐘はもう何も語らない。
「くそっ!絶対だ!絶対今日でケリをつけてやる!」
月島が走り出していく。水越が慌ててその後を追う。
「大丈夫だ。絶対何とかなる…いや、する」
黒川が歩き去る。暁の車椅子を押して。暁は軽く方鐘に頭を下げた。
「ま、捕まっても片銀が居ればすぐ脱走できるだろ。もしそうなったら家に来いよ。匿う用意はしておくさ」
「元々、『心の守』としていずれは招く予定でしたから、気兼ねなくどうぞ。私たちも最大限の努力は致しますけれど」
中村先輩と遠見先輩がそう言って出ていく。
部屋に残っているのは、窓に映る片銀と並び立つ方鐘。
「…なぁ、これで本当によかったのか?」
片銀が方鐘に尋ねる。方鐘は目線を空中に固定したまま答えた。
「うん。これ以上、みんなを巻き込むのは止めにしたいから。…これで、いいんだ」
自分に言い聞かせるように繰り返す。
「…ったく。しかし、お前も最低だな。『信頼して指示を出す』ことすら嘘だなんて」
「こうでもしないと、高垣さんが多分勘づいてくるからね。言ったら悪いけど、まるで野生動物みたいなカンの良さだよ、全く」
「けどま、結果としては成功だったろ?今日なんざ授業終わったらすぐに突っ走って行くし、上々だって…行くか?」
「うん…行こうか」
決着をつけに。そう言って方鐘は、生徒会室から踏み出した。
ごめんなさい、と。
呟いた言葉を閉じ込めるように、戸を閉めた。
階段を昇る。カツカツと音だけが響く。
「なぁ、この上に『いる』んだな?」
「あのビデオレターが間違いやいたずらじゃなければね」
屋上への道が、遠く感じる。一段一段を踏み締めるように昇る。
「目星は?」
「一応は」
「対策は?」
「想定できる相手ならね」
「違ってたら?」
「場当たりで」
「テキトーだなオイ」
単語を投げ合うような会話をする。リノリウムの床が軋むような音を返す。
「そういやお前、カロリーは?いろいろやらかすなら必要だろ?」
「昨日お菓子を結構食べたから大丈夫。というか、今はもうあんまりカロリーは要らないみたいなんだ」
「ほほう?心の変化が反映されてきてるのかもな。ま、都合がよければそれでいいさ」
それは『いつ』『どんな』心の変化なんだろうな?
頭の中でそう言われたような気がした。
屋上まで後一つという踊り場で、義眼に手を添える。作り出すのは、いつものパレットナイフ。
「またそれかよ。気に入ってるのか?」
「気に入ってるのか、と聞かれたら、そうだね。これは僕の『日常』の象徴だから…」
自分の名前が刻まれたナイフの柄を指でなぞる。
「これを使って、絵を描いている間は、僕は最低限『方鐘恭一』でいられるから。『日常』の象徴でないと戦えない、弱い僕にはピッタリかもしれないね」
「なるほど、だからいつもその武器にしては微妙な奴を使うのか」
片銀の言葉に方鐘は頷く。ナイフをポケットにしまいながら、階段の先…ビデオで呼び出された場所、屋上へ繋がるドアを見上げる。
ビデオの内容は、たったの数秒だった。
『最終通告だ。タイムリミットの前日夕方、屋上へ来い。協力してくれるならば良し。
そうでなければ』
それだけがしばらく映って、ビデオは終わった。
「…試しに聞くが、その『日常』に月島や高垣、愉快な生徒会メンバーは入ってるのか?」
「普通は、守りたいものを武器にしようと思う?」
「そこまでの覚悟があるわけだな。止めはしないが、後悔はするなよ?」
「わかってるよ」
階段を昇りきり、ノブを回す。運命の扉、というフレーズが頭に浮かんで、ふと苦笑した。
ドアを開ける。
そこにあったのは、血のように赤い夕暮れと、唸る試験管。
そしてその先には、想定した人物とそうでない人物が、いた。
「どうして…どうしてあなたがここにいるんです…」
方鐘の口から零れたのは、あまりにも悲痛な叫びだった。
「どうしてあなたがここにいる!部長!」
叫びが届いたのかはわからない。
けれど、美術部部長、通綱希はその笑顔を深くした。