表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/64

38th 副作用と発見


「いや、たいしたことでは」

「嘘よね」


間髪を入れず暁は言う。


「『原形』をまだ使えないことを気にしているの?」


こちらの思考を見透かすように言われる。認めたくない、と思いつつも、黒川は首を縦に振った。


「ああ。…嫉妬、なのだろうな」


高垣に対して、だ。


「情けない。先に遠見の『予言』にかかったのは自分なのに」


未だに『覚醒』できない自分に嫌気がさす。


「片銀君は『覚醒しかけ』って言ってたわ。もうすぐじゃない?」


「確証はないがな。…参考までに聞くが、明乃はどうだった?」


「私が『覚醒』した時ってこと?」


黒川は頷く。


「ごめんなさい。あんまり覚えてないのよ。ただ、『覚醒』をしたら必ずした、とわかるわ」


「いや、構わない。…案外、その片銀がキーかもな」


「鍵?どうして?」


「『原形』は『大罪』に抵抗するためのもの。片銀の近くにいれば案外と目覚めるかもしれない」


楽観的だ、と黒川は思うものの、これ以外に手の打ちようがない。


「なるほど…いいアイディアかもね」


と、一気に疲れが来た黒川が目を閉じた。


「少し…眠らせてくれ。最近いろいろあり過ぎて疲れた」


右腕をアイマスク代わりに顔の上に置いて、上を向く。


と、襟首を掴まれる感触がして黒川は地面と平行に引き倒される。


何だ、と思う間もなく柔らかい感触が頭に当たる。


「明乃…?」


「少しの間だけね」


頭上から声がする。先程の感触から鑑みて、どうやら膝枕というものをされているらしい。


頭をなぜられる感触に、ふと、思い出が甦る。


「そういえば、前もこういうことがあったな…」


すると、なぜか急に頭を撫でる手が止まった。いや、停まった。その明らかな異常に不審を覚えた黒川が薄目を開けると、暁が恐ろしい量の脂汗をかいていた。


「…どうした?」


「そ、そんなことをしたっけ?」


だらだらだら、と擬音が聞こえてきそうな勢いで脂汗が流れ出している。


「あ、あれ?わた…し?私は、私は…?何をしたの?だって、だってそんな記憶は…」


頭を振り回して錯乱し始める。


「だ、だって私は…膝枕、なんて初めてのはず…あ、ああ、あああ!」


完全にパニックを起こした暁の様子に、黒川はにわかに焦りだす。

そして、理性がやっと理解した。


(これが、これが治療の副作用か!)


記憶の欠落。メモリーに成り代わった部分。

それが脳内の現実と外界との齟齬を指摘して、彼女に矛盾を突き付ける。


そして、それに闘病生活で消耗した明乃の精神が耐えられるはずがない。


「う、ああ?が、くぅ…あ、」


停まった。


「だ、大丈夫なのか?」


恐る恐る黒川が声をかける。なんて不甲斐ないのか。恋人の危機に何の手の打ちようがない。


(ど、どうする?)


こういう時どうすればいいというのだろうか。


とりあえず、彼女を揺さぶってみる。反応は、ない。


(この程度の衝撃では駄目か)


恐らくはショック症状だろう。茫然自失といってもいい。ならば、より強い衝撃を与えるべきだろう、という結論に達する。


「明乃。おい明乃!」


大声で呼び掛けながら、更に強く揺さぶる。


今度は少しだけ反応してくれた。それを見て言葉を重ねる。記憶と現実との齟齬をなくす。それが最善だ。


「いいか、よく聞け明乃。お前はただ忘れているだけだ。落ち着いて深呼吸しろ」


もちろん、反応はない。だが敢えて無視をする。


「聞こえているだろう?忘れているならば、私が思い出させてやる!だから、帰ってこい!」


言うだけ言って開いたままの暁の瞳をのぞき込む。


その奥には、度重なる呼び掛けに応えた僅かな光が見えていた。


(よし!)


その反応に、自分の行動が正しいと認識する。


「思い出せないなら、もう一度やり直そう。何度でもだ。思い出すまで、私は君を諦める気はない!」


感情ままの宣言。それは確かに暁に届いたらしく。


「っ!」


それをきっかけに、まるでスイッチが入ったかのように暁の瞳に力が戻った。


「…あ、あれ?私は…」


「戻ってきた、の、か」


多少の混乱は見受けられるが、一応は回復したように見える暁の様子に、黒川の体から力が抜ける。それは即ち、暁に対して正面から倒れ込む形になるわけで。


とさり、と軽い音とともに黒川の意識は温かく安心する柔らかさに埋めつくされた。


「…何かあったの?大助」


自分がどんな状態なのかもわからないはずなのに、それでも彼女は頭を抱き抱えるようにしながらこちらの心配をしてくる。


「…帰ってこないかと思った」


辛うじてそれだけを告げる。突然の事態に覚めていた眠気が一気に甦ってきて、黒川の意識はあっさりと夢へ落ちた。


そんな黒川の様子に、暁は柔らかく微笑んだ。よくわからないが、目が覚めたら説明してもらうことにする。

胸の奥に湧き上がるこの感情は、自分がどんな状況にあろうとも、『優しさ』を他人に向けてしまう『太母』の衝動なのかと暁は思うが即座に思い直す。このもっと温かい感情は、きっと違うものだと確信したから。


「ふふっ…」


まるで我が子を見守るようなその笑顔。だが、その瞳に映る想いは恋人のそれで。


「おやすみなさい…」


その額に、唇を落とした。





「…あった。こいつか?」


「はい、多分」


一方、中村と遠見はまだ捜査を続けていた。

いや、正確には一旦止めたのだ。

しかし、『酔っ払いの語りドランクトーカー』に引っ掛かったことで再度部屋を飛びだすことになったのだ。


預言に引っ掛かったのは、なんと方鐘から依頼されていたカメラの位置。

そして、こんな春先のまだ肌寒い時期なのにも関わらずこうして外に飛び出すことになった。


「普通は気付かないよな…電柱の中にあったとは」


正確には、電柱に昇るための足場となる部品を挿入するための穴の中に、超小型のカメラがあったのだ。


「そうですね。中味はどうですか?」


下から声がする。中村は今、電柱の真ん中辺りの足場に捕まっていた。


「おっと、そうだった」


カメラを置く以上、録画はしているはずだ、と思いながら返したところで気付いた。『強制集合ギャザリング』を使って安全に飛び降りる。


「識、こいつ録画機材がついてねぇぞ?」


「はい?あら…」


手のひらサイズのプラスチックの箱には、側面にレンズがついているだけだ。アンテナもなにもない。


「妙ですね…ここまで小さいと、録画しかできませんし…」


こうみえてこの姫巫女は機械に強い。そんな彼女がそう言うならば、多分そうなのだろう。


「画像を転送してる可能性は?」


「あったとしても電柱の中ですから…」


期待はできないということか。と中村は納得する。


「さて、どうするかね…」


中村は呟く。遠見の『予言』に引っ掛かったのはこの一つだけ。他の場所でも見つかる可能性はあるが、こんな夜中に出向くのは非常識だ。


「…帰りましょうか?」


と、遠見に言われてから中村はある事に気付いた。相変わらず遠見は巫女服のままだったのだ。


「あ、悪い。上着貸すな」


巫女服の下は大抵薄着だ。冷える。そう思って上着を手渡すと案の定だったらしく、遠見はすぐに羽織った。


「ありがとうございます。でも、順くんは寒くないですか?」


「平気だよ。周りの熱を引き寄せてるから、しばらくの間だけだけどな」


意外な能力の活用方法だ。因みに夏は逆をやっている。


「便利ですね…」


そう遠見は言うがこれがなかなか難しい。これは『引き寄せ』の領分ではないのだ。

要するに、点か面かの違いだ。一部分に集められても、全体には集められない。


「あ」


考えるそばから体がひんやりしてくる。


ダメだな、と中村が思うと同時に、なぜか遠見が中村の正面に立つ。首に暖かい物が巻き付いた。


「…マフラー?」


確かに彼女は家を出る時とっさにマフラーを掴んでいた気がするが、なぜそれをこちらの首に巻くのか。


「ってか、長いな」


それは間違いなくこちらの首を暖めているのに、まだ彼女の首にまで巻き付いていた。


「お母さんが張り切って作ってたら、こんな長さになってしまって…」


遠見がはにかんで言う。なぜか少しだけ恥ずかしくなって、照れ隠しに中村は遠見の頭をポンと叩いた。


「帰りますか?」


「いや…ちょっとだけ遠回りしてくかな」


中村のその言葉に、遠見が軽く微笑んで自らの首を中村の肩に乗せる。


「ば、馬鹿!俺は女性恐怖症なんだぞ!」


「嫌です。今だけはこうしてます」


「うぐぐっ…」


軽口のようなものを叩きつつ、家路とは少し外れた道を歩く。


兄妹のような、恋人のような、どちらともいえない二人は、夜の中へ歩いていった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ