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37th 夢見る夜と問い掛けの夜

最初にプレヴェイルがタカヒロに会ったのは、月島が六歳。プレヴェイルが三歳の時。この都市に来てから数日後の夜だった。

父が、どうやら家出したらしいタカヒロを家に連れてきたのだ。


「あなた、だれ?」


当時はまだカタコトだった日本語を使っての会話。お世辞にも聞き取り安いとは言えないそれを、タカヒロは無視しなかった。


「…月島貴弘」


「ツキシマ…?」


キレイな響きだと思った。夜中に突然やってきた、夜を照らす『月』の名を持つ異国の少年。


「オマエは?」


「ん…?」


「ん、じゃない。名前だよ名前。オマエの名前は?」


「プレヴェイル!パパがつけてくれたの!」


「プレヴェイルっていうと…『広がり』…?どういう意味だろう?」


広がり。それが私の名前。


「お前は掛け橋だから、ってパパは言ってた」


「そっか…閉じこもるしかない俺とは逆の名前だな」


そう言って、悲しそうに笑った後。


「いい名前だな」


そう言ってくれた。


「…かなしいの?」


思わず言っていた。


「バっ…!そんなわけあるか!」


「でも、かなしそうだよ?」


そして、肩を震わせてそれきり黙ってしまった彼を見ているのがいたたまれなくなって。


「ねぇ、ツキシマ。こっちむいて?」


「な、なんだよ…んむっ!?」


キスをした。ママにそうやってもらうと、どんな夜でも安心して眠れたから。

いくら彼が『月』でも、夜は怖いものだから。


「おっ、オマエ、いきなり何をっ!」


なぜタカヒロが慌てていたのか、当時はわからず。


「もう、さみしくない?」


「ッ!」


そして、その言葉に今まで必死に抑えてきた何かが堰を切って溢れ出した月島はプレヴェイルに抱き付いて、泣き出した。


これが、月島が初めて自覚的に他人に『甘えた』瞬間であり。


プレヴェイルが月島を初めて受け入れた瞬間だった。





その後しばらくして、実は許嫁だと知った時には驚くと同時に嬉しくなったりした。

しばらくプレヴェイルの家に居候した月島は、その間様々なものやことからプレヴェイルを守ってくれたのだ。当時からスピンオフが使えた月島は大抵のいじめっ子には負けなかったし、自分の立場もよくわかっていたので大人にも負けなかった。

異国の人、というだけで近所のいじめにあいかけていたプレヴェイルを、お礼だと言いながら助け出して、いじめっ子をビリビリして謝らせた。(ちなみに、このビリビリされたいじめっ子が安形だったりする)


その姿に、物語の中でしかないはずの『騎士ナイト』を重ねたりして。


いつの間にか、プレヴェイルは月島に惹かれていた。





(今も、なんだけどね)


回想終了。


大胆なことをしたものだ、と今でも思う。


「…ねぇ、タカヒロ…私ね、もう…」


我慢できない、と言外に求める。


「…ああ、俺もだ…」


もう一度、唇を重ねる。


夢のような時間は、一晩中続いた。





「ねぇ大助。さっきから何をしてるの?」


「明乃か。腹ごなしの運動を、な」


バサリ、と胴着の裾が翻る音が広い道場の空気に響く。


一通りの型を終えると、胴着を分解、私服に戻す。


「鮮やかねぇ。いつ見ても」


素直な暁からの称賛に、黒川は汗止め用のタオルをほどきながら、通信教育のものだがな、と返す。


「それでも、だよ。努力は必ず大助の力になるから」


「そう、だな。シャワーを浴びてくる」

夜半の公共施設の体育館。黒川と暁は夕食の後、ここに来ていた。


しばらくして、黒川が戻ってくる。


「お疲れ様」


待っていた間に買ったスポーツドリンクを暁が手渡すと、お礼とともに黒川が受け取る。

壁際に腰を下ろすとそのまますぐ飲み始めた。


「私もやれるかしら?」


唐突な言葉に、何をだ、と黒川が返す。


「通信空手。どう?」


「不許可だな。まだ病み上がりだろう」


「それもそうね」


しれっと言う暁に、黒川が苦い顔をする。


「…全く。無鉄砲は相変わらずなのだな」


思えば、彼女は常にお節介だった。『敵』であるはずの片銀さえも『犠牲法則サクリファイスルール』で治そうとしていたのだ。


「あれも、『原形』の影響だったのか…」


『太母』。それは無限の慈愛を持つ、母性…引いては、女性の象徴でもある原形。

自分の持つ『老賢者』…冷厳たる知性、引いては男性を顕す原形とは真逆。それが彼女のパーソナリティー。


「原形がどうしたの?」


しっかり聞いていたらしい暁の声に、現実に引き戻される。


「いや、結局『原形』とはなんなのだろうかと思ってな」


すると、彼女はこちらの隣に腰を下ろしてこう言った。


「私が私で在るためのもの。…少なくとも、私はそう思ってるわ」


それは、母親を想起させる声色。自然と脱力する。誰もが母の前ではそうなるように。


「自分で在るためのもの、か」


「そう。ほら、自分で言うのもなんだけど、私って結構ナイスバディでしょう?」


胸のサイズはアルファベットでEと聞いている。なかなかブラジャーのサイズが無いとは確か本人の弁。


「確かに。手のひらに収まる大きさではないな」


「…えっち」


「…失礼」


失言だった。


「いいわよ別に。じゃあ胸のサイズを例にすると、今私はこのサイズだけど、中学生の頃までは断崖絶壁だったの」


けれどね、と間をとって続ける。


「学園に進学してすぐに私は『太母』に目覚めた。そしたら、一気に今のサイズまで成長したの」


原形とは個人の成長をも強制するのか、と黒川は戦慄する。


極端な話になるが、母性、と言われて何を想像するかと問われたら、一般の男性は胸を想像するだろう。

胸囲とは母性の象徴である。母性とはつまり、包容力なのだ。


「お母さんもそんなに大きいほうじゃなかったから、本当の私はきっと今でも断崖絶壁だったんだと思うの。けど、『太母』の在る今はそうじゃない。だから、きっと『原形』ってのは自分が自分で在るためのもの」


私はそう思う、と言葉を締めた。


なんとはなく、断崖絶壁な暁を黒川は想像する。

無理だな、と即座に結論づけた。


「『老賢者』か…」


黒川は呟いてみる。自分に『老賢者』は何か影響しているのか。


(わからないな)


理知的、とはいつも言われる。が、それは生来のものだ。原形の影響とは考えづらい。


「悩んでいるの?」


耳に馴染む声。いつの間にか暁が首を傾けてこちらをのぞき込んでいた。


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