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36th 夕食とその前後

「別に自慢の兄だった、って訳じゃなくて、若干引き籠もり気味だったりするような兄だったけど、優しくて、大好きな兄だった」


いた、と既に過去形なのは、もういないからだろうか。


「けど、ある時急に『壊れた』の。誰と話すにしてもビクビクして、道を歩くだけでも下を向いて…」


そして、頭を上げた僕を見て。


「大嫌いになった。それで、しばらくしたら部屋から出てこなくなって。心配になって鍵を壊して開けたら、真っ白な砂になってた」


言葉は軽いが、感情は重い。だが、もっと強烈な感情が湧き上がる。思考が叫ぶ。


(人が、砂に…!)


いつも見る夢と同じじゃないか!


「結局、失踪扱いになったの。最後の言葉はよく覚えてる。『僕は誰だ。僕は誰だ…』まるで記憶喪失になったみたいな台詞だった…」


もし…、もし、高垣の兄が『大罪』、しかも『噴怒』に覚醒していたのだとしたら?暴れ回る暴力衝動を抑えるために下を向いて、何も見ないように努力していたら?どんな拍子で暴れ出すかわからない自分に怯えていたとしたら?

そして、自分もいずれ砂になるとしたら?


「今考えると、私に『自我』が浮かんだのはあの時なのかもと思う。記憶を無くして、形まで亡くした兄のようにならないように、って…」


言おうと思った。けれど、彼女の顔を見た瞬間に何も言えなくなってしまった。


「…………」


どこか遠くを見つめるその顔は、僕の観察眼をもってしてもわからない感情が浮かんでいた。


二人ともなんとなく無言で歩くうちに、スーパーについた。


「で!何を買うの?」


沈んだ空気をふり払うように快活に高垣が言う。


「とりあえずタイムセールからかな」





しめて四千八百円ナリ。


「うん、いい買い物した」


「…呆れた。スーパーで値切るなんて初めて見たわ」


頭に手を置いてジェスチャーまでしてくれる。


「だって安くなるし。鶏肉半額だよ?夢膨らむね」


薬味入れの中にあったハーブの小ビンを思い返し、本日の夕食は鶏肉の香草焼きに決定する。ワクワクしてきた。


「とても楽しそうね。ちょっとうらやましいかも…」


「ん?ごめん、聞いてなかった。何?」


何でもないわよ、と言う彼女のポケットから、ケータイの軽快な着信音が流れ出す。


「はい、もしもし…へ?ちょ、ちょっと!?」


意味不明な短文会話の直後、通話終了を知らせる単音が残る。

そして彼女は重いため息をついてこう言った。


「ねぇ、あなたの家に今から行っていい?」




「なるほど、晩ご飯をおごって欲しいと」


「そういうことなの」


数分後、彼女は僕の家にいた。


どうやら彼女、うちに帰っても夕食がないらしい。で、監視ついでに食べさせてくれ、ということだ。


私物のあまりないリビングに彼女を通し、適当にクッションを薦める。

といっても、一人暮らしだからクッションも一つしかなく、僕はソファだ。


「どうする?すぐご飯にする?」


「…あなた、警戒心って知ってる?」


「うん。少なくとも制限装置のメガネを外すくらいには」


「…そう」


なぜ残念そうなのか。家にあげている時点でかなり扱いのランクは上なのだが。


「で、どうするの?それともお風呂?沸かすよ?」


「新妻じゃないんだから、いい」


と、姿見に映る像が喋り出した。片銀だ。


「おー、うちになぜかライバルがいる。どゆこと?」


「喋らないと思ったら寝てたの?」


おう、と返る返事を聞き流して、かいつまんで事情を聞かせる。あっさり納得してもらえた。


「なるほど、メシがなくてタカリに来た、と。…極悪だなオイ」


「アンタに言われたくはないわね…」


要約が酷い。


「じゃあ、しばらく二人で話しててよ。ご飯作ってくる」


キッチンへ歩く。ただ、ライバルだと言いあう二人がどんな会話をするのか少しだけ興味があったが。





「それで、どうタカヒロ。何かわかった?」


「いや、これがなかなか…」


水越と月島は、月島本邸の自室にいた。

一人用のソファを二人で使いながら。どうやって、と問われれば、分かりやすく『ひざの上』と答えるべきだろう。正確にはちょっと違う。あぐらの中、というべきだろうか。

年齢差がある、つまり身長差があるわけで、更にソファはかなりの柔らかさを誇る。このような条件の下、彼女はまるで西洋人形のように月島にすっぽり抱き抱えられていた。


「タカヒロ、この体勢はどうにかならないの?流石にその…恥ずかしい、んだけど…」


「やだ。しばらくこうする」


こういう時のタカヒロは何も聞いてくれない、と経験でわかっているプレヴェイルはため息をついて身を任せる。

便乗するように月島が肩に顎を乗せた。まるで主人に甘える犬のようだ。


いや、多分同じなんだろうとプレヴェイルは思う。

月島という家は、想像以上にタカヒロから個人を奪ってしまったのだ、とプレヴェイルは思う。この都市は『特区』という『学園連合コミュニティ』が纏め上げ、全ての決定権を持つある意味治外法権といってもいい区画。その三分の一とはいえ、月島の当主たるタカヒロの父とその補佐を勤める母はほとんど不在で、よしんば戻ってきたとしても、次期当主となる長兄である貴幸たかゆきにかかりっきりだ。現に、今日だって家にいるのに顔を合わせたのは夕食の席でだけだ。


(愛された経験はあっても、『甘える』なんてことは許されなくて…)


その反動が今、プレヴェイルという許嫁…甘えていい対象に対して来ているのだろう。


なら今は、そう思って幸せな重さを感じる肩とは逆の手で頭を撫でてあげる。


月島はその感触を通して甘えていたことに気付いたのか、慌てて頭を跳ね上げた。


「あ、わ、悪い」


ばつの悪そうな顔をする。ある意味強制力だろう。三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。


「大丈夫。私はタカヒロにだけは優しいから」


タカヒロにだけプレヴェイルが見せる、極上のとろけるような笑顔。その笑顔に、タカヒロは真っ赤になった。


(何か…かわいいな)


そして、思わず。


知らず知らず互いの顔が大きくなっていく。上下どちらも絡み合う視線を外せないまま、唇に柔らかい感触が触れた。


ぼんっ!と音がしそうな勢いでタカヒロが更に赤くなる。


(な、なにやってんの私~!)


自分も赤くなっているのがわかる。それくらい重症だ。


(そういえば、最初に会った時もこうだったっけ…)


回想を呼び起こした。



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