35th 整理と語り
活動報告のほうで、キャラクターの設定などの公開を始めました。気が向いたらどうぞ。
壁をチーズ鱈(のカロリーを変換したもの)で修理したあと、方鐘たちは一気に動きだした。
気が引けるんだけど、といいながら方鐘が提案したのは、『月島や高垣たちを手足として使う』という事だった。本人が出向くと危ないなら、他の人が行けばいい。弾き出したその思考を元に全てを進めていく。
まず打った手は、風紀委員会を巻き込むことだった。黒川と水越を通して、風紀委員に事件の情報収集を依頼したのだ。そしてその依頼を請けた風紀委員メンバーはそれぞれ知り合いや友達、果てには教職員までに輪を広げる。
こうして、異様なスピードで方鐘を中心とする学校全てを取り込んだ情報網が出来上がった。
しかし彼は満足しない。次に彼は、なんと警備員詰め所に侵入。事件当日の監視カメラ映像を全て抜き出した。それらを全てDVDに焼き、手元に保存してしまった。
更に中村と遠見には、ビデオレターと同じ映像が撮れる撮影ポイントを探してもらうことを依頼。
そしてこれら全てを一日もかからずにこなしてしまった。
(情報はこれで集まる。後は…)
彼は今、ファミレスの一番奥、外から見えない席にいた。向かい側には高垣がいる。唯一の単体で大罪に対抗できる存在で、アリバイを証言した場合に一番信用が得られる。それを考えての選択だ。
二人ともにそれぞれ料理を注文している。方鐘はミモザサラダ、高垣はパンとコーンスープのセットだ。
しかし互いに手元に目を落としたまま、全く手をつけていない。
時折鳴るケータイは月島や水越からの新情報を告げ、それを方鐘はメモに記す。
「…どう?」
「まだ全然わからないね」
現状を整理しようか、と方鐘が切り出す。暇を持て余していた高垣はすぐさま同意した。
「今の時点の謎を列挙してみようかな。まず一つ目、誰が犯人なのか」
「いきなり最大の謎ね」
「そう。最終的にはこれを実証しないといけない」
「現時点の推理は?」
「少なくとも学校の関係者だとは思う」
「なるほど、千春は…」
「言わなくていいからね、その先は」
「…ありがと」
口で言う、という事は確認となる。高垣と千春の関係を知らない方鐘も、それはわかったから止めた。
「二つ目は、どうやってあのスナッフムービーを撮ったのか」
「監視カメラはそこら中にあるけど、敢えて能力、ってセンは?」
「残念だけど、学校関係者にそういう能力の人はいなかったよ」
「うーん、私にも当てはないわね。中村先輩たちを待つしかないか」
「だね。あの人たちは信頼できるし。『大罪』が関わる以上、彼も全力て事に当たらなくてはならないし」
言った途端あからさまに不機嫌になった高垣に方鐘が首をかしげる。
「何かあった?」
「相変わらず恐ろしいくらい理詰めなのね。…理由がないと信頼できないなんて」
「あー、うん、その…まだ慣れてなくてね」
無償っていうのに、と付け足す。
それは壊されたはずの常識。けれど、生まれてからずっと根底に横たわる理論はある程度どうしようもない。
「それでも、月島ならまだ大丈夫だと思うけどね。付き合い長いし」
「じゃあ、他に信頼できる人は?」
「三上とか通綱部長とか…特に部長は、僕にいろいろ無償で教えてくれたからね」
その分、美術部は頑張ってるつもり、と付け足す。
「…あくまで興味本位で聞くけど、その信頼できる人の中に私はいる?」
なぜ顔が赤い。いやしょうがないな。殺人犯といっしょにいたら緊張もするか。
自問自答して納得する。
「ある程度、ってレベルかな。うん。少なくとも、無償ってのを僕に教えてくれた人だから」
「そ、そう…」
「…続けるていいよね?三つ目、相手の能力。これが一番重要かも」
「どうして?」
尋ねる高垣に仮定だけど、と前置きして言う。
「もし、『カメラに映る映像を創作できる能力』だったら?」
「ああ、なるほど」
「厄介なのは、もしそうだとすると中村先輩たちのやってる事の意味が全部無くなっちゃうんだよね。実際にカメラ、もしくはそれに準じる撮影器具はないことになるし」
「確かに、今の時点でタイムロスは避けたいところね…」
後は、と呟きつつ鞄からビデオテープを取り出す。
「これが?」
「そう。僕のところに来た最悪の届け物。これの扱いには気をつけないとね。下手を打つと証拠になる」
「勘違いされたら最悪ね。変態の烙印を押されること間違いなし」
「まず死刑だからね?で、四つ目。これを僕のところへ送る意味」
「中味を見てないからわからないけど、要求とかあったでしょう?それじゃないの?」
「その先がわからないんだよね。提示された要求を呑んだとして、その先がわからない。何をしたい、させたいのかがわからない。目的が見つからないんだよね」
腕を組んで考え込む。
「私は考えるのは苦手だから、良く分からないけど、相手の立場に立ってみる、とかどう?」
「相手の情報がないのにそれは無理だよね?試しに聞くけど、相手の事って言われて何かわかる?」
そう言ってやると、あっさり考え込んだ。そしてしばらく悩んだ後、ポツリと呟いた。
「…子宮泥棒?」
カチリ、とパズルのピースが増えた感覚。
けれど、全体図は浮かばない。バラバラの欠片、足りない絵図。
けれど、それはきっと重要なヒント。メモする。
思考が走る。意思が落ちる。
子宮。
被害者の差異。
殺害方法の不一致。
複数に渡る犯行。
必要性?
法律を逸脱する意思。
掻き立てるきっかけ。
なぜ?
なぜ?
なぜ?
理由は?
そして、なぜそこに僕を必要とする?
思考がそこで停止する。
(駄目だ)
手繰る糸が途切れる。つまりは、思考の材料が無くなったということ。
「やっと戻ってきたの?」
と、高垣に声をかけられてやっと集中していたことに気付く。
「あ、ごめん」
「いいわよ別に。で、どう?何かわかった?」
「えっと、ちょっと言いにくいけど…無理に答えなくていいからね?」
と前置きしてから言う。
「なんで子宮を欲しがるんだろう?」
途端、高垣がドン引きだ、と言いたげな表情をした。っていうか思いっきりのけ反ってる。
(だから言いたくなかったんだけどな…)
「そういうスプラッタな興味じゃなくてね?なんで持って行くのか?が聞きたいんだけど…ほら、男だと良く分からないし」
しどろもどろ。けれど彼女はどうやら納得してくれたらしく、のけ反った体は引き戻してくれた。
顔はそのままだったが。
「うーん、事件を抜きにしてやっぱり最初にイメージするのは『子供』よね」
「僕も。けど、『子供』と今回の事件の結び付きが浮かばないんだよね…」
「あ、代理出産とか?」
「死んでたら駄目でしょ。それに今の時代、人工で子宮もどきは作れるんだよ?」
「試験管ベビーってのね?正直、私は不自然っぽくて嫌だけど…」
「まぁ、色々事情があるからそんな物が必要なこともあったんじゃないのかな?」
ちなみに、その技術は未だ完成の目を見ていない。人工受精が関の山だ。
「中村先輩や月島たちを待つしかないかな…」
よし、今日はここまで!と宣言して思いっきり伸びをする。高垣も頷いた。
「それしかないみたいね。で、切り上げるとしてこの後はどうするの?」
尋ねられて思案する。と、冷蔵庫が心許無いことを思い出した。幸い、尻ポケットに財布はある。
「買い物して帰ろうかな。確か駅前のスーパーがタイムセールやってるはずだし」
確か油あげと鶏肉が安いから…と頭の中で反芻しながら立ち上がろうとすると、高垣に引き止められた。
「何?」
振り返って尋ねると、結局手をつけていないミモザサラダがあった。
「食べないと駄目?」
高垣はノーコメントで自分の分を食べ始めた。
しょうがないので席に戻ってサラダに手をつけると、高垣がポツリと呟いた。
「私が居なきゃ危ないでしょう?ついて行くわよ。…ヒマだし」
「そう…、ありがとう」
食べ終わった後、月島たちに切り上げの連絡を入れる。
久々にまともに食事を楽しんだ気がした。
二人して店を出る。
「…行こうか」
どちらともなく歩きだす。
「ねぇ」
「何?」
「聞いていい?…最初に会った時に言った、『同族嫌悪』の意味」
「…最初はね、君が昔、僕と同じだったんじゃないかと思ってたんだ」
冷たい夜、春先のまだ寒い空気が風に乗って吹いてくる。それに乗せるように、言葉を続ける。
「だから、あの時は皮肉を込めてそう言った。けど、君と戦闘したり、看病して貰ったりしてるうちに違うってわかった」
風に彼女の濃い琥珀色の髪が踊るのを見ながら言う。
「『同族嫌悪』じゃないんだね。只の『嫌悪』だった。だって、外から見ないと目や表情はわからないから」
彼女が立ち止まり、吸い込まれそうな深い色の瞳がこちらを見つめる。
「僕と近い人が身近にいた。そうだよね?だってこんな狂った目なんてそうそう無いから…」
自然と右目、もう無くなってしまった目に触る。サングラスは外していた。
「ごめんなさい。勘違いをした事。多分きっと酷いことを言ったこと。許して貰えなくても、自己満足とけなされても、ごめんなさい」
頭を、下げた。
自分にボキャブラリーが無いのが悔やまれる。
そして、それを受けた高垣は少しだけ語り始めた。
「私ね、兄がいたの」