34th 後片付けと決意
「…で、僕はまたベッドの上、と」
方鐘はまたベッドの上に寝ていた。
「しょうがないだろ。今のお前、体脂肪率3パーセントだぜ?アスリートでもそうそうないっての」
そう言って月島から手渡されたのは、チーズ鱈。
「…これ、どこにあったの?」
「冷蔵庫の中」
「やっぱり…」
「…なあ、聞いていいか?あのビールは何?」
「保険医の私物」
「あー…」
月島は微妙な声を上げた後、そういうこともあるか、と納得して出ていった。
そして代わりに入ってきたのは、暁と黒川。黒川が聞いてくる。
「調子はどうだ?」
「順当ですね。体中ガタガタで体力もほとんど残ってないし、カロリーもチーズ鱈で補給しないと多分…」
「そうか。ふむ、ならばどうするかな…」
「どうします?壁の補修もまだ終わってないですよね?」
暁が車椅子のままで黒川に尋ねる。
「壁の…補修?」
「そうだ。まさか火薬兵器まで使って大暴れしたのに部屋そのものが無事なはずはないだろう」
なるほど、と納得してから無理矢理体を起こす。
「おい方鐘、無理はしないほうが…」
無視。体が軋みの悲鳴を上げるが、再度無視。ベッドから降りて、仕切りのカーテンを開けた。
「…やっちゃったな…」
散々な有様だった。
壁という壁は抉れ、床は溶けて崩れ、天井は鉄骨がむき出しになっていた。他の皆が箒で掃き掃除をしているのが哀愁を誘う。
「方鐘、起きたの?…手伝え」
「命令!?」
容赦ない水越。病み上がり?というのを理解した上での発言なんだろうか。
「ストップだよレイちゃん。今の方鐘は多分相当弱ってるから止めておいたほうがいいと思う」
高垣のフォローに水越は少々意外そうな顔をする。
「…ちょっと意外かも。奏が方鐘をかばうって」
「そ、そう?」
なぜか僕がそっぽを向かれた。
「しっかし、コイツは直せるかな…」
「三上でも呼びます?あいつは『粘着』ですし」
「けれど、そうなると能力を使ったままでないと」
「根本的には解決しねぇな。『修繕』か『逆行』でも呼ぶか…月島、風紀委員で使える奴は?」
向こうで現実的な話をしているのは、生徒会二年組と月島だ。
近寄ってみると、真っ先に反応したのは中村先輩。
「お、方鐘。どうした」
「いえ、流石に手伝わないとと思って」
「…大丈夫か?フラフラしてるぞ」
「大丈夫だって。心配しなくていいよ月島。それで、直りそうですか?」
「残念ながら。欠けた瓦礫がもう少し残っていればまだやり様はあったんですけれど」
いつの間に着替えたのか巫女服な遠見先輩が答えてくれた。そこに黒川副会長と暁会長がやってくる。
「直る目処は立ったか?」
「いや。やっぱ風紀委員に頼むしかなさそうだな。暁会長の『犠牲法則』が変質してなければまだどうにかなりそうだったがな」
暁の能力名であろうそれを聞いて、やっと気絶する前との違和感の正体がわかった。右腕があるのだ。
「そういえば、あの時って…」
呟きを拾ったのは、やはり黒川副会長。こちらが右腕を気にしているのを見て言った。
「ああ。明乃がお前の腕を能力で切り取ったのだ。明乃が解除したので、今は元通りだがな」
ちなみに、違和感は全くない。試しに肩から先を体操の要領で回してみたが痛みも何もなかった。
「私の『犠牲法則』は、あなたの『愚者の贋作』と良く似ていました。あなたが有機、無機関わらす鏡から創造できるのに対して、私は人体構造のみしか作れません。その代わり、一切の制約はありませんでした」
なるほど、いつか黒川が言っていた二度と戦いたくないとはこういう理由か、と納得する。
いくら綱糸で切断しようとも、何度でも再生されてしまう。しかしそれでも、彼女に痛みはある。
切る度に悲鳴を上げ、泣き叫びながら再生し、また切られる。切断と悲鳴の永久ループだ。
ただでさえそんな悪夢を繰り広げるのに、黒川の場合は相手が恋人なのだ。その心情は察するに余りある。
「もっとも、今は『暴食』のせいで変わってしまったがな。詳しくは私にもよくわからない。…どうやら、相手と自分の指定した部位を消失させるようなのだが」
「『太母』発動の時もどうなるか分かりませんから、しばらくは…」
「あ、わかりました。連続殺人犯を捕まえる時には遠慮してもらいます」
「あー、その話なのだがな」
珍しく言いにくそうに黒川がどもった。
「学園連合側からまた通達が来た。…方鐘、お前の猶予は後一週間だ」
「…はい?」
「明乃から、君が事件の真犯人を探している話は聞いている。だが、来週の日没、この学園の生徒である権利を剥奪されて投獄される」
その言葉に、タイムリミットが確定したと知る。
「来週の今日、ですか」
黒川はゆっくりと頷く。
「ああ。信用できないというならば後で用紙を見せよう。…ただ、私としてはあまり関わって欲しくはない」
「なぜですか?」
「もし、もし君の行動が向こうに知られた場合、私たちがかばえなくなるからだ」
黒川は、無論この通りとは限らないが、と前置きして続ける。
「犯人は現場に戻って来る、と言うのも間違ってはいないのだ、と思う。こう言うと悪いが、いたずらをした後と同じなのだろうな。自分のした結果を確かめたくてまた戻ってくる…」
そして、少し息を止めて。
「問題は、このことがある程度一般に知れ渡っていることだ。もう一度言うが、もしそれが向こうに知られたら…どうなるか、わかるな?」
頷く。間違いなく悪いほうにとられるだろう。そして、その結果も予測はつく。
「犯行を認める有効な材料になる訳ですか。裁判に持ち込まれたらまず間違いなく死刑になるでしょうね。ただでさえ僕は監視監督対象、それが五人以上殺人を行ったとなると」
ああ、と黒川が頷く。
「そうだ。だが何もしなければ、そして私たちが庇い立てすれば減刑できる。事実、君が実行犯に仕立て上げられた事件で君の無実は証明されているのだから、その分は差し引かれるだろう」
なるほど、と言いながら頭の中を整理する。
つまり、期限は区切られ、行動は制限された。そういうことになる。
「…厄介だ…」
思考に落ちる。諦める気は一切ないからだ。
そして、生まれてから今まで必死に使ってきた脳細胞が結論を弾き出す。
まだ方法はある、と。
だから、言う。
「けれど、諦めませんよ、僕は」
黒川が苦い顔をする。いつの間にか、皆が集まっていた。
「可能性に縋る、なんてガラじゃないですが、足掻きます。…僕の裏側が最悪なら、表の僕は最善を振りかざしてやる」
強く手を握って宣言する。
「じゃ、まずは壁の補修からですかね」
全員がずっこけた。
「…あれ?」
どうも締まりがつかないが、こうして僕の意思は固まった。