33th 戦闘と目覚め
最初にぶつかったのは、近くにいた黒川だった。
「おあっ!」
力任せの技巧も何もない振り下ろしを、綱糸の手袋で受け止める。
「っハッ!」
そのまま右側に払えば、あっさり体勢を崩してこちらに倒れ込むような形になる。
(取った!)
手元に晒された首にもう一つの手で峰打ちを決めようとした途端、方鐘の顔が跳ね上がる。密着しかけの距離から勢いよく精製されるのは、鋭いアイスピック。
「あぶない!」
それを見た中村が慌てて黒川を引きつける。と同時に月島と水越がそれぞれ別方向から雷撃と水流を放つ。
「ハッハァ!甘い!」
それを入れ替わった片銀が無理矢理足を前に出して体を支えつつ受け止めて崩壊させる。塵すら残さす崩してから片銀は上体を起こしながらパレットナイフをアンダースローで月島に投擲、その反動に更に空中で捻りを加えて体勢をリセットする。
「うおおっ!」
それを先程引き寄せられた黒川が叩き落とす。その隙間を縫って中村が視界にある様々な物を片銀を中心にしてハイスピードで引き寄せる。
「!」
信じられないことに、片銀はそれらをピック一本で半分ほどを打ち落とす。入れ替わった方鐘が大型の盾を瞬間的に作成、残りをガードする。
「そこ!」
盾で生まれた背後の死角から水越が肉薄して水のナイフで切り付けるが逆にシールドバッシュを受けて弾かれる。
「っだあ!」
その更に背後から月島の援護を受けつつ黒川が綱糸を放ちつつ接近し、殴り付ける。
「ふっ!」
対する方鐘は盾を地面に倒しながら前転。距離をとって起き上がると同時に交替し、片銀が手袋を片方をかわし、もう片方を受け止めて崩壊を発動、粉々にする。
黒川はバックステップで距離をとって、今度は大型の手甲を作り装着する。
片銀は盾を甘く崩壊させながら蹴飛ばし鉄の飛礫で追撃、しかし水越の厚い水の壁が展開、弾力をもって受け止める。壁はそのまま弾けて散弾となり、片銀をうちつけるが全て体表面で崩壊してダメージにはならない。
(くそっ!)
焦って接近した中村の肩を入れ替わった方鐘が掴み、地面に引き倒しマウントポジションを取る。そのまま拳を振り下ろそうと思った時、叫びが割り込む。
やめて、と響くそれは遠見の叫び。思わず気をとられて動作が鈍った隙に黒川が肉薄、方鐘の側頭部に手甲の一撃をクリーンヒットさせる。
対して方鐘は殴られた勢いを利用して側転跳躍、最初に投げたパレットナイフを拾いあげて構え直す。
戦況はリセットされた。
戦力はほとんど拮抗していた。
その事実が、焦りを生む。
黒川は、行き詰まりを感じた。
(もう一手…もう一手が足らない!)
即席の連携だが、上手く成立している。しかし、やはり方鐘と片銀のほうが上だ。『作成』と『崩壊』という相反する能力ゆえに互いに互いを補って行動することができる。唯一の救いは、『作成』と『崩壊』を同時に行使できないことだろう。
(もし、二人が別々の存在だったら…)
慌ててその思考を打ち消す。考えたくない。
(しかし、それでも…)
追い詰めることはできる。しかし、その先に進めない。将棋で例えれば、龍でひたすらに王を追い詰め、王手をかけるが歩を置かれて仕方なく下げるしかないような、そんな感触。
(しかし一番厄介なのは…)
間違いなく片銀だ。片銀の時に下手に触れたりすればあっさりと『崩壊』する。さっきの一撃は方鐘だったからよかった物だが…。
黒川が思考を纏めている間にも、方鐘は体勢をまた変えた。
(畜生!時間を稼がないと!)
月島は焦る。さっきの攻防だけで嫌と言うほど相手の強さがわかったからだ。
「方鐘、お前いつの間にそんなに身のこなしが良くなったんだよ?戦闘経験なんてないはずだよな?」
時間を稼ぐべきだ。方鐘の能力も片銀の能力も、代償なしでは行使できない。つまり、時間が経てば経つほど無力化していく。
「人の無意識に一体どれだけの記憶があると思ってるの?片銀を通して、深層心理から戦闘の記憶を引き出して利用してるだけさ」
言いながら、片銀が突撃してくる。見計らって雷を撃てば、掠る程度の最小限の動きで突破される。
「っあああぁー!」
雷を完全開放。火花をガードに回して、方鐘を退ける。方鐘は交替、崩壊の力で無効化しながら月島に手を伸ばす。が、黒川が綱糸で引っ張ったためギリギリで届かない。
「やれやれ。久し振りだな。…開放!」
片銀が力の一部開放を宣言すると同時、黒川の綱糸が塵になる。
対抗する力が唐突に消失した黒川が倒れる。同時に手が触れそうになるが、水越が水鉄砲で手の甲を打ち抜いた。
血が飛び散るが、片銀は一気に右手を丸ごと崩壊させて冷静に再交替。方鐘が手首から先を作り直す。
「痛いな水越っ!」
叫びながら方鐘が精製したのは、なんとペンシルロケット。水の壁を突破できるように作成した結果がこれだった。
「んなっ!」
入れ替わったことにより火花は防げなくなるが、その火花がペンシルロケットに火をつける。
「くらえ!」
ペンシルロケットを追うように再度パレットナイフを投げる。
「させるか!」
「オラァ!」
黒川がナイフを叩き落とす。
同時に中村がペンシルロケットの向きをねじ曲げた。
逆を向いたペンシルロケットは作成者の元へ帰り、そのまま爆発。少しの悲鳴と共に数歩下がる。追撃の雷が飛ぶ。
「よし!」
歓声。
命中。
派手に爆発した。
「…やったか?」
恐る恐る中村が尋ねる。
その声に答えるように、黒焦げの塊が起き上がった。
「…あー、いてー」
塊はそのまま起き上がると、高圧電流で炭化した皮膚をボロボロ崩しながらこちらを見た。
「…見んなよ?ちょっとグロテスクだぜ?」
言うなり、全身の皮膚が崩壊した。
女性陣が悲鳴を上げるなか、組織液で粘着質の輝きを纏った方鐘が義眼に手を添えた。
皮膚がまるで飛び出すかのように義眼を起点にして精製される。
「はぁ、っはぁ…」
しかし、再構成が終わった直後、再び方鐘は苦しげな呼吸と共に膝をついた。
そろそろ限界か?
(多分…ね。そっちは?)
こっちもだ。さっきの奴でだいぶ破壊のメモリ使っちまった。
(…まだやれる?)
やる。
(了解!)
頭の中で会話をしている間にも亀のような鈍さだが体力は戻ってきている。
申し訳程度に纏った衣服を翻すように立つと、入れ替わった片銀は高らかに笑った。
「よーし!いいないいなオマエら!さあさあ最終ステージだ!圧倒的に、完璧に、十二分に俺たちを倒して見せろ!」
笑う。笑う。笑う。笑う。それがピークに届いた時、敵意が爆発した。
「っだらあああぁぁ!」
替わる直前に精製した明確な殺意という刀を握り締めて、片銀が突進する。
「おおおおおおっ!」
黒川が手甲をもって激突する。
月島は全力を開放したせいで動けない。
水越含む女性陣は異様な復活劇のショックから立ち直れていない。
中村はよくわからないが、加勢してこないということは動けないのだろう。
打突から激しい鍔競り合いに両者は発展する。重い衝撃が連続するが、共に一歩も引かず。均衡が始まる。
(くそ…くそっ!また、まただ!あと一手、あと一手が!)
黒川は心の中で叫ぶ。この均衡を崩す何かが欲しい。力が足りないのだ、と。
叫びの答えは、唐突にやってきた。
なんの前触れもなく、片銀の右腕が消えた。
「…は?」
それは血さえ出ない奇妙に滑らかな切断面を晒す。それはつまり、片銀の抵抗がなくなったことを意味する。
(勝機!)
黒川が一気に片銀の意識を正面からトバした。
「…へへ。やりゃあできる、じゃねぇの」
その言葉を残して、片銀と方鐘はもんどりうって気絶した。
そしてもう一つ、替わりに起き上がっていた人がいた。
「…明乃…」
ベッドの上で、同じく右腕を失った暁が黒川に笑いかけた。
そして、それが保健室での戦闘終了の合図だった。