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30th 集中と追求

「で、体育とホームルームフケて何やってるかと思ったら作品作りかい!朝のビデオのせいで心配してた俺の時間は?!」


「無駄だったんでしょうね。この様子を見ると」


情けない叫び声は月島で、青筋たててそうな低音の響きは高垣だ。

放課後、美術室にて、キャンバスの前に座る方鐘とその後ろに立つ二人。

状況としてはこうだ。


方鐘はというと、ひたすらに筆と絵の具を駆使している。

それは集中というのも生ぬるい、異常なのめり込み方だった。


「この野郎、一切反応しやがらないし…」


「声で駄目なら手は?」


「試したけど無理。やってみ」


言われた高垣が揺すって見ても、何も反応がなかった。それどころか右手は揺らした動きを取り込んでキャンバスに色をのせ続ける。


「…確かに」


「こうなったらもうしばらく放っておくしかないな。この集中力はハンパない」


最早呆れた月島が手近なイスに座り込む。高垣もそれに習って座り、筆をテレピン皿で洗う方鐘を眺めながらなんとなく問う。


「ねぇ月島、ずっと方鐘ってこう?絵を描く時って」


「いや、ここまでなのは久し振りだな。よっぽど溜まってたと見える」


「溜まってるって…」


意味不明だ。思春期真っ盛りな男子ならまだわかる言葉だが、方鐘にはそぐわない。


「…今考えてみると、これも方鐘なりの自己の証明なのかもな。自分が誰かわからないから、せめて自分を残したくて…」


「…そうかもね」


実際そのくらい方鐘は必死だった。

高垣が改めて鼓動を聴くと、それが深く睡眠している人と良く似ているのがよくわかる。


「…ここはこれでよし、あ、絵の具切れたな…」


ここでやっと方鐘が反応した。どうやら絵に使う画材が切れたらしい。


「んお?なんだ、二人とも、いたの?」


まるで今し方気付いたように何とも呑気な台詞を頂いた。


「アホかっ!いきなりいなくなって、何処行ったのか心配して探してたら!」


月島の言葉にかぶせるように高垣が言う。


「とんでもないビデオが来たっていうから、詳しく聞こうと思って探したらこの有様…月島が怒るのも無理はないわね」


呆れた、と高垣は首を振る。


「あー、いや、その…ごめん。ちょっと夢中になっちゃってさ」


「あのな。ケータイに何回連絡したと思ってるんだ?」


月島の言葉に方鐘がケータイを取り出す。


「5件…ストーカーだね、まるで」


「倒置してまで強調しやがった!」


そのままコントになりかけた二人を高垣が止める。


「ストップ月島!用件は別にあるでしょ?」


「お、おう。そうだった」


月島は一つ深呼吸をして、厄介な午後の始まりを告げた。


「副会長の呼び出しだ。すぐに生徒会室に来いってさ」


ピンとくるまでもなく、片銀が引き起こした昼休みの事件の件だろうとわかった。


「という訳よ。ビデオの事も詳しく聞きたいし、ほら早く早く!」


無理矢理引っ張られる。だが、さすがに今の服装はマズい。油絵の具でヤケにカラフルなエプロン姿。不審以外の何者でもない。


「ちょっと待て。せめてこれを脱いでからにしてくれ!」


「あ、確かにその服じゃ駄目だな。よし、脱げ!ていうか俺が脱がす!」


「やめてよチカン!訴えるぞ!」


「…どこに?」


変な空気がまた高垣の冷静なツッコミで巻き戻る。


「…確かに。ってか俺に男を脱がす趣味はねぇ!」


「僕だって脱がされる趣味はないから!」


「…駄目だ。早くこいつら何とかしないと…」


視界の片隅に呆れ返る高垣を納めながらエプロンを脱いで、脇の机に置く。ついでに適当にパレットを置く。


「さて行きますか。生徒会室でいいよね?」


高垣は頷いてくれた。





「さて、呼ばれた理由はわかってるだろうな?」


生徒会室に入ってからすぐにかけられた声は、実に冷たいものだった。


「風紀委員、月島及び監視監督者の方鐘、両名、本日昼休みの件について、何か申し開きは?」


「ないです。ただの暴走でした。制御出来なかったのは僕の責任です」


「突発した状況に呑まれ、適切な判断ができませんでした。申し開きはありません」


温情を期待はしない。職務と自分の目的に忠実な男、それが副会長だ。


しかし、その副会長はなぜか深々とため息をついた。


「…まぁ、『大罪』については私はよくわからない。ゆえにどう判断していいのか疑問でな…軽はずみにはできないのだ。だから、一つだけ教えてくれ。次にまた同じことが起きた場合、君は対処ができるか?」


その場の空気が沈黙を作り出す。ちなみにこの部屋に居るのは僕、月島、高垣、それと目の前の黒川先輩だけだ。

それなのに、答えは別の人から来た。


「さてな。ま、俺も努力するさ!ご期待に添えるかどうかはまた別だけどな!」


いきなり聞こえた、あまりに聞き覚えのある聞きたくない声に全員が反応した。

爪先で床を叩き始めた者。特別な言葉を呟く者。制服の袖のほつれに手を触れる者。

それらを全て無視して、同じ声の別の主が叫んだ。


「出てくるの禁止したでしょうが!」


と同時、眼鏡越しに義眼から小型の金槌を精製、横にあった姿見…つまり、片銀鏡一の顕在点に投げつけた。あっさりヒビが入る。


「オイオイひでーな。替わらないとは言ったがしゃべらないとは言ってないぜ?」


しかし懲りない声。

出元を探すと、黒川の机の隅、他生徒から没収したらしい派手なコンパクトがこちら側を向いていた。


「…どういうことだ?」


「お!見えねぇけどその声は『老賢者オールドワイズマン』か!改めてご挨拶だ!『七つの大罪の化身』改め、『片銀鏡一』!よろしく!」


挨拶された黒川先輩は思いっきりしかめ面をすると、


「説明して欲しいことがまた増えたな…」


と、方鐘を見て呟いた。




「なるほど…、とはいい難いな。鏡像が意思を持つなどとは信じられない」


方鐘が全て説明した直後の黒川の言葉だった。


「無理もねぇよ。ま、オマエが完全に『覚醒』したらまた別だけどな!」


愉快そうに笑う鏡像。否、鏡一。ちなみに全員警戒は解いている。


「なんか、頭痛くなってきた…意味わからん」


あっさりと月島が理解を諦める。


「私も…なんなのよ『名付けの呪術』って?あ、でも、識先輩ならわかるかも。副会長、どうですか?ちょうど先輩たちも来たみたいですし」


と、まるで台詞を待っていたように背後の引き戸が開き、遠見と中村、そして何故か暁が。


「連れてきたぜ黒川副会長…って、なんか見慣れた顔があんな」


開口一番なのは中村先輩。続いて残りの二人が軽く頭を下げる。


「お!鍛練は怠ってねぇな。それでこそ俺のライバル」


「おい、まさか今は『大罪』か?」


すかさず代筆者でもある中村が右手を構える。が、それを止めたのは遠見だった。


「待って順くん。これは預言にあった、『鏡合わせの対立者』では…?」


「うっは!すげえなオイ。巫女としてはやっぱりハイレベルだなオマエ。よくもそんな『大災害の預言』だけを次々引き当てるもんだ」


「といいましても、酔っ払ってないと駄目なんですけど…」


「…おい。俺そんな預言聞いてないんだが…まさか、隠れて酒飲んだのか?」


「いえ、そんな…」


たじたじになっている二人を尻目に、机から立ち上がった黒川先輩がこちらにやってきて、告げた。


「方鐘。とりあえずこの姿見、弁償してもらうからな?」


「はい…わかりました…」


なぜだろう。最近こんなパターンばっかりな気がする。

そんなことを思う方鐘だった。



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