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29th 部長と保健室

「う…」


次に目覚めたのは、保健室の白いベッドの上だった。


「あら、起きたのね?」


声に気付いたのか、保健室の教諭である朝倉先生がカーテンの隙間から顔を出す。今日は白衣だがなぜか胸元全開だ。ブラは黒いレース。無差別に生徒を悩殺する気だろうか。


「調子はどう?腕が折れてたのを無理に繋げてるから、しばらくは動かさないでね」


そういえば、と思って袖を捲るとまた慣れた激痛が。入院の時と全く同じ感覚なので、折り直したのだろう。完全に治ってなかったせいかもしれない。


(うーん、流石に今回は…)


マズかった。目立たない、が基本スタンスなのに思いっきり悪目立ちしてしまっていた。


(っていうか、またしばらく包帯生活なのね…)


繋げられた、というならまだましだ。病院でやらかしたときは繋げられなかったほど骨が折れていたらしい。


ふう、とため息をついた後、ベッドに倒れ込む。


(疲れた…)


今まで積み上げてきた僕のイメージが全て白紙に戻ってしまった。

というか授業はどうなった。ていうか何時だ?


二時な。


頭の中から答えが来た。


(…弁明は?)


ない。


(しばらく人格交代禁止)


…しょうがないだろ。あんな低ランクの馬鹿にあそこまで言われたら…


それに、始めにキレたのはお前だろ、と返ってくる。


(いつもなら平気なの!お前が便乗しなければ耐えられたのに…頼むから、もうちょっと落ち着いてよ)


主人格が俺だから、自然とそうなるんだって!


(限度があるよ!…やめよう。自分と言い争うってものすごく不毛だ…)


同感だな…


(とにかく、ルールは守ること。あんまり波風立てると副会長に睨まれるよ)


うへぇ。それは勘弁だな。


(でしょう?わかってくれたならあまり暴れないこと!)


了解…


と、ちょうどチャイムが鳴る。するとカーテンが少し開いて朝倉先生が顔を見せる。


「あら、起きてたのね。5限目終わったけど、次はどうするの?勉強だったら問題ないから、教室に戻る?」


尋ねられて、頭の中で時間割を探る。


「次は…えーと、体育?」


「はい却下。その体で運動したら速攻でイカれるからね」


「わかりました」


「よろしい。それで、どうする?寝る?それとも…」


先生はなぜか白衣に手をかけながらベッドの側に寄ってきて、


「先生と、い・い・こ・と、する?」


残念ながら先生の魅力は酒によるものだとは前述の通りで(ていうか息が酒臭いので多分酔ってる)、僕には通用しないのもまた然り。


「謹んで御遠慮させていただきます。というか僕じゃなくて隣の奴を相手にしてください。なんで僕ですか」


カーテンの隙間から見えた隣のベッドにも人がいるらしい気配がある。


「私に女の子を襲えって言うの?…それもいいかも」


「貴女本当に教職員ですか割とマジに。あの、隣のベッドの方。逃げないと食べられますよ性的な意味で」


その声に反応したのか、隣のベッドから衣擦れの音とともにカーテンが開く。その先に見えた顔は、よく知った顔が。


「じ、冗談ですよね先生…あれ?方鐘君」


「通綱部長じゃないですか」


若干顔色が悪い美術部長だった。


「あら、知り合い?」


「はい、美術部のです」


「そうなの。希美さん、流石に今のあなたにはそんなことしないから寝てなさい。貧血なら急な動作は危ないわ」


元気だったら襲うんだろうか、などと思うが口には出さない。

先生はこちらのカーテンを開けたまま部長に近付き、額に手を当てる。


「熱は…ないみたいね。あなたは次の授業はどうする?女の子特有のアレなら止めといたほうがいいと思うけど」


「あの、もうちょっと言葉を選んで…」


「じゃあなんて言おうかしら。おりもの?それとも…」


「あ、アレでいいです!」


「じゃあ今まで通りね。で、どうするの?私ちょっと用事があるからここを出て行くけど、鍵を預けていく?」


「あの、じゃあそれで。最近調子悪いですから…」


それじゃあよろしく、とポケットから鍵束を取り出して投げる。そのままあっさりと保健室を出ていった。


「………」


「………」


互いに沈黙。不思議と重くはない空気だった。


「あの…部長」


「は、はい。どうかしましたか?」


「展覧会の絵の締め切りっていつでしたっけ?」


「ええと、確か明後日まででした。方鐘君、作品はあれでよかったの?」


前に三上君がメールに添付してくれた絵だけど、と付け足す。

言われてやっと思い出した。


「あれか…」


改めて頭の中に描く。集中していた時のことなら嫌でも覚えている。


「今から加筆修正して間に合いますかね?」


すると、とすっ、とリノリウムに響く軽い音。

寝転んでいた体を起こすと、そこには光を薄く通すカーテンを背に希美先輩が立っていた。ショートに切り揃えられた黒髪が美しい。何ともない筈のその姿はたまらなく魅力的だ。


(描きたい…!)


ここのところのゴタゴタで潰れかかっていた創作意欲が息を吹き返す。

視界が急激に鮮明になり、脳髄というフィルムに焼き付けようと視神経が躍起になって騒ぎだす。


(鉛筆鉛筆…じゃない筆!どこだ筆!あとキャンバスと…)


そこまで思考が走ったところで、なぜか右腕が勝手に持ち上がり、目隠しになった。


「ぅえ!?せっかくいいところだったのに!」


原因はもちろん部長の能力、『動作連結モーションリンカー』だった。


「またすぐ目を酷使しようとして。禁止ですよ禁止」


自分の袖を見てもつまらないのですぐに集中を解く。


「でも、もう片目は駄目なわけですし…」


「なおさらです!もし両方とも見えなくなったらどうするんですか?」


ただでさえ絵を描くためには立体感は重要なのに、と言われる。

確かに、立体感は両目があるからこそ成立する物であって、最早片目を無くした自分には使えない技法だ。


「まぁ、画家になる気もないですし。絵を描くことは続けますけど…」


言葉は続かなかった。相手は美術部の部長なのだ。それなりの意思があってその立場に就いているのだから、少なくとも肯定的ではない意見を述べるのは憚られた。


「そう…ですか」


部長も何も言わなかった。


「えっと、展覧会の絵ですけど、締め切りまでに仕上げができるなら大丈夫です。急いでは欲しいですけどね」


「わかりました。今、美術室の鍵は?」


「職員室です。今日は部活は無いですけど、使用は自由ですよ」


「ありがとうございます」


午後の予定は決まった。


「気をつけてくださいね。近頃物騒ですから」


「大丈夫ですよ。僕、男ですから」


「それもそうですね」


そのまま二人して笑って。


「けれど、あの絵に改善するような点はないような気がするんですけど…」


「描いたその時には満足してたんですけどね。ちょっと気が変わったというか新しいのに目覚めたというか…」


「何か…変わりましたね。数ヶ月でだいぶ」


「最初が最初でしたし。文字通り手取り足取りからでしたからね…」


「技法を何とかして覚えたいから、って『動作連結モーションリンカー』で無理に動作を模倣させてましたから…負担、激しかったでしょう?」


「それは確かに」


どこかに引っ掛かる、小さな違和感。無視したそれが大きく跳ね返って来るのは、だいぶ後のことだった。



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