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28th サルと上下関係

次の日。


(うう、結局寝てない…)


方鐘は寝不足でフラフラしながら通学していた。原因はもちろん昨日のビデオだ。


「おい、大丈夫か?」


隣を歩くのは月島だ。


「どれだけ眠いんだよ?今朝はびっくりしたんだぜ。珍しく早起きしたらドアの前でお前が寝てるんだから」


「それでもいつも通りなんだけどね…」


時間は変わらない。月島の早起きはいつも方鐘が起こしにくる時間だ。


「おーすっ!」


そこに背後から月島へ飛び掛かるのは、案の定水越だ。


「あ、おはよう」


抱き付いた腕が見事にチョークスリーパーになってしまっている月島の代わりに挨拶をする。


「おはよ。眠そうね。どうかした?っていうかそのサングラスもどきは何?」


「うん、考え事がちょっとね。これは新調した制限装置」


と、水越から逃れた月島が考え事って?と尋ねてくる。昨日届いたビデオのことを話すと、二人とも真剣な顔で聞いてくれた。


「またものすごいものが来たな…」


「確かに…これ、送り主は?」


「無記名。しかも小包には印鑑も切手もなかったから多分直接投函されてるね」


「うわ。それってかなりヤバいんじゃない?家までバレてるって…」


ストーカーじゃない、と軽く冗談を言ってみると凄い顔をされた。




午前の授業を全部睡眠に費やした後の昼休み、買ってきたパンをカロリー計算しながら食べている時、そいつはやってきた。


「いよう!方鐘君。元気にしてたかい?」


「安形君?」


思わぬ人物からの声に確認の声をあげる。向かいで愛妻(未来の)弁当を食べていた月島がなぜか苦い顔で舌打ちをする。


「おい安形、お前」


「ちょっと黙っててくれよ月島。俺はコイツに直接聞きたいんだ」


なぜかいきなり口論を始める二人に教室の視線が集まる。その中にいくつか別の視線があるような気がするのは、気のせいだろうか。


「俺が、いや、俺たちはアイツに聞きたいだけなんだよ。あの事件の真実って奴を。俺たちの平穏な学園生活を恐怖のどん底に叩き落としたあの事件のな」


そこまで言ったあと、嫌な笑顔でこちらを見る。

ニヤリ、と効果音が付きそうな感じだ。


「何が聞きたいの?」


先手を打つ。こういう時後手に回ったら追い詰められるのは経験でよく知っている。


「いや?ただお前がどっちなのか聞きたいだけさ。『被害者』か?それとも…まさか、『加害者』なのか?」


揶揄するような、楽しむようなその口調。


「だから、生徒会の発表を信用してないのかよ?方鐘は被害者だって…」


「うるせえ!ちょっと黙ってろ!」


割り込んだ月島に安形がキレた。


「だいたいテメーはいつもいつも!方鐘の保護者か!?親が多少エライからってチョーシ乗りやがって!このクラスのリーダーは俺なんだよ!」


身勝手が爆発している。そのあまりの言い草にいつもの僕なら呆れただけだろうが、今回は違った。なんせ相手は月島だ。最近とみに低くなった感情の沸点をあっさり突破した頭が白く沸騰する。ゲラゲラ笑う鏡合わせの自分と、入れ替わった。


「あー、そろそろそのご高説止めろ。ウザいことこの上ないわ」


いきなり変わった口調に、月島は焦った。間違いなく大罪だ。


「ああ!?俺とやろうってのか?サングラスなんざ掛けてカッコつけやがって!」


「おい止めろって…!」


慌ててとどめようとするもすでに遅し。ポケットから染み出した『銀疾風クイックシルバー』は完全に展開されて、安形はすでに臨戦態勢だ。そしてそのまま、片銀に蹴りを入れる。


「死ねっ!」


「断る」


しかし片銀は全く動こうとしない。

安形が凶暴な笑顔で命中を確信する。

そして、ヒット。


「ハッハァ!デカい口叩きやがって!思い知ったか!」


しかし、その銀色が直後に慌てた声を出す。

その先には、なんと片手で足を捕まえて止めている片銀が。


「っ!コンクリすら砕ける俺の蹴りが、こんな!」


驚く安形を見つめながら、片銀は言う。


「おいおい、散々大口叩いておいてそれかよ。ホラホラ、ハンデで一歩も動かないから、お前最大の攻撃をたたき込んでみろや」


多少は痛かったのか、足を受け止めた手をプラプラしながら片銀は言う。

その態度を嘲りと取った生粋の猿山大将はそれでも一歩下がる。自分の最強の一撃を打つために。

対する片銀は変わらない。呑気に振り向いて後ろのクラスメイトをどかしていた。


「はいはーい。とっととどいたどいた!あのテンション高いのが有頂天入った必殺技くれるらしいからな!じゃねぇと全員ぶっ殺すぞ!」


サングラスを掛けたまま凄む片銀。普段の柔和さからは想像できないその迫力にクラスメイトは一部を除いてすぐさま退散する。


「さて、こんなもんか?準備はいいかサル?」


安形に振り返り、右足を少し引き、右手を前に突き出す。


「上等だ…!死んで後悔しやがれ!」


十二分に体を引き、もう一枚銀を纏ったのか一回り大きくなった右足を踏み込み、文字通り足元の床を踏み潰す。更に捻りに捻った体の勢いを乗せて、右拳を解き放った。


しかし、正面から受け止められる。


「ッ!」


大砲のような音とともに教室が揺れる。しかし宣言どおり片銀は動かない。受け止めたまましゃべる。


「あー、ちょっとはあぶなかったかもな。もう一発あったら厳しかったかも」


その言葉に、今まで無表情だった安形が笑う。


「じゃあ、くれてやるよ!」


言葉と同時に。

安形の纏う『銀疾風』が一息に打点に集まり、特大の鉄球となって杭打ち機のようにもう一度片銀に激突した。


「『追撃チェイスインパクト』ってな。どうだ?」


語尾を上げて得意げに安形が言う。受けた片銀の方は、下を向いたまま微動だにしない。


「まぁ、結局動かなかったのは褒めてやるよ!意識なんざ残ってねぇだろうがな!」


高らかに叫び、笑いだそうとした安形を、低い声が遮った。


「俺を放置して勝利宣言とはいい度胸してるじゃねぇか…」


「なっ!」


下を向いていた片銀がゆらり、と顔をあげる。辛うじて残ったサングラスを左手で無造作にしまった直後、鉄球が砕け散った。


「ただのサルかと思ってたら中二病かよ。マジで救いがねぇな、っと!」


軽く地面にめり込んでいた足を声とともに引き抜き、一気に肉薄する。


「んじゃあ、俺の能力は『破壊狂ブレイクバーサク』とでも言っとくか」


そう言って先程の安形と遜色ない勢いで殴り付ける。


「感情が高まってキレると、こんな風に性格が逆転して暴れだすのさ。そんで自分の痛みと等価の破壊を撒き散らす。今回は…腕一本か」


吹っ飛んだ安形を追いかけ、更に蹴り飛ばす。


「あーあ。ちょっと前に折れたってのに折り直しかよ。このクラスに治癒能力の人いたっけか?」


安形の顔を上履きで踏み付けながら振り返って片銀が尋ねると、一人だけためらいがちに手を挙げた。


「あいよ。立候補ありがとさん。確か…白坂だっけか?今からコイツを人体模型にするから上手く治してやってくれな」


クラス全員の目に疑問が浮かぶ中、足蹴にしていた安形の頭髪を掴んで持ち上げる。


「う、うぅ…」


わずかに呻くそれを完全に無視して後ろのクラスメイトたちに言う。


「な?一度『ひっくり返る』とこうなるから僕はみんなと距離をとってたのさ。巻き込みたくない、この能力を使いたくない…そのせめてもの思いやりだったんだ。それをこのサルは…」


ぎしり、と、

ぎしぎし、と。

静かになった教室に軋む音が満ちる。

もし正面から今の安形を見たものがいたら悲鳴か絶句の二通りだろう。その顔にはびっしりと裂け目が刻まれ、血を流し始めている。


しかし幸運にも正面にいなかったクラスメイトが最初に見たのは、安形の頭の皮が絶叫とともに剥がれるところだった。

もはや誰もショックのあまり口も利けない中、安形の段々と弱っていく絶叫のみが響く。ちなみにその声さえ片銀が他の教室に届く前に『崩壊』させているので、この惨劇に介入する者は誰もいない。

頭皮が完全に無くなった辺りでやっと片銀は手を放す。

後にはおびただしい血と剥けた皮ともはや動かない安形。


「はい終了~と。そんじゃ白坂さん、頼んだ」


その言葉にやっと立ち直ったのか、白坂が慌てて近寄って手をかざし、治療を開始する。


「えーと、その、あまり昼飯時にはよろしくない出し物だったな。悪かった。あと、このことは絶対内緒な?もしチクったら…」


目線だけを安形に。それだけで全員が頷いた。


「ありがとう。で、どう白坂さん。皮自体は残ってるから繋ぐだけでいいし、簡単でしょ?」


「は、はい…」


気おされたように頷く。


「あ、やっぱり血が気になる?何なら…」


「い、いいですっ!」


「あっそう。自分でやっといて何だけど、お大事にね。聞こえてないだろうけどさ。月島?」


「な、なんだ?」


こちらも声をかけられて正気に戻ったのか、月島がはっとしてこちらを見る。


「悪い。腕折れたから俺早退するわ。先生に言っといて」


一方的に告げて鞄を手に取る。


「それじゃ、また明日。その時には普通に戻ってるからなるべく態度を変えないでくれると嬉しいな、なんて。多分記憶無くしてるだろうし」


その顔じゃあ無理っぽいけどさ、と言い残して教室から去ろうとする間際に、

ガン、と戸の枠にぶつかって、


「ぎゃあっ!」


ちょうど折れた部分だったらしく、あまりの激痛に気絶して倒れた。


「…はい?」


遅刻してきたのだろう、ちょうど戸から顔を出した三上の疑問がクラス全員の気持ちを代弁していた。



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