27th 名前とビデオレター
結局、何も進展が無いまま三日後。
刑法とかいろいろなものとの噛み合わせによって無理矢理治療を完了させられた僕は自宅のマンションに帰ってきた。
(あんまり変化ないなぁ…)
家の主人がいないので、あるわけもないのだが。
と思ったら、手紙が届いていた。一つはケータイの請求書、もう一つは差し出し人不明の小包だった。
(誰だ?)
…俺と同じニオイがすんな…
簡潔な思考をかちわるように頭の中から別の声がする。
大罪か?と問い掛けると、多分な。と返る。
手紙を手にしたまま、ふらりと荷物を振り返る。ちょうど、荷物の向こうに部屋の隅に作り付けの姿見が見えた。
(…片銀鏡一『かたがねきょういち』)
なんだそれ?
(名前。今、鏡を見てたら浮かんだんだよ。僕の本来で、真逆で、絶対にそうはなれない自分の姿。どう?まるで鏡に映ったみたいでしょ?)
なるほどな!でもよ、音声同じだしわかりにくくね?
(だって体は同じだろうし…下手に変えると周りがパニックになると思うよ?)
んじゃ普段は替わらないでいくか。一応記憶も共有してるけど、オトモダチ全員は知らんし。日常はお任せだな。いざとなったら替わるわ。
(じゃあそうしよう。っていうか頭の中で話せるんだね僕ら)
そうみたいだな。じゃあもっといろいろできるように俺を造り替えるか?
(いや、やめとく。僕の能力ならほんとにできそうだし)
いや、やれるけどな。
(…ほんとに?)
ああ。『俺』をいったん壊して再構成すればいい。まぁオススメしないけどな。
(『俺』は僕の怒りの人格。下手に造りかえたら『噴怒』が僕を侵蝕しちゃう、でしょ?)
正解。よくわかってるな。逆にお前が消えたら俺が暴走するから気をつけろよ?
(了解)
「よし!せっかくだし喋ってみるか!」
いきなり鏡がしゃべりだした。その異常に慌てて鏡を振り返ると、同時に振り向いた鏡像が勝手に笑みを作る。
「は?え?なんで?」
不意を打たれて無意識に疑問が口から飛び出す。
当たり前のように鏡像が疑問に答えてくれた。
「お前が『俺』に名前を付けたからさ。『名付けの呪術』っていったかな?『片銀鏡一』って名前を付けてくれたおかげで『俺』は『世界』から『方鐘恭一』とは区別された別個の存在として規定されたんだ。しかも『鏡合わせ』っていう区別をしたから、こうやって鏡を通してなら別々でいられるってわけ。納得したか?」
「いやいや待て!納得できるわけないって!名前付けただけでそんなことになるの?!あり得ないでしょ!」
「納得できないって言われてもなぁ…『俺』の大元は人の普遍的無意識だから、やっぱりそういう『呪術』とかの知識も眠ってるんだろうな。で、多分お前の『鏡越しの創造』っていう深層心理の能力に反応したんだと思う」
「…そんな馬鹿な」
「詳しくは俺もわかんねぇよ。でも実際こうなったわけだし。まぁよろしく頼むぜ。なかなか無い機会だと思うぜ?『大罪』とツラ突き合わせて会話できるなんて」
「まぁ、それはそうだけどさ…」
人の抱える悪意における七つの方向性の最大公約数にして世界人口イコール倍数の力の化け物で、今は僕の別人格。考えてみると難儀な境遇である。
入院の荷物を片付けながら、鏡と会話する。
「で、あのビデオなんだと思う?」
「さあな。ってかこのご時世にビデオはねぇだろ。せめてDVDにしろっての」
「確かにそうだね…」
「ってもそれより、なんで俺たちの所にピンポイントで送れるかのほうが疑問だけどな。送り主はストーカーなのかね?」
「『大罪』持ちでストーカーって…かなり最悪だね」
「オイオイ、お前も同レベルだろうが。別人格とはいえその身に『大罪』と親殺しの罪を同時にその身に宿してるんだぜ?」
「うーん、記憶がないからね…実感が正直ないんだよね。ていうか、『僕』って結局、『両親を殺して記憶を無くした方鐘恭一』じゃない全く別人の可能性もあるわけだし」
っていうか結局鏡一は『僕』が誰なのか知ってるの?と尋ねると、
「知らねぇよ。俺の記憶がいったいどのくらいあると思っていやがる」
「それもそうか…」
自称数万年も生きてる存在だ。多少の忘却は仕方ないのかもしれない。
「ビデオの再生くらいできるだろ。見てみようぜ」
「そうだね。何にしろ推測だけ話しててもどうしようもないし」
促されるようにビデオをデッキに入れる。そして再生。映ったのは、なぜか白黒の映像だった。
「うへぇ。しかもモノクロかよ。どんだけ前世代の奴使ってんだ?」
しかし、その画質とは裏腹に映像はとんでもないものだった。
「ちょっと…これは…」
そこに映っていたのは、殺人映像。いわゆるスナッフムービーだった。しかも、
「おいおい…これ、俺たちが巻き込まれてる事件の奴じゃねぇのか?」
一つ目。公園の中。二つ目。同じ。三つ目。トイレの個室。四つ目。同じ。そして五つ目を見た時、疑惑が確信に変わった。
「っ!」
見慣れた廊下が俯瞰風景から見下ろされている。近くの教室のプレートには、自分のクラスの番号が。
そして、廊下に出てきた自分が映る。そこで、重大な齟齬に気付いた。
(あれ?あの時って…)
自分の記憶が正しければ、その時廊下には誰もいなかったはずだ。なのに、
「やっぱ昼飯時には廊下は騒がしくなるねぇ。ペンダント越しに聞いててもうるさいくらいだったけど、こんなに人がいたのか」
その映像には、昼食時にふさわしいくらいの生徒が。
(どうして…!)
思考が乱れる。焦点が定まらない。確かにあの時は誰も廊下にいなかった。最初に感じた異常だったのだ。なのになぜ?
こちらの疑問を置き去りにして、テープは再生されていく。音声はないのでわかりづらいが、生徒が一斉にある方向に目を向けた辺りで悲鳴が聞こえたのだろう。
そしてトイレの入口近くに立っていた僕が千春さんを切り付けたところで、終わっていた。
「おいちょいと待て。まだ続きがあるみたいだぜ?」
巻き戻してもう一度見ようとした僕を片銀が止める。確かにまだテープは残っている。
暗転した次に出てきたのは、文字。
『オマエは私の同類だ。こちら側の住人だ。手伝え。本当のオマエを教えてやろう』
それだけがしばらく表示され、後は黒い色彩だけが視界に映る。
「…どうするよ?」
背後からの、もう一人の自分からの問い掛け。
答える言葉は、見つからなかった。