26th 特訓と予測
三上と約束をした次の日。今日も今日とて暇な午後、中村先輩と遠見先輩がやってきた。といっても、事件の捜査に協力する旨を伝えたらすぐに帰ってしまったが。
そして入れ替わりにやってきたのは、高垣だった。
「こんにちは…その、元気?」
なんとなく、空気が重い。お互いに引け目を感じているからか。少なくともこちらは、彼女がずっと手を添えている腕の分くらいは感じている。
「いきなり呼び付けて、どうしたの?」
そうなのだ。彼女を呼び出したのは僕。正確には俺だが。
交代する。
「いよう!よく来てくれたな」
「アンタなの?呼び出したのは」
途端にうんざりした顔になる。
「露骨に嫌そうな顔すんなよ。今回は害を加える気はないからさ」
本当?といいながら備え付けのイスを引き出して座る高垣。
「大丈夫。ちょいと聞きたいだけさ。『太母』とかち合った時、お前まともに『自我』使えてなかっただろ?その確認」
途端に彼女は苦い顔をする。
「やっぱりな。そんで、アンタはどうすんだ?使えないままにするのか?」
「そ、そんなわけないじゃない!絶対使いこなしてやるんだから!」
「だよな。そうなると思って、特訓してやろうってな。呼び付けたのさ」
高垣がフリーズした。そんな意外な提案だったか?
「…何を企んでるの?」
「うっわ全力で疑われてる?!」
無理ないよ、と内側から声がする。
「で、特訓は受けるのか?受けないのか?」
やるならすぐやるぞ?と付け足す。
しばらく考えた後、彼女は頷いた。
「よっしゃ!せっかく俺のライバルができたんだ。『原型』使いこなせないなんて話にならないからな」
不純な動機だね、とさらにツッコミが中から入った。
「でも、特訓っていっても何をするの?」
「ああ、まず今からいくつか質問するから答えてくれ。まず、自分の中の『原型』は自覚できるよな?」
「もちろん。『自我』だっけ?」
「正解。まぁ充分だな。二つ目。今の俺に敵愾心は感じるか?」
「うん。なんとなくイライラしてくる」
「了解了解。『原型』持ちの反応としちゃ正しいな。3つ目。『原型』の能力は?」
「鼓動の感知と操作。具体的には相手の鼓動とは逆の鼓動を聞かせることで相手の行動を阻害することができる」
「はいOK。こんなところか。で自分なりの問題点は?」
高垣は途端に眉にしわを寄せる。
「…やっぱり、明乃先輩に効かなかったのがなぁ…」
「そりゃ当たり前だ。お前俺に使ったのと同じビートを打ち込んだだろ。心臓の鼓動なんて人それぞれだし、俺にしか効かねぇよ。個人個人に対応させないと駄目だな。よし、特訓はじめるぜ!」
と言い放ってから、どうするのかわからず指示を待つ高垣に能力を起動させる。
「で、どうするの?発動はしたけど」
「俺の鼓動を読んでみ。捉えたらカウントを」
そう言いながら、右手を左手首に当てて脈をとる。
彼女は頷いて目を閉じる。そしてすぐに数字を読み上げ始めた。そのカウントは手首の脈と寸分の違いもない。それを確認すると、息を止めた。
「んっ…?」
息を止めると、当然鼓動のリズムは乱れる。さらに長く息を吐き、深呼吸の途中で一瞬止めてまた吐く。
「っ…くっ…!」
必死に彼女はビートを追いかける。食いついてくる。それが限界に達する寸前で、止めた。
「よし。こんなところかな?」
呼吸を元に戻して、彼女に終了を告げる。
「どうだった?やりにくかっただろ」
「ど、どうして鼓動のリズムがクルクル変わるのよ!鼓動が違うのは個人単位じゃないの?」
「じゃあお前は全力疾走したあとで息は上がらないのか?」
「あ、確かに…」
「鼓動は人それぞれだし、さらに状況でもまた違う。それを判断してお前はお前にしかわからないリズムを刻んで、相手に聞かせなければならない。厄介な力だ。原型なだけあって異様なまでに強力でもあるが」
「うん…」
静かにうなずく彼女に、未だに上手く作れない『優しい笑顔』を向けてやる。
「まぁ、行動阻害以外にもリズム次第でいろいろ応用が利きそうだし、同調してるうちに発展する可能性もある。ま、俺でよければ実験台にはなってやるさ。いろいろ試せ」
うん、ともう一度彼女は頷くと、能力を解除した。
「俺も詳しくはわからんが、じっくりと考えるといい。時間はまだある。…考えてみれば、お前のスピンオフって意外と有用かもな。『音』なんだろ?心臓のビートをひたすら聞き続けられるわけだ」
いろんな人の鼓動を聞くといいんじゃね?と付け足しておく。
「…ありがと」
やけに素直だ。
「まぁ俺も暇だしな。それに、さっきも言ったけどせっかくのライバルだ。弱くちゃ俺が困る」
「…今の感謝、撤回していい?」
「つまりアレだよ。情けは人の為ならず、だっけか?そんな感じだ。ま、俺は厳密には人間じゃないがな」
「意味が合ってるのがムカつくわね…」
「ま、伊達に数万年も人間もどきやってないからな」
「す、数万年も!?だからアンタはいろんなことを知ってるわけだ…」
「っていっても、俺らが浮かぶのは基本的にこの国の人間だけだからな…外国とかはあまりわからん」
「へ?どうしてこの国だけ?」
「この国の経歴、考えてみ。最初は古墳時代から、最後は本土決戦やらかすまでずっと戦争、戦争だ。戦争ってのはな、要するに感情がひたすらぶつかりあってるわけだ。分かる?」
「な、なんとか…」
「耳から煙上げそうな顔でわかるも何もない気がするんだが…まぁいいか。押さえきれない『強欲』、相手の強さへの『嫉妬』…きっかけはこんなところだろ。その結果が、巻き込まれた理不尽に対しての『噴怒』だったり手柄を誇る『高慢』だったり…俺らの材料には事欠かない。そういうことさ」
得意げに語るかたがねに、高垣が質問した。
「ってことは、『大罪』は全員この国に居る、ってこと?」
「たぶんな」
「誰とかはわかるの?」
「いんや、全く。面と向かえばわかるだろうけどな」
そう言うと、高垣は残念そうなため息をついた。
「そっか。この事件、もしかしたら『大罪』が関わってるかな、と思ったんだけど…」
「すでに俺は関わってるじゃねぇか。あ、そうだ。事件のあらましについて教えてくれよ。月島から最初の事件のことしか聞いてないんだわ」
「そうなの?」
じゃあ、と高垣が話し始めるのをなぜかかたがねが止める。
「ちょっと待て。考えごとなら『僕』に代わるから。小難しいことは俺にはわからん」
「考えごとは苦手なんだ…私とおんなじ」
「いっしょにするな。お前は『自我』の影響が強いだけだろ?けど、そこまで『自我』と同調できるとはな…ヒュペリオン体質に加えて親和性が高いなんて、ホント規格外だな」
切断音とともに、方鐘の人格が表出する。
「生徒会長の時入れ替わったのにはそんな理由があったんだ…」
「え?なんの話?」
「ううん。こっちの話。で、教えてくれない?事件のこと」
頷いて、かいつまんで話す。残り3件全てを話し終わった直後、方鐘が呟いた。
「方向性がバラバラだね。それと、二件毎に変わってる」
「方向性?」
問う高垣に、考え込む素振りを見せながら方鐘は続ける。
「一件目は、若い女性。で、二件めはお婆さん。ここまでは年齢だね」
高垣は頷く。
「それで、三件目は三十代の中年、だったよね?ここまでは非能力者だった。けど次は、同じ年代の女性。ただし今回は能力者だった。今度は能力があるかないか、ってことになる」
「なら、五人目は?」
「年齢。能力の有無…男性…は違うな。子宮がないから…ごめん。千春さんのプロフィール、わかるよね?お願い」
高垣は困惑しつつも、友達だったからね、と頷いて教えてくれた。
「年齢は私たちと同じ。能力は『氷結』。温度変化系の天司にしては弱いわね。明るい性格で、陸上部の長距離走者。私もそうだからよく知ってるわ。生徒会として言わせてもらうと、生活態度は悪くないわね。ただ、最近は不安定な面が認められる。って書面にはあったくらいかしら?」
「ありがとう。故人を思い出させるような真似をしてごめんなさい。でも、そうなると『対になる要素』が見当たらないな…」
「副会長も同じところまでは推理してたわ。行き詰まるところまでまったく同じ」
でも、と一つ置いて高垣は続ける。
「情報はだいぶ少ないはずなのにそこまで推理できるのは驚きだわ。それに、謝ってくれたのも」
「そうかな…それと、そんなに意外だった?『俺』は人間もどきだけど、『僕』は出自が誰にもわからないだけで人間だよ。人間の定義ってのはよくわからないけど、世間一般の感情はあるよ」
適当に話しているが、弱く、だがはっきりと虚無感がにじみ出ている。
「あのねぇ。いくら自分が誰だかわからないからってそれはないでしょう?何処の誰だか知らないけど、ちゃんといるんだから」
と高垣が言うと、方鐘は
「生きてるかはわからないけどね。もういいよ、諦めてる」
「そうだ。『俺』に聞いてみたらどう?」
「答えてくれるとは思わないけどね…ところで、今の僕の鼓動、読んでる?」
「えっ!?あ…」
しまったという顔をする高垣をすこし笑いながら、方鐘は続ける。
「ダメだよ、きちんと練習しないと。せっかく力があるんだ、使わないのはもったいないよ。ルーチンワークって知ってる?」
「ううん。なにそれ?」
「一定の動作をひたすら繰り返すこと。傍から見るとかなりマヌケだけど、その実、熟練してしまえば反射神経並のレベルで行えるようになるんだ。もし、鼓動を聞くことと分析することをルーチンに取り込んだら、きっと君は誰にも手が付けられない…そう、まるで『最強』になれる」
「『最強』…」
「そう、多分『俺』にさえ…いや、『大罪』にさえ対等以上に戦える強…さ…に…」
不自然に言葉を途切れさせた方鐘を高垣が不思議そうに見る。すると突然、方鐘の言葉があふれだした。
「温度変化系の能力としては低位…なら、能力のランク付…?いや、場所…!」
方鐘の頭の中で、情報が噛み合わさる。それはまるで歯車のように推論を組み立てて、一つの形を作る。
『仮定』という、真実への足ががりを。
方鐘は思考の海へ入り込んだ。
(最初の二つは公園の裏手、場所は違うけどシチュエーションは同じ。次の二つはトイレの個室、これも状況が同じ。なら、五件目と対になる次の事件は…!)
学園内。それも今までからして年齢は同じ、女性。
「最悪だ…」
言葉がこぼれ落ちた。
「何が?」
尋ねてくる高垣に手早く説明する。
「嘘っ!?そんな…」
「確実ってわけじゃないけど、明確にあり得る選択肢として考えておいて。…僕としても最悪だよ。こんな可能性は嫌だったな…」
近しい人が死ぬかもしれない。それほど嫌なことはない。例えあまり知らない人だったとしても。
「ど、どうしよう!?」
明らかにパニックを起こしている高垣に声をかける。
「まず、落ち着くことから始めようか。ほら、深呼吸」
言葉通りに大きく深呼吸した高垣を待って、続ける。
「まずは黒川先輩に連絡からだね。どこにいるか知らないけど、とりあえず今の知り合いのうち一番学園内では権限がある」
「わ、わかった!」
急いで携帯電話を取り出す高垣を慌てて制止する。
「なにするのよ!」
「ここ病院だから!使用禁止!」
「あ…」
何とも格好がつかないが、こうして次の事件は予測された。
…後に、最低の形で覆されることになるのだが。