25th 義眼と秘密の暴露
「では、私はこれで。まだ検査が済んでいませんので…」
時間を取らせてしまってごめんなさい。そう言って暁は部屋から去っていく。
「お構いもできませんで、すみませんでした」
ベッドの上から頭を軽く下げて見送る。病院内特有の白い引き戸が閉まるまで見送ってから、再度ベッドに倒れ込んだ。
(き、緊張したな…)
お偉いさんと会う時はいつも気をつかう。身近にいるのが月島というむしろ特別な例だから余計だ。
(さて、どうしようか?)
頭の中で問い掛けるのは考えごとを始める時の癖だ。まず考えるべきことを整理することから。
(といっても、具体的な情報があんまりないなぁ…)
ならば、思考するポイントを変える。
(事件の時…)
今更ながら思い出す。あまりのショックで当時はぼんやりとしていたが、今思い返すとまた違う発見があるかもしれない。
(あの時…)
細かく場面を裁断する。まず浮かべるのは、直前の場面。さらに分割する。
(あの時感じた違和感…)
足音。声。人込み。驚き。細部まで分割された違和感というパーツたちが口の端から漏れる。あとは繋ぎ合わせれば正誤はわからないが解答はできあがる。けれど、今回に限っては浮かばなかった。
(…足りないんだ…)
いくつかはすでに繋がりそうな気配がある。けれど、決定的な何かが…キーワード同士を繋ぐ何かが足らない。
(くっ…)
足りないことがもどかしい。見つからない解がもどかしい。それらが呼ぶのは、焦り。
(ああもう!)
焦りは怒りへ簡単にシフトする。と同時に怒りを感知して頭をもたげるのは、噴怒を糧として生まれ僕を食らい尽くした大罪の化身。
んお?なんか久々にいいパワーが来たな!テンション上がってきた!いいないいな目が覚めるぜ!
(ちょっと黙ってて!)
とっさに押さえ込む。体をこわばらせて丸めて、さらに強く。
いい加減受け入れてくれよ!俺だって一応お前の一部分なんだし、きちんとルールは守るさ!
(とか言いつつ、会長が暴走したときは勝手に入れ替わった癖に…)
ありゃ非常事態だったからだろうが!俺は難しいことを考えるのは無理なんだ。だからお前に任せたんだよ。
(だからってさ…)
だぁあっ!俺も悪かったよ!でも、気になることもあるし、なぁ…。
(気になること?何が?)
いんや、問題ないだろ。今度ライバルが来たら少ししゃべらせてくれ。
(僕の意識は残しておいてよ。いざとなったら入れ替わるから)
了解了解。
どこか楽しそうな声を聞きながらやっと緊張を解く。苦しさは掻き消えて、正反対な感覚の残滓だけが残った。
(この感覚、なんなんだろう?)
疑問を浮かべると、なぜか不機嫌そうな鼻息が返ってきた。
不審に思うが、その思考はまたドアの音で中断された。どうぞ、と声を投げると聞き慣れた声が二つ。
「入るぜ」
「おひさ~」
入ってきたのは案の定月島と三上だった。二人ともなんとなく笑顔。
「どうかした?二人ともかなり上機嫌だけど?」
すると三上が近寄ってきて、おもむろに眼帯を剥した。
「おお!ほんとに目がない」
「いきなり眼帯を取るなアホ。で、原因はこれ」
月島が差し出したのは、小さな布袋。受け取って触れてみると、硬い感触がした。形は丸く、手で握れるくらい小さい。
「これって…」
冷たくて軽い感覚を紐越しに感じる。
「お前専用にあつらえた義眼だよ。使い方は先生に教えて貰えばいい。…お前のアイディア、きちんと反映してあるからな」
「ありがとう。こんな短時間でよく作れたね」
「月島の家が発展した経緯を忘れたのかよ?メインは鉄鋼業なんだぜ。生産ラインにちょっと割り込ませてもらっただけだ。問題ないさ」
自慢げに語る月島を尻目に、三上が寄ってきて耳打ちした。
「なぁ、鉄鋼と義眼との関連性は?工業と医療って真逆じゃないか?」
「うーん、素材?」
「あ、なるほど」
強引な共通点に納得してくれたのか、あっさりと三上はベッドから離れる。
「ってわけだ。心配ないさ。…聞いてたか?」
ノリノリな月島がふと我にかえった。
「き、聞いてたよ?」
「…なんで疑問形なんだ?」
「さ、さあ…」
あいまいに笑ってごまかす。三上は同じように笑いながら、話題を逸し始めた。
「な、なぁ喉乾かねぇ?飲み物おごってやるよ!何がいい?」
「おお、悪いな。じゃあ適当に頼む」
「僕はココアね」
「こんなときまで甘味かい!こんのド甘党が。太るぞ」
「大丈夫。いざとなったら適当に何か作ってカロリー減らすから」
「…お前、今の発現でスリムボディを夢見る全ての女性を敵にまわしたぞ?」
「あー、そういえばプレヴェイルもうらやましがってたな…夜道に気をつけろよ」
「さ、殺人予告?やめてよ…」
縁起でもない。と続けると、途端に二人ともバツが悪そうな顔をした。
「あ、わ、悪い。お前にはちょっとまずかったな」
「俺ジュース買ってくるわ。…悪かった」
少し慌てて出ていった三上を目線で追いかけながら月島がベッドの横にあるイスに座った。そして、なんとなく真剣な顔をする。
「どうしたの?何かあった?」
けれど、真剣な顔は変わらず。
「えっと、な。あんまり重大に考えないで聞いてくれ。…お前は多分、近いうちに逮捕される」
二度目。けれどやはり、身近な人に言われると堪える。
「うん。…知ってる」
「な、なんだと!誰から聞いた!」
驚き身を乗り出す月島に昼のことを説明する。月島は実にあっさりと納得してくれた。
「なるほどな。それで副会長があっさり協力してくれたわけだ」
「へ?副会長が?」
「ああ。実は俺も今朝映村部長から聞いてな。で、会長と同じ結論にたどり着いてまず監視カメラの映像を見ることを思い付いたんだ。けどさ、いきなり詰め所に行ったら変に思われる、って高垣に止められてな。仕方ないから先生に許可をもらおうって職員室にいったら副会長が居てな。すぐに先生を説得させてくれたのさ」
「なるほどな…で、結果は?」
「ダメだ。なんにも浮かばない。あ、けどな?その代わりに今までの事件の概要を聞いてきたんだ。聞くか?」
教えて、と答えるとすぐに月島は話を始めた。
「まずは一件目。これが始まりなのかな。去年の4月頃に起きた事件で、被害者は23歳。もちろん女性な。ちなみに都市外部からの研究者で無能力だ」
こういう人はたまに居る。極端に言ってしまうと『突発性機能拡張症』の患者は全て『生物兵器』だ。武装解除すらできない、拘束もできず、かといって国の法での扱いは一般の人なので殺すこともできない。この上なく厄介な存在なのだ。ゆえに極めて厳重に管理しなければならず、内部の学園連合の独断を防ぐ意味でも外部から人がくることは良くある。
「なんていうか…運が悪かったね」
「だな。で、殺害現場は月島学園裏手の公園。正確には公衆トイレの個室。腹部を窒ごと丸く切り取ったみたいになってたらしい」
「…うわ…」
想像して後悔した。見たくない。絶対見たくない。
「最初からこんなじゃ、マスコミにも言えないわな。若干はすっぱ抜かれたみたいだけど、ほとんどもみ消したらしい。で、どうやらお前の事件でついに犯人が尻尾をだしたと思われたんだろうな。じゃないと展開が急過ぎる」
「…ありがと。けど一旦ストップね。三上がそろそろ来るから」
引き戸のほうを見やると確かに足音が聞こえてきた。
「お、おう、了解」
と言った直後いきなり戸が開いた。
「あ、その…悪い!全部…聞こえてた…」
その先にいたのは、三上だった。
「え!?じゃあさっきの足音は?」
慌てて尋ねると、ナースじゃない?と実にあっさりと返事をされた。
「…やっぱり、聞いたらマズい話だった?いきなりグロテスクな話が聞こえてきたもんだからつい戸を開けそびれちまったんだ。そしたら…」
一部始終を全て聞いてしまったと。
「…黙っててくれるか?」
恐る恐る尋ねてみる。
頷かれたので、全てを説明することになった。
「あー、やっぱり聞いたらマズい話だったのか…どうしようか?」
「誰にも言わないならそれでいいよ。けど、できたら手伝ってくれると嬉しい。正直、人手が欲しいんだ」
そう言うと、しばらく考えさせてくれ。とだけ返った。
するとちょうど、医師がやってきた。
「こんにちは。義眼の件ですが…あ、お見舞いの方がいらしてましたか」
「いえお構いなく。ちょうどいい、ついでに教えてもらったらどうだ?その義眼」
巾着袋を医師に渡す。医師はそれを見て言う。
「…これなら大丈夫でしょう。貴方の場合、眼球そのものが喪失しただけで他の部分は全く問題ありませんから、手術は必要ありませんしね」
義眼を持ったまま戸の外に顔を出して、偶然通り掛かった看護士に何事か言う。
「これはどなたが?」
「俺です」
「月島家の方…でしたね。なら問題ないでしょう。この際つけてしまいましょうか」
ちょうど、先程呼ばれた看護士が入ってくる。その手にあるのは一本の注射。
「先生、モルヒネ持ってきました」
「ご苦労様」
看護士はそのまま立ち去る。
モルヒネって、と三上が月島に尋ねる。麻酔薬だ、とすぐに月島は返した。
医師は空気を抜いた後、動かないでくださいといいながら、こちらの閉じると目を塞ぐはずの瞼の上に針をさす。注射特有の液体が入っていく感触とともに感覚が無くなっていく。そのまま五分ほどしてから、おもむろに眼帯を外して空洞に義眼をあてがい、嵌める。空気が抜ける音と少しの粘質な音が同時にして、あっさりと義眼は収まった。
「はい、おしまいです。けどしょせんはセラミックとガラスですから、動きません。サングラス等の着用をお勧めします。それと、頻繁に着け外ししないように。ばい菌が入る可能性がありますから」
「わかりました」
医師はにっこり笑って出ていった。
「どう?義眼の感覚って」
三上に言われて、試しに目を閉じたり開いたりしてみる。開いたまま目を動かしてみると、三上がうげ、と声を上げた。
「どうかした?」
「いや、普通の目はぐりぐり動くのに義眼のほうは全く動かないからブキミでさ…マジでサングラスをお勧めするわ」
「神経繋がってないからなぁ。知らない人が見たらびっくりするぞ?そうだ、サングラスで思い出した。お前の制限装置、どうなったんだ?」
「あー、ごめん。『俺』が崩した」
「あちゃあ。まぁしょうがないか。この程度じゃあ問題ないだろうし、また申請しておくわ」
「よろしく。あ、ついでにメガネにサングラス加工できない?」
「うーん、まぁ考えてみる」
そこで、会話が途切れた。
「…で、俺はいったいどうなるんだ?」
三上が言った。医師が来たせいで宙ぶらりんになった会話が思い出される。
先に口を開いたのは月島だった。
「黙っててさえくれるなら何も言わないさ」
「右に同じ」
実にあっさりと言う。三上はあぜんとしてこちらをまじまじと見た。
「へ?いいの?それだけ?」
「…戸惑われても困るんだけど」
「いやね月島、勢いで僕も賛成したけどまず戸惑うと思うよ?」
「勢いかよ!」
ツッコまれた。
「まぁ俺としてはお前を信頼してるからな。理由はそんだけだ」
ルームメイトだからな、と付け足した。
「僕としては、さっきも言ったと思うけど協力してくれたらありがたいかな。まだ付き合って数ヶ月だけど、悪い人じゃないとは思ってるし」
その二人分の言葉を聞いて、三上は呆れたように天井を見上げるとしょうがない、というようにため息をついた。
「一つだけ教えてくれ。…お前はやってないんだな?」
「やってない。振り回されただけだよ」
「わかった。誰にも言わない。ってか最初に頷いてたんだけどな」
してやったりと笑いながら三上はそう約束してくれた。