24th 状況変遷とはじまり
「協力、ですか…」
病室内での、あまり接点のない二人がするものではないと思うが。
「どうして、僕を?犯罪者で原罪持ち、なおかつ一度は容疑者にまでなった僕に協力を求めるのですか?」
「貴方が犯罪者で原罪持ちで一度は容疑者にまでなったからです。今までの事件に対して、この閉鎖都市の事実上の行政府である学園連合がある採決を下しました。…貴方に全ての罪状をかぶせてスケープゴートにし、都市の平穏を維持するという結論を」
「…っ!?」
戦慄そして衝撃。さらに絶句した。その言葉にはそれだけの意味がある。
「今朝づけで月島、雪村、花咲それぞれの上層部に通達されました。今後貴方は私達の監視下に置かれ、事件との関連性が見いだされ次第逮捕、追放となります」
「………」
淡々と告げる。
なにも言えなかった。不思議と、諦めだけはついた。
「そう、ですか」
やっと出た言葉はそれだけだった。激しい脱力感が体をいまさら襲う。能力者がこの閉鎖都市を出ること、とは即ち、社会的抹殺を意味する。一般の中に能力者が入り込むことは危険の一言に尽きる。例えれば、核爆弾のようなものだ。それを防ぐため能力者には制限装置は強制され、なおかつ周囲に万が一のため事前通達がある。村八分ならぬ都市八分になるのはいうまでもない。
けれど、そんなショックの中でも相変わらず働く頭は疑問をつまみ上げる。
「…でも、なぜそれを僕に?監視している対象にそんなことを言ったら本末転倒です」
すると、まるでその質問を待ってましたとばかりに会長の顔が華やいだ。
「そうです。これは本来貴方には言ってはならないことです。…けど、私たち生徒会は貴方ではないと断定しています。なら、覆すしかないでしょう」
「どうやって?」
「私達で犯人を捕まえるのです。そうすれば、貴方のぬれぎぬは帳消しになりますから」
「…出来るでしょうか?」
そう呟くと彼女は少し困った顔をしてしまう。
「やってみなければわかりません、としか。でも、なにもしないよりは遥かにいいですよね?」
「…です、ね。わかりました。僕に何ができるか疑問ですけど、精一杯協力しましょう」
その言葉に、笑顔と右手が返ってくる。こちらも笑顔と右手を返した。
握手はすなわち約束。少し疲れた笑顔だっただろうけれど、会長の態度は変わらなかった。
「…何が言いたい」
教室は自然と静かになっていた。元々気にかかっていたことだったのだろう。しかし、月島という存在のせいでなんとなく近寄りがたかった。そこにクラスの中心的な安形が入っていく。聞き耳を立てるのは無理もないだろう。
「だからな?アイツの処分はどうなったんだって聞いてんの。自宅謹慎か?停学か?それとも…まさか、退学とか?」
言葉だけ見ると心配しているように見えるだろうが、どうにも別の感情が見え隠れしている。嘲りでもあり、優越感でもある何かが。だから月島はあえて簡単な受け答えをする。余計なことを言われないようにするために。
「いや、俺はなにも知らない。前に生徒会から放送があっただろ?あれだけだよ」
それを聞くと安形は途端につまらなさそうな顔をする。三上は?と聞くが、三上が何も知るわけがない。首を横に振るだけだった。
「っち!つまんねぇの。せっかく根暗で無能な奴が消えると思ったのによ…」
取り巻き、というより手下のような奴等が何人か頷く。
「おい。どういう意味だ!?」
思わず食ってかかる月島をおもしろそうに見下ろしながら安形が手下どもに話しかける。
「だってなぁ?このクラスになってからアイツとしゃべったことのあるヤツ、お前ら以外で何人いると思ってんだよ?それにさ…」
おもむろにポケットから100円玉を取り出し、指で上へ弾く。涼しげな音とともに空中に放たれたコインはねじれるように歪み、溶け、液体になって安形に降り注ぐと表面を覆うようにさらに変形。ほんの数秒で銀色の全身密着型スーツが作られた。
「こうやって、俺の『銀疾風』みたいにスピンオフすら使おうとしない。実は無能力だってウワサもあるくらいだぜ?知らなかった訳じゃないだろ?」
今や全身が銀色に染まった安形が金属製の顔でニヤニヤ笑う。その後ろでは手下どもが羨ましそうにそれを見つめていた。この能力の意味を簡単に説明するなら、硬質化と身体能力強化だ。見た目通り体が硬くなり、さらに同時に伸縮性も備えるため、外部筋肉のような働きもする。稀人系の能力としては正統なもの。それゆえに効果も威力も絶大だ。
「けど方鐘はっ!」
犯罪者だから能力を使えないだけ。根暗だと思われるのは目立たないようにしているから。そう言いたくても、言えない。方鐘が犯罪者ということは明かしてはいけないし、もし明かしていたとしても月島が言ってはならないことだ。監視監督人は公正でなくてはならない。
「方鐘がどうしたって?」
鋼鉄仮面が憎たらしく笑う。と、その張り詰めた空気をだらしなくゆっくりと開く引き戸が遮った。
「ども~、て、なんだこの修羅場。まぁいいか。月島はいるか?」
クラス全員が空気読めよ!と言いたげに呑気な声の主を見る。その瞬間また全員に緊張が走った。
「お!おるやん月島。あんなぁ、いくらなんでも風紀委員長の俺をスルーすんなや…素でヘコむからな!ああ、ウサギのような俺…それは置いといて、ちょいと顔かせ」
ネジがぶっとんだ言動のこの変人はそのままクラスに侵入。月島と安形を見つけるなり安形をあっさり無視して月島にだけ話しかけた。
「お?なんか楽しそうだな月島。どうなってんの?まさか流行のイジメか!で、どっちがどっちをいじめてるわけ?…場合によってはしょっぴくぞ安形」
言葉と雰囲気がガラリと変わる。おちゃらけからドスの効いた低音に。
「お前、確か何回か能力使用基準違反で補導されてたよな。廊下まで聞こえてたぞ。他人より自分を心配してろ。で、月島。話があるからちょいと廊下に出ろ」
有無を言わせない口調をさらに強める。けれど、生来リーダー気質で人の上に立っているから、逆に上に立たれるのに納得いかない安形は反抗した。
「今はこっちの話をしてるんだ。ちょっとは待っててくれよ!」
銀色仮面から放たれる声は、しかし届かない。
「知らん。それとも月島の将来とキサマのくだらない詮索とで、そちらがより重要ならまた別だがな。よし。なんかインスピレーション沸いてきたな。安形よ、お前のそれを見るたびやってみたくてしょうがなかったんだ」
「な、何する気ですか映村部長?!」
以外に沸点の低い部長は何をやらかすかわからない。それをわかっている月島は慌てて止めに入る。すでに悪ふざけモードになっている映村部長の能力は『網膜投影』といい、他人の視覚に介入し、『恣意的に間違った映像を見せる』能力である。お手軽かつ工夫次第とは本人の弁だ。
「こう、そのテカるシルバーに黄色と青のラインを流して、で…」
出来上がり。それはそれは見事なペ○シマンだった。そのあまりの完成度にクラスに笑いが爆発した。
「す、すげえ!本物の○プシマンだ!」
「今や廃れかけたヒーローがこんなところに…!」
「ってか近くで見るとわりかしダサいな。テレビ見てる限りまだメタリックでカッコよかったんだけどなぁ…」
散々コケにされて慌てて銀疾風を解除する。けれどそこにもまた部長が珍入して、
「うわ露出狂ー!」
素っ裸になるように視覚をいじってしまったからさあ大変。一気に地獄絵図が展開されてしまった。
「今の内だなっ。月島、来いや」
ふざけた顔のままパニックの教室を抜け出す。そのまま廊下に出た。
「ぶ、部長、いいんですかあれ?」
「んお?まぁいいだろ。効力範囲はだいたい50メーター程度だ。今頃は服着たまま教室でジタバタしてるだろ」
で、だ。そう一拍おいて真面目な顔に戻って映村部長が月島に向き直る。
「何が起きてるんだ?!コイツをみてみろ!」
いきなり突き付けられた紙に目を白黒させたまま紙面を斜め読みした月島が目を剥いた。
「ど、どういうことですかこれは!方鐘がスケープゴートって!」
「俺が聞きたいわ!月島、洗いざらい話せ。報告義務は学園連合にしかないが今回ばかりは話してもらうぞ」
「で、でも…」
さすがに困り果ててしまう。原罪や原型の話はしてもいいものなのだろうか?中村先輩たちに聞かなければ…
「言えないって顔だな…まぁ言える範囲でいい、話してみ?」
と、そこに教室の騒ぎを聞いて出て来たのか水越と高垣がやってきた。
「タカヒロっ!何があったの?!」
「三上君から風紀委員長が来ていたって聞いたけど…どうしたの?」
慌てた様子の水越と困惑した表情の高垣。そんな二人を見て映村がため息をついた。
「…質問したい奴が集まるのは構わないけどさ、一気に来られたらまたこれはこれで困るな…」
そして、結局全員一気にこなされることになった。
全員が一度驚きを経験して(この間水越がパニックになったり高垣が頭を抱えたりしたが割愛する)状況を飲み込んだ後、額を突き合わせて考え出す。
「部長、いつ来たんですか?方鐘のこの書類は」
「今朝だ。コミュニティ側からメールが来てな、いきなり『転送』された」
「『転送』って…確か、よほどじゃないと使わないはずじゃないの?」
「確かにレイちゃんの言う通り、緊急でもない限り『転送』は使わないわね。けど、それはつまり…」
「コミュニティとしてはそこまで大きく見てるってことだろうな」
「…こうなったら、恭一の無実を証明するしかないか…」
「お前らは方鐘を信用してるってわけか。ふーむ」
「…なんですか部長。その『コイツらやっちゃったな』的な顔は」
「いや別に~。不利な賭けだぜ?それでもやるってのか?…正直、見込みはゼロだぜ」
テンションがクルクル変わる部長がまた途中から真面目モードになる。つまり、それくらい真剣だということで、
「この事件な。今まで一年には隠してたけど連続してる。方鐘が犯人に仕立て上げられたものが今のところラストで7件目になるな。で、連続と判断されてる理由が二つある。一つは簡単だ。女性。それも若いな。厄介なのがもう一つの共通点でな…このせいでマスコミにもほとんど流せないんだよ」
「…何なんです?」
「殺害された人物から子宮が無くなってるんだよ。キレイにな。しかも切断面に生体反応が出てる。つまり被害は生きたまま腹を切り開かれて子宮を持ち去ってるってわけだ。方鐘の事件もあの後、司法解剖される前に子宮は無くなってた。上層部だと冗談混じりに子宮泥棒なんて呼ばれてるが、シャレにならんな」
「あ、あれ?山良先生の事件は?」
「それについては今のところ別件扱いだな。被害は男だし関係はなさそう、というのが警察の見解だそうな」
そこまで言った後、一息入れて続ける。
「以上が、あんたらの知らない事件の概要。で、どうだ。警察が血眼になってひたすらに探し追いかけなお見つからない犯人をお前たちは推理し探し、見つけ出せるのか?哀れな羊を背後に匿いながら、御三家が束になっても捜せない犯人を、片割れでしかない月島の、しかも次男坊のお前が」
まるで試すように、挑むように言う映村。けれど月島は明るく笑った。
「大丈夫ですよ。だって俺には…」
水越と高垣をチラッと見て、
「友達がいます。生徒会だって協力してくれます。それに…恭一は、羊じゃないですから」
堂々と言い切った。後ろを振り返ると二人とも力強く頷いてくれた。それを見て、映村部長の雰囲気が再度緩む。
「ま、勝手にしぃや。多分全く協力はできん。せいぜいが情報の差止めくらいか。いいぜ。やってみ」
そう言って、少し笑う。
「実のところ、俺も納得は行ってないのや。頑張れ。風紀委員規則第一は?」
「「自らの正しいと思うことをせよ!」」
風紀委員の二人が同時に答えた。
「上等や。けど気つけてな。少しでも失敗したら…」
爆発するジェスチャーをする。
「肝に命じます」
流石俺ら風紀委員メンバー。そう追加して一度顔を上げる。
「方鐘の件、とりあえずは不慮の暴走ってことにしとく。全部終わった後でいいからきちんと話せよ」
「了解です」
月島が頷く。映村は呑気に手を降りながら廊下を歩いていった。その姿を監視カメラが追っていく。
「…ねぇ、私達の話、録音とかされてないわよね?」
「さすがに無いと思うけど…わかんない。私、あんまり機械は嫌いだし」
「映像はしっかり残ってるだろうな…まぁ、廊下だけしかカメラがないわけ、だ…し……」
月島の言葉が途中で切れてなくなっていく。その代わりに繋がるのは、本人にとっての新しい可能性。
「どしたの?タカヒロ?」
不審に思った水越が月島に話しかけようとした寸前で、月島が叫んだ。
「そうだ!これがあった!」
「わぁっ!い、いきなりなんなのタカヒロっ!」
「監視カメラだよ!なぁ高垣、監視カメラの映像って録画されてるはずだよな!」
「あ、うん。警備員詰め所に行けば見えると思うけど…」
「よしっ!見に行くぞ!」
「わかった!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
言葉は異なる三人は同じ方向に駆け出した。