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22th 治療のリスクと仲直り

「…まったく、肝が冷えるぜ」


人を呼ぼうとドアに手を掛けていた中村が安心のため息をつきながら言う。しかし、その隣の遠見は愕然としていた。


「どうかしたかね?」


明乃を抱き抱えてベッドに戻していた黒川がその顔を見て尋ねる。


「見つけました…」


遠見からの返事は、それだけ。今度は中村が、何がと尋ねると、


「見つけました!本当にいたんです!『矛盾』の原形を持ってる人が!」


興奮気味に叫んだ。その言葉に、全員が驚いた。


「だ、誰だ?今の短時間で発現したと?」


遠見が指差したのは、なんと明乃だった。


「普通にしている間は何も感じなかったですけど、発作が起きたらまるで呼応するように…!」


「あー、なるほどな。けどこれじゃダメだ。コントラディクションがすぐに死ぬのも納得するわ。あんなムチャなの見たことない」


その喜びに冷水をぶっかけたのは、月島の戒めから外れたかたがねだった。


「…また入れ替わりやがって」


「そう不満な顔するなよ月島。今回はきっちり許可もらってやってるからな」


腕が使えないにもかかわらず器用に立ち上がり、目線を明乃に向ける。その目には、敵意と親愛という二律背反が映りこんでいた。


「…何かマズいことでも?」


遠見が恐る恐る問う。


「さっきのアレ見てどうも思わないならお前らがおかしい。第一あれじゃ『原形』起こせないだろ。ライバル、直接心音を聞いたお前ならわかるだろ?」


「ちょっと待て。まず会長の容体をみてからだろ」


理性的な月島にプレヴェイルが賛同した。


「あまり例がない『原形』が見つかったからって、先輩たちは興奮し過ぎです。まだまだ病人なんですよ!」


「あ、ああ、悪かった。俺たちはどうしても『家』基準になってしまってるところがあるから…」


「幼少時からの英才教育の弊害、って奴か。あーあ、ほんとに『ニンゲン』は良くわからん。俺たちが出てこれるのがこの国だけだからしょうがないかもしれんけどさ…」


かたがねが呟く。その口調にはやるせなさがにじんでいた。まるで人に軽く絶望したように。


それを聞いて、明乃を遠見に任せた中村が微かに苦笑いをした。


医者から明乃が精密検査のため面会謝絶と告げられた七人は、とりあえず方鐘の病室へと戻った。


「…聞いていいか?」


さっきのかたがねの発言で若干重くなった空気を沈黙がさらに埋葬する。それを破るように、黒川が口を開いた。


「何をだ?」


「明乃について、だ。」


明乃、の言葉に中村と遠見がわずかに体をこわばらせる。さすがにバツが悪いのだろう。


「どうぞ。って言ってもお前は目覚めかけのオールドワイズマンだかんな。確認程度にしかならんと思うぜ?大体はお前の考えた通りだろうな」


「それでも、だ。確実を期したい。…明乃の発作、アレは大罪と原形を同時に抱えたからだ。相反する二つを同時に抱えたからだ。…違うか?」


黒川の断定とも疑問ともつかない言葉に、かたがねはゆっくりとため息をついた。そして、壁にもたれ掛かっていた遠見に声をかけた。


「なぁ『心の守』。『矛盾コントラディクション』の発現者がどうなったか、教えてくれ。もしそれが俺の思った通りだったら…生徒会長、長くないぜ」


その言葉に、遠見以外の全員の喉が鳴った。あの発作をみれば、尋常じゃないのはよくわかる。長くない、の意味も。


「…全員、発現と同時に精神崩壊を起こして廃人化しています。けど、明乃さんは…」


言葉の途中で、もういいとばかりにかたがねが手を振った。


「ほっといたら近いうちにそうなるな。で、副会長は多分正解。見た感じあれは『暴食ガストリマルジア』だ。機会があったらスピンオフ使わせてみ。変質しかかってるはずだから」


それを聞いて、黒川が崩れおちた。まるで糸が切れたマリオネットのように脱力している。そしてそのまま、ぽつぽつと話しだした。


「…私の実験の内容は、『原罪に人の精神がどこまで耐えられるのか』だった。方鐘には気の毒だが、殺さないことと引き換えにモルモットになってもらい、いつまで正気を保っていられるかの時間を計測するつもりだった。…それが、明乃に残されたタイムリミットを知るためになると考えたからだ。」


独白は続く。


「方鐘はとても安定していた。だからどうしたら安定するのか、それも調べようとした。…その結果、多重人格というとんでもない結論が出てきたのだがな。」


そう言って、ははっと軽く笑った。


「…だからあの時、実験が台無しになったって言ったんだな」


「私たちに手を出さないで欲しいと、それだけでいいと言ったのはそういうことだったのですか…」


中村と遠見が納得したように呟く。


「ねぇ、かたがね…治すことって、できないの?明乃先輩を、せめて発作が起きないくらいに」


水越がかたがねに尋ねる。


「…まぁ無理じゃないけどな。あれ、ただの『罪』だろ」


あっさりと言われる言葉に、全員が先程とは真逆の動作をとる。


「『大罪の欠片』だよ。知らねぇの?」


遠見と中村が首を振る。


「あっそ。また説明かよ面倒だなコノヤロウ。つまり、ほかの大罪に強く影響されて歪んでしまっただけってことだ。治すことはできないけど、俺なら壊すことはできる。まぁリスクはあるけどな」


黒川がベッドに詰め寄りながら尋ねる。


「…そのリスクとは?」


かたがねが言いづらそうな顔をする。けれど、黒川は先を促した。


「…記憶の一部が消失する。お前らのスピンオフ見てればわかるだろうけど、心と脳みそは密接に関係してる。心の変質した部分を崩壊させるわけだから、記憶も崩壊しちまう。最悪、自分が誰かわからなくなったり、お前がわからなくなったりな。…時間はやるよ。二人してしっかり考えな。俺のやるやり方はかなり荒療治だが、細心の注意は払ってやる。絶対にだ」


誓うその目には、ほかの感情は一切混じらない。


「わかった。明乃さんと相談の上で返答しよう。」


その返事を聞いて、かたがねが一つ安息のため息をつく。


「やれやれ!よし、結論出たな!交代っ!」


もはや聞き慣れたノイズが走って切り替わる。陰から陽へ、陽から陰へ、気配が目まぐるしく変動するのははたから見ると奇妙この上ない。


「勝手なのは本当に勘弁して欲しいなぁ。寝てるのを無理に叩き起こされるみたいな」


珍しく愚痴をいいながら方鐘の人格が表出する。


「副会長、真剣に考えてくださいね。『大罪』も『原形』も、本人の大切な記憶を依代にして芽生えますから。…僕の、なくした両親の記憶のように。その思いが強ければ強いほど、深く」


そう言って、少しだけ泣きそうな顔になりながら、笑った。


暗くなった雰囲気を、方鐘本人がふり払うように声を上げる。


「さあ!面会時間も終わりですから、帰った帰った!入院のヒマ人と違って明日は学校あるんでしょ!」


そして皆が踵を返す中、月島だけが足を止めた。


「どうしたの?」


「…俺、方鐘に話があるから。悪い、先に帰ってくんね?」


「…いいけど…」


「そんな不満げな顔しないでくれよプレヴェイル。そうだ!今度の休みにまたデートしようぜ。いろいろあって流れてたし」


その台詞に水越の顔が一気に明るくなる。


「約束、ね!」


そう言って立ち去っていった。病室に残るのは、方鐘と月島だけ。


「で、話って何?」


あくまで笑っている方鐘。けれど、目は笑っていない。今までは気付かなかった…いや、気付けなかった、贋作の笑顔。


「…かたがねが言ったな。お前は、俺を友達と思ってないって」


「…うん。言った。あれは感情のままの僕だよ。理性の下敷きにされてた、消えかけの『僕』が『俺』の強烈な感情にサルベージされた存在。…だから、隠し事はしない」


言葉が生まれる。止まらない。それを、


「もう一度言うよ。僕は月島を…」


「いや、もういい」


遮った。


「ぶっちゃけお前、今から申請する気だったろ。…監視監督人変更の」


「…うん。ああして言った以上、やっぱり月島は嫌でしょ?」


その声には、裏がない。けれど、一度本当を垣間見たら、もう信用はできない。…これも、贋作。


「で、俺を刑期延長のダシにするわけだ」


案の定、黙った。


「やっぱりな。…まぁいいけど」


「で、でも…」


「言っておくけどな」


また、遮る。


「俺は勝手にお前を友達だと思い続けるからな。迷惑だろうとなんだろうと関係ない。俺がそうしたいからだ。文句は、言わせないぞ」


宣言する。すると、


「くっ…はは…アハハハハッ!や、やっぱり月島には敵わないや、アッハハハ!」


大笑いされた。思わず顔をのぞき込む。笑い過ぎて涙ぐんだ瞳は、本物だ。


「いいよ、それで。僕の、月島に向けた感情が変わるかは、正直わからないけどね。…でも、ちょっと前に高垣さんに無理矢理変えられたし。だから、うん」


「期待は?」


「していいと思う」


「ならよし」


二人して笑う。贋作は、この場にはなかった。


「また明日な」


俺は、お前の監視監督人だからな。

そう言い足すと、またちょっと笑って、


「なら、お見舞いよろしく。和菓子がいいな」


「自分で造れよ!」


「だって目が…あ、そうだ。いいこと思い付いた」


楽しそうな声の提案に、耳を傾ける。

確かに、いいアイディアだった。



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