21th 生徒会長と発作
「あいたたた…で、どこなのさ、その病室は?」
まだ痛むらしい腕をさすりながら、黒川に尋ねるかたがね。
「ギプスの上から擦っても意味がない気がするんだが…」
とツッコミを入れるのは一応ついて来た月島だ。
「俺らってのは感情…言い換えると心でできてるんだよ。だから、一般的な『心遣い』とか『気合い』とかに過剰に影響されるのさ。ぶっちゃけ、お前が向けてる『敵意』ですら物理的に痛い」
「ほほう…」
月島がしめた、と言いたげな顔をする。
「言っとくけど、痛いだけだからな。殺意を向けても死なないし、敵意があるからってムズムズする程度だ」
「…で、呑気なのは構わないんだがな?」
「んお?どうしたよ書記?」
「ついてんぞ。病室に」
残念そうな月島を振り返っていたかたがねが180°再ターンして引き戸の横にあるネームプレートを見上げる。そこには、『暁明乃』とゴシック体で書かれたプラ板が刺さっていた。
「ここか?オールドワイズマン」
「ああ。それと私は黒川でいい。まだ目覚めないのにそう呼ばれるのは心苦しい。」
そーかいまじめな奴、と投げやりに答えたかたがねはあっさりと部屋に侵入した。
「おい、ちょっと…」
さすがに月島が押しとどめるが、時すでに遅し。侵入された部屋から柔らかい声が聞こえた。
「いらっしゃい。えっと、どなたですか?」
「『俺』?ああ、人格じゃなくて個人か。かたがねきょういちだ。いまんとこだけどこれでよろしく」
「え、えっと…?」
カタカナ多用の軽マシンガントークに軽く戸惑うこの個室の主人に恋人が話しかけて、残りのメンバーは乱入者の取り押さえにかかる。
「こんにちは。調子はどうだい?」
「ええ。お陰様でだいぶ良くなってきたわ」
背後で「なに病人の部屋に突撃かましてるのよこのバカ!」とか言いつつ高垣が持ち前の馬鹿力でかたがねを締め上げているのを若干青い顔で見る遠見と二人そろって呆れる中村と月島ペアを華麗に無視して話を続けるベッドぎわの二人。そこに水越がやってきて、
「こんにちは。初めてお目にかかります、水越プレヴェイルです。よろしく」
「貴女がプレヴェイルさん?大助から聞いてるわよ。風紀委員期待の新人だってね」
「そ、そうなんですか…」
照れる水越。
「お父さまによろしくね?あの人にはいろいろとお世話になったから」
「は、はい!わかりました」
まるで母親みたいだな、とプレヴェイルは思う。これが彼女の『原形』のなせるものなのだろうか。
「それで、大助君。彼は…えっと、何?」
誰?ではなく、何。本能的に『敵』として判っているのだろうか。元が『大罪』を消すことを命題にしている『原形』だから、案外そうなのかもしれない。まだ目覚めない自分にはよくわからない感覚だ。そう黒川が思っていると、答えを貰えなかった明乃が今度は若干の戸惑いをこめてもう一度口を開いた。
「あの人、目が…直す?」
ついに取り押さえられて「放せアホっ!崩すぞこの鬼畜ども!」と病室内にもかかわらずやかましいかたがねを見て尋ねてくる。
「いや、大丈夫だろう。しかるべき処置は施してある。それより発作はどうだい?最近は安定していると聞いているが。」
彼女はベッドに座ったまま微笑んで今はね、と答える。
その直後、いきなり体を折って苦しみだした。
「ぐうあっ…ガァアああっ!」
苦悶の叫びが病室にあふれる。その発生源の明乃はまるで極寒の地にいるかのように自分の体を抱き締めて震えていた。
「いきなりかっ!かたがね、どうにかならないか…って、うおっ!」
助けを求めようと黒川が振り返ると同時に、いきなり弾き飛ばされた。
ベッドから目を剥いて飛び出した、明乃に。その口からは涎があふれて、まるで空腹を堪え切れなくなった獣のようだ。
「っ止まれ!」
その声に反応して清浄な空気が沸き起こるとともにかたがねを押さえつけていた高垣が『自我』を起こして行動を阻害しようとする。しかし、
「ダメっ!効かない!」
悲痛な声とともに努力は無に帰す。すぐさま次の手を打ったのは、方鐘と高垣のかわりにそれを押さえ込んでいた月島。バチン、と人格が入れ替わる音がして、
「月島っ!マヒさせて!」
「無理だって!下手に近寄ったら黒川先輩みたいになるぞ!」
「タカヒロ、使って!」
そこに救いの手…というか、水をよこしたのは黒川と違って巻き込まれていなかった水越。空中から掻き集めただろう水の糸の繋がる先は、今や猛獣に成り下がってしまった明乃の頭。
「気絶させろ!そうすれば経験則上おさまる!」
追加の声を飛ばしたのは、起き上がった黒川だった。恐らくこの発作とやらに一番詳しいのはこの人だろう。
「保障できませんからねっ!」
要領はスタンガンと同じだ。ただし水の抵抗とかを考えて多少強くするべきだろうか?月島の思考が細部に入る前に、水越と目が合った。大丈夫だよ、と語る目と。
(任せた!)
アイコンタクトを返して、余計な全てを取り払って集中。気絶するギリギリの力で水に触れて…
「ガッ!う…くぅ…」
明乃が、その場に倒れた。