20th 大罪と原形
中庭を自分の責任だから、と片付けた後そのまま医師にこっぴどく叱られ、全身に湿布を貼られてギプスに腕を固められムリヤリベッドに押し込められた。
「で、そこまではいいとして」
「ん?どうした方鐘。いきなり独り言とは。」
「あ、やっぱり脳に後遺症が…?」
「医師の治療は完璧だったぞ。俺の見た限りでは」
「確かにそう思います」
「……」
「なんで全員ここにそろってるんですか!?新手の嫌味?!」
台詞は上から黒川、プレヴェイル、高垣、中村、遠見。無言なのは月島だ。
「決まっている。君にいろいろと話してもらうことと話したいことがあるからだ。」
その言葉に、一瞬全員が固まる。一番聞きたくて、聞きたくないこと。その答えあわせが今、始まろうとしていた。
「んじゃ、代わったほうがいいか?大罪なら俺の領分だろ」
「勝手に変わるなってば!」
いきなり独り言を始めた方鐘を一瞬全員が訝しげに見るが、すぐに納得した。
「だってなぁ。面倒じゃね?」
「ルール決めよう。次までに」
「はいよ。けど今はいいだろ。俺らの話だ」
「わかった。でも暴れ出すようなら止めるからね」
そこまで言ってから、チャンネルを切り替えたような音が鳴り響いた。
「…準備は終わったか?なら、始めるが」
「構わねーよ『老賢者』。面倒だからとっとと終わらせようぜ」
そしてちょっとだけ、沈黙が降りる。
「オイオイなんだよこの空気!これはアレか、暴露大会か!流れ的に俺の番か!よし、んじゃやるか!」
頼んでもないのにぶっちぎりで語り出すかたがね。
「んじゃまずは基本からな。『大罪』は7つある。全部わかるか?」
黒川が答えて、
「高慢、暴食、嫉妬、強欲、怠惰、淫堕。そしてお前の噴怒だ。」
「正解。まぁ正確にはちょっと違うけど放置な。で、大罪それぞれが対応する能力を持ってる。簡単に言うと、例えば俺の噴怒は崩壊、暴食は束縛、怠惰は喪失、高慢は重圧、みたいにな。他や詳細は俺も知らん。そして一番重要なのは、大罪を経由して発動するから限界がない。無制限な力の泉と考えるといいかもな。ちなみにライバルには言ったこともあるが、これらは全部自罰能力だ。必ず代償を支払う。…こんなところか」
「一つ、聞いていいか?」
そこに、今まで一言も話さなかった月島がぽつりと割り込んだ。
「どうぞ。答えられるなら答えてやるよ」
そして月島はある種の決意をした顔で言った。
「そうか。なら簡単だ。お前と恭一を分ける方法はあるのか?」
「ストレートに来るなオイ。…まぁ正直に言って、絶対に無理ってわけじゃない。やれる可能性はある」
「なら教えてくれ」
「簡単だ。『僕』と同じ経歴、性別、思考、その他なにからなにまで全てそっくりで無傷のなおかつ新鮮な死体を持って来て『移植』とかの能力者に頼めば一発で分離できるぜ」
「う…それは…」
「無理、だろうな。」
黒川が断じた。
「だから可能性があるってだけだって言っただろ?もしそんなのがあるならぜひ移るけどな。まぁ、諦めろ」
「…畜生」
それを最後に月島が黙る。
「さて、話はズレたが戻すぞ。原罪についてはさっき話した通りだ。で、ここからが本番。俺がいったい何処から生まれたかと、どうして人格があるのかだが…。まぁお手軽に言うと、俺は純粋な『噴怒』でできてる」
「…どういうこと?もうちょっと詳しく」
水越の疑問にかたがねは若干考える素振りを見せてから、答えた。
「えっとな…集合的無意識はわかるか?ユングの」
「ああ。全ての人は意識の階層を下っていくと共通していくというやつだな。」
「そうそれ。俺はそこにいるんだよ。深層心理の奥深く、全てが一つになるあいまいな部分。俺たち大罪はそこで生まれたのさ。つっても、真っ当な生まれ方はしてないけどな」
「…その中で人々の怒りが積み重なってできたのがアンタなんでしょう?」
「よくわかったな、ライバル。まぁお前は『原形』覚醒してるししょうがないか」
「前に話したでしょうが。忘れたの?」
「説明が楽ならどっちでもいいさ。で、そこには7つの『方向性』がいつの間にか出来た。喰われて減ったりもしたが後から出て来た奴もいて必ず7つそろっていた。で、ある時不意に誰かが言ったんだ。『外に出よう』って。自分たちを生み出したものがなんなのか知りに行こうとした。けど、結局は出来なかった。やたらデカい蓋みたいなのに止められたのさ」
「でも、今こうして出て来てますよね?」
「そう。7つのうちの一つが、自分の方向性の意味を知った。そしたらあとは簡単だった。自分の元になった方向性…つまり感情が強い奴なら個人のレベルまで飛び出せる。深層心理からな。こうして7つは理性を身に着けて七人になった。それからはずっと同じだ。宿主が死ねば深層心理に戻り、また相性のいい宿主を見つけて浮かぶ。繰り返しさ」
そこで一息ついて、
「んで、幸か不幸か浮かんだ奴は『大罪』を宿した影響で何らかの変異を起こすんだ。俺はわかりやすいな。暴力的になる。他には気配が薄くなる、とんでもない食欲が沸く、とかな。一番わかりやすいのは、スピンオフが変わるってところだけどな。まぁそんなこんなでこの世界をテキトーに楽しんでた俺らだけど、その遊びはある時いきなり阻害されだした。こっからはテメーだ」
と、黒川をにらむ。話題を振られた黒川は若干の戸惑いを見せた。
「私も、あまり詳しくは知らないのだ。詳しいのはきっと明乃だけだろう。」
と、そこに意外な人物が割り込んだ。
「それならここからは俺たちだな。識、ここまで来たらもう引っ込みはつかねぇ。全部バラして教えるしかねぇぞ」
中村の言葉を受けて遠見がため息をつく。そして軽く息を吸って、覚悟を決めたように語りだした。
「私が説明します。『原形』とはどういうものなのか。どうしてこんなものができて、大罪と敵対するのか、全部を。『心の守』の遠見家の名に誓って」
『心の守』という聞き覚えのない言葉に唯一かたがねだけが反応した。
「聞いたことあるな。原形と原罪のことを代々記録してきた一族がいるって。それがあんたらか。道理であんたら二人だけ原形の気配も原罪の気配も感じないわけだ。」
言い換えるとこの場にいる全ての人に原形か原罪があると宣告したのと同じその発言に月島すら驚いて顔を上げた。
「…なんだその反応。お前ら二人が集めたんじゃねえのか?」
「いえ、私の予知で原形を得る可能性が一定以上の方たちを選び出したのがこの場の方々…生徒会です」
「すげえな的中率。相当ハイレベルだ」
「…そろそろいいか?家の話に戻すぞ。正確には識が『心の守』なんだ。識が本家筋なら俺は分家。俺は『心の守』じゃなくて『代筆者』になる。『心の守』を守り、最悪の場合は言葉通り代筆をする役目」
「君たちの家について聞いてはいたが…本当だったのか。」
「まぁ信じないわな。よくて眉唾ものだ。けど事実。そういう風にして俺たち一族は成り立って来てる。大罪については詳しくないが原形についてなら任せとけ」
なぁ識。といいながら中村が識の頭を軽く叩く。識は子供扱いに若干むくれながら話しだした。
「まずは原形というものはなんなのか、ですけど…えっと、貴方も方鐘さんでよろしいのですか?」
「どうとでも。まだ名前がないような感じだし、好き勝手にどうぞ」
「じゃあかたがねさん、でお呼びさせて貰いますね。それで、先程『蓋みたいなもの』に邪魔されたと言っておられました。その『蓋みたいなもの』が『原形』です」
「へ?ご、ごめんなさい。もうちょっと優しく…」
簡潔過ぎる説明に水越がさすがに異議を唱える。
「えっと…最初から説明しますと、最初に深層心理に出来たのは『七つの大罪』なんです。でもそれは、本来あってはならないものです。言い換えるとウイルスに近いものなんです。それがもし深層心理から飛び出したら大変なことになります。ですから、反対の属性で蓋をしたんです。防衛反応と思ってくださればだいたいあってます」
「けど、俺らはそこを抜けて出てきたぜ?」
「はい。ですから、大罪にならなかった残りの部分は考えました。その結果が、自分たちを分割して同じように現実に送り込むことでした。現実で大罪を抑えこもうとしたんです」
「それが私たちということか。」
「そうなります。そして選ばれたのは、同じく七つ。生徒会には、その内3つがそろっています」
そうして、まずは副会長を見て、
「『老賢者』」
次に高垣を見て、
「『自己』」
そして、と一言おいて、「今この場には居ませんが、会長が『太母』です」
それを引き継ぐように中村が、
「後の4つは、『仮面』、『魂』、『影』、そして一番わからない『矛盾』。これだけは今まで発現した試しが2例しかない。というかまずどうしてこんな小さな島国に全部集まるのかさえわかんねぇ。まぁ、それによって俺らみたいな奴等も出来たわけだから、特に問題はないだろ。…こんな所か。識、他に何かあったか?」
ないです。と識がその場を閉めた。
「なるほどな。それでこそ私の実験に意味がある。」
「巻き込まれるこっちはたまったもんじゃないんだぜ。身勝手もいいとこだ」
「な、なんなんだ副会長?実験?何のことだ?」
唐突に語りだす黒川とそれに文句を言い出すかたがね。それに中村が困惑した声をあげる。
「大罪や原形を相手にしていったい何の実験をなさるつもりですか?危険な内容ならば『心の守』の責をもって止めさせていただきます」
識があくまで丁寧に止める。しかしその目は真剣だ。
「心配は要らない。ただ君たちには黙ってさえ貰えばなにも望まない。」
断じる。そこに噛み付いたのは『代筆者』の中村。
「そうはいかねぇ。一応は俺たち二人がある意味でこの『現実の門番』だ。せめて内容は教えてくれ。もしそれに問題があるなら…止めるぜ」
「話したほうがいいんじゃねえの?どうせテメーだけじゃ役不足だろ。未覚醒なあんただけじゃ俺は止められないぜ?」
と、直後テレビのチャンネルを切り替えたような音が鳴り響いて。
「一応僕も居るからね?いざとなったらムリヤリ変わるから」
また同じ音が鳴り響いて、交代。
「はいはいわかってるよ!テンション高いなコノヤロウ。まぁ主人格は俺だし文句は特に言わねぇよ!」
勝手に入れ代わられたことが気に入らないのか、不機嫌な様子で壁にもたれてどうにでもしろとばかりに目を閉じた。
「ちょっと待った。主人格がお前だと?」
その不安を煽る発言に食いつくのは中村だ。あからさまに不信感がにじみ出ている。
「あん?あ、そういえば言ってなかったっけ。『俺』って人格はもしかして自然発生したとか思ってた?」
「まぁ確かにそう思ってたけど…違うってこと?」
肯定したのはプレヴェイル。考えてみると一番蚊帳の外な人物である。
「あー、んじゃこれもイチから説明しますか!俺のライバルは気付いてると思うけど、俺はあの『箱』…いや、ペンダントのがわかりやすいか。それに閉じ込められてたわけだけど、あの中って実は深層心理と繋がってなくてさ。ただの感情の塊な俺はどんどん弱っていったわけ。で、そのままライバルに『箱』を外からこじあけられたっていうかぶっこわされたから、精神乗っとるパワーがなかったの。だからしょうがなく『僕』の本来の人格…つまり記憶を無くす前の『僕』の人格を変質させて『俺』に仕立てたってこと。力関係で言えば『僕』のほうが強いけど、主人格は俺だかんな?そこんとこよろしく」
「言われて納得できるか馬鹿。これでは実験が台無しに…。」
黒川が頭を抱える。
「んあ?何落胆してやがる。大丈夫だよ。協力はしてやるから!ほら!元気だせ!」
しかしなおも落胆したままな黒川。
「…この実験には、私は絶大な期待をかけていたんだ。それがこんなにあっさりと…。」
「えーと、ソレなんだが…一度会ってみたい。その、禁忌に侵されたアンタの恋人とやらに。もしかしたら俺がダイレクトに解消できるかもしれん。実験とかそういう面倒なもの無しに」
かたがねが力強く宣告する。その言葉に黒川が若干意思を取り戻して。
「どういうことだ?心当たりが有るとでも?」
「ある。だから、頼む。『僕』を殺さずに見逃してくれた分の借りだ。大罪の俺なんざ信用できないってんならまぁしょうがないが」
月島が密かに、意外と義理堅いんだな。と呟く。かたがねが答えて。
「俺たちは基本的にそうだぜ?俺たちがこっちに来た理由は『人間』を知りたいから。で、知ったらどうするか?真似るだろ。『原罪』に引きずられはするけど、基本はお前らの紛い物だよ。一通りの感情や理性はある。」
「紛い物でもそこまで真似られたら大したものだ。いいだろう。貴様に任せてみよう。」
黒川が言う。
「んじゃ早速行こうぜ。実験結果を先取りにな」
直後、ベッドから慌てて飛び出したかたがねはその拍子に腕を思いっきりぶつけて悶絶した。
「…本当に期待していいのだろうか…?」
痛みに転げまわるかたがねを見つめて言った黒川のその言葉が場の空気を代弁していた。