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19th 進化と和解

医師の説明がすべて終わったころ、にわかに廊下が騒がしくなってきた。


「何か起きたのか?」


尋ねる黒川にさあ、と首をかしげる医師をさしおいて、月島が外に出る。


「どうしたんですか?」


ちょうどやって来た看護士に尋ねてみると、とんでもない返事がきた。


「患者が脱走した?!どういうことだ!」


同じように聞きに出た医師が驚きの声を上げる。


「すまない。一旦席を外すよ」


慌てて飛び出していく医師。いつの間にかいなくなっていた高垣も帰ってこない。


「俺たちも手伝うべきですかね、これ」


「そうするべきだろうな。もちろん、許可が貰えればだが。」


二人が立ち上がったちょうどその時、けたたましい音をたててドアが開いた。その向こうから現われたのは、中村と遠見。二人ともかなり慌てている。


「どうした?そんなに慌てて。」


すると中村がすごい剣幕で怒鳴る。


「どうしたもこうしたもない!方鐘の奴、大罪覚醒して暴走しやがった!」


多少息を整えた遠見先輩が補足する。


「ベッドで話をしていたら突然…今は高垣さんが引き受けてます。一度『予見』した時に戦ったことがあるそうなので」


「大罪…?」


その邪悪な響きに対する月島の純粋な疑問は、誰にも届かない。


「どうする?副会長。まともに対応できるのは会長だけだ。今、決めてくれ」


それを聞いた黒川の脳裏にフラッシュバックしたのは、同じこの病院にいる恋人の姿。確かに、対抗できるのは正反対を目覚めさせている彼女だけだ。だがしかし、と思考が告げる。


「いや、不可能だ。今無理をさせて抑えても、また発現するまで時間を引き伸ばすだけだろう。確信はあるんだな?」


「はい。まるで人格が変わったように凶暴化して、同時にスピンオフが変異、ベッドと壁を破壊しました。恐らく『崩壊』かと思われます」


「また厄介そうだな…高垣君に任せてからどれくらい経っている?」


「まだ三分くらいだ。けどもう高垣の命の保障はないな。なまじ知り合いなだけにやりづらいだろ。行くなら急げ。死人を増やしたくないなら」


「わかった。迅速に『処理』しよう。行くぞ」


了解、と頷く先輩たちの背中に月島はなにも言えなかった。




「食らえよ崩壊!」


「嫌に決まってるでしょ!」


中庭では、破壊とそれに対する抵抗が乱闘していた。花が植えられていたはずの花壇は地面をひっくり返したような様で、病棟の煉瓦造りの外壁はところどころ抉り取られて中をさらしている。


(まだ来ない…どうしよう?)


そんな中、高垣は悩んでいた。無論、増援のことだ。


(最悪、拡張能力でムリヤリやっても…)


そこまで思って、駄目だ、と思い直す。拡張能力を一度使うと、原型に呑まれまいとして自我境界線を引くので一時的にスピンオフすら使えなくなるのだ。しかもこの状況でそれを行うのはリスクが大きすぎる。せめて応援が来てくれてからだろう。


(どれくらい経っただろう?)


緊張感の中では時間はあいまいだ。長くもあり、短くもある。


(でも、急がないと…)


花壇を壊す程度ならまだいい。問題は病院だ。壁が抉られ続ける以上、いつか崩れるだろう。そうなったら被害は甚大だ。


まだ?、と心の中で呟く。


無限とも思われた攻防の終わりは、唐突に訪れた。


「っが!クソっ!」


方鐘の腕が振れなくなったのだ。


「骨まで逝きやがったか!」


もはやただ繋がっているだけになった内出血でどす黒い腕が白い入院着と不気味なコントラストを作る。それでも彼は腕を振り回し続ける。


(今だ!)


腕が使えないということは、戦闘力が低下したことを意味する。


(なら、ここで決める!)


ぎしり、と軋む音が頭に響いて異様な感覚が満ちる。

境界線を越えて侵蝕する自分とそれを飲み込もうとする深層心理の海。ディラックの海、だっけか。博識な副会長から聞いた単語が思考の端を過ぎるが、どこか間違っているような気がする。けれどそんな些細な引っ掛かりとは無関係に能力は過剰に拡張し、喰われる現実も広がる。範囲の狭い全能感という奇妙な感覚を体に宿す。

これが、アドバンスアビリティの感覚。あまり慣れる感覚ではないこれに、今回は更にまた変化が訪れた。


(あ…れ…?)


奇妙な感じがする。まるでもう一段階進化したような感覚。そして届く、一つの『音』。


(なんだろう…これ…脈拍…?)


規則正しいリズムが響き、ざわつく。耳だ。これは多分聴覚が『鋭敏』になっている。ふと見ると、方鐘が明らかに驚いていた。


「素質だけかと思ったらマジモンかよ!何だってこんなツイてないかな!」


怒鳴りながらも足は下がっていく。逃げようとでもしているのか、心拍数が上がり焦りが見てとれる。


(させないわよ!)


改めて『音』を意識した。その直後、直感と理解が同時に走る。心臓の『音』。生きるための『リズム』。そしてそれらに手の届く、自分の『能力』。生命に手を掛ける、禁忌の技法。


(人すら殺せる…)


心拍数の外部干渉能力。

それがこの能力の正体だ。


試したい衝動が起こる。と同時に方鐘に対する怒りも沸く。どうしようもない感覚。本能から拒絶したくなる。天敵とはこういうものだろうか。


(倒す…必ず…)


朦朧としてきた頭で漠然と考える。無意識に叩きおとしていた攻撃を躱すことに切り替え、跳ねる音を作り出す。同時に着地する音も。


とん、とん、たん、とん。


「あーもう、畜生!」


怒声が響いてもリズムは乱れない。むしろそれを加えて更に複雑に刻まれていく。それがある程度まで達したその時、


「く、くそっ!体が…動かない!」


「やっとかかったわね…」


「何しやがった!?クソっ、畜生!」


どれだけ彼が力をこめても、腕は拒むように震えるだけだった。


「脈拍に『音』を当てて腕に血が行かないようにしただけ。血の巡りが悪い冬場は動きづらいでしょう?あれを極端にしたの。どうする?降参する?」


「どうもこうもないぜ。ったく」


観念したのだろうか?少しおとなしくなった。そこに駆け寄って来る医師数名と見慣れた四人。


「生きてるか?!高垣!」


「大丈夫ですか?」


「それより方鐘だ。奴は何処に行った?」


「方鐘っ!」


まさに四者四様の反応とともにこちらに向かってくる。一応行動阻害のリズムを爪先で刻みながら迎えると、最初に飛び掛かって来たのは水越だった。


「奏!大丈夫?ケガしてない?うわ、腕大丈夫?すぐに先生に診て貰わないと…」


「無事だったか…」


「おいおい俺はスルーかよ!いい感じにテンション高いなコラ!」


凶暴な笑顔で方鐘が叫ぶ。それに恐怖を感じたのか、識が順の背後に隠れる。


「ほう。やはり君が大罪の保有者か。」


「っち。アンタも『そう』かよ。あーあ。またこうだよ。つまんねぇの!」


投げやりに方鐘。


「おっと。触ろうなんて思うなよ?片っ端から崩れるぜ?」


その台詞に近寄ろうとしていた月島が足を止める。


「悪いな月島。親友の身体、借りてるぜ」


「返せ、って言ったら?」


「無理、って答えるわ。多重人格障害って言えばわかるか?そんな感じだ。消えようものならまとめて消えるぜ」


「面倒だな…」


地面を爪先が叩く以外の全ての音が消える。


「ところで、高垣君も『そう』なのかね?」


黒川が問い掛けを方鐘に飛ばす。


「アンタもよくわかってると思うけど?こんな気配、他に俺は知らんわ」


「ふむ。私の見立ては間違ってなかったか…」


「ヨユーこいてるけどな、アンタ未覚醒だろ。あんまデカい口叩くと殺すぞ」


「今の君に言われても何とも思わないね。」


一歩も譲らない応酬。


「だいたいてめぇらが『僕』を壊したから俺が出るはめになったんじゃねぇか。自分勝手すぎねぇか?」


「君が出て来なければいい話だろう。」


「潜在してるとわかった時点で殺す癖に何を言うか。殺されるために生きてるわけじゃねぇんだぞ」


「悪いのは君だろう?」


「俺を作ったのはてめぇらが深層心理に押し込んだ感情だ!さも自分が正しいみたいに言いやがって…さすが創造主は違うなぁ?作ったのが自分たちなら壊すのも自分たちってか?笑えねぇぜこのクソ野郎どもが」


敵意のキャッチボールは続く。


「害悪は排除する。基本だろう?」


「…だから『老賢者オールドワイズマン』は嫌いなんだよ…一方的に対話しやがる。会話じゃねぇんだよなぁ」


「君が馬鹿なだけだろう」


「っあーもうイラつく!ってかお前、ライバル!そろそろ根源能力アカシックアビリティ切れるはずだろうが!なんでこんな長く続くんだよ!」


途端高垣が困り顔になる。わかるわけがないのでその反応は正しいわけだが。


「ヒュペリオン体質だからだろうと踏むがな。体力差だろう。まぁその辺りはおいおい調べていくとしよう」


「お前には聞いてねぇよアタマデッカチ。いっぺん死ね」


「断る」


「うっわコイツ人の話聞く気ないわ最悪。死ね。朽ちろ」


「同じ言葉しか言えないのか。知能の低いことだな」


「うっさい。共有してんのは人格と記憶の一部だけだっての。知識まで共有してねぇんだよ」


言葉だけの応酬に、ついに横槍が入った。


「うっ…くあ…」


感覚が一気に縮小する。根源能力アカシックアビリティが限界に達したのだ。


「時間ぎれだなオイ!あぶなかったぜ!」


そこに更に入る横槍。


「こ、これはいったい!」


「な、なんだこれは!」


中庭の異変に気付いた医師や看護士が飛び出して来たのだ。そこに飛び掛かるのは、回復した方鐘。壊れている手を振りかざして一人に突き付ける。


「さーて、全員動くなよ。俺は『崩壊』の能力者だ。触れたらどうなるかはわかるよな?」


人質になってしまった医師が首を縦に振る。


「どうせ『僕』はもう目覚めない。なんかきっかけがあれば別だろうけどな。…ま、どうせ『僕』は『俺』を知らないんだ。問題ないわな」


「どうする気だ?」


ここまで無言だった月島が叫ぶ。


「俺の友達をどうする気だ!俺の、俺の親友なんだぞ!」


悲痛な叫び。たがそれを無情に切って捨てる方鐘。


「監視されるのに友情が芽生えるわけがあるかよバーカ。お前と仲良くしてたのはそのほうが自分に有利だからだ。そんなこともわかんねぇかな?お前、高等人に向いてねぇよ。すぐに情が移るなら諦めたほうがいいぜ」


「……」


そして響く、ケータイの着信音。


「ったく。このタイミングで誰だ?って俺かよ!あー、ライバル、右ポケットに入ってるから取り出して見せてくんね?」


「ムリよ!こんなにボロボロなのに!」


「だからこそだよ水越。根源能力を使ったからしばらくはスピンオフすら使えない。危険が少ないだろ?」


「…大丈夫よ。行ける。私は平気だから」


高垣がゆっくり歩きだす。ぶつけられた無数の瓦礫のせいで身体からは血を流し、能力の反動でふらついているがそれでも方鐘に向かっていく。


「服以外に触るなよ。崩壊したいなら別だが」


「冗…談っ。だれが触りますか…」


ポケットにたどり着いて中をまさぐる。取り出し、開いて、固まった。


「どした?早く見せてくれよ」


「…ねぇ、アンタさっき『記憶の一部だけしか共有してない』って言ったよね…?」


「言ったな」


「じゃあこれはいったい何!この三上って人からのメール画像は?!」


そこに映るのは、まるで仏像のような二面の人物像。


「これは…っく!またてめぇか!暴れんなクソっ!」


頭を抱えて悶え始める方鐘。それを見て駆け寄ろうとする月島を高垣が手で止める。


「ダメ。触れたら崩れる。ちょっとだけ待ってて」


そう言った高垣がゆっくり歩きだす。人質になっていた医師はその隙に逃げ出していた。


「いちいち出ようとすんなよこのアホっ…!」


掠れた声をあげる方鐘の口調が不意に変わる。


「代わってくれと頼んだ覚えはないよね…勝手に出るな!」


「うるさい!俺はずっと出られなかったんだぞ!外に出ようとしたっていいじゃねぇか!」


「代わる前に一言言え!代わっていいなら代わってやるから!」


一つの口での奇妙な会話が、不意に止まった。


「…ほんとか?」


「…約束する。だから、」


そこに割り込む声。


「帰って来なさい方鐘恭一!その程度で終わるアンタじゃないでしょう!」


「ああも言われるし。戻ろう?『僕』も『俺』もまとめて『かたがねきょういち』なんだから」


「だ、な。けど、覚悟しろよ?大罪抱えるんだから」


「元々の人格が戻るだけでしょ?大丈夫だから。問題ない」


「ハッ!言ったな?んじゃ頼むぜ、『僕』!」


「了解。んじゃ、またな」


その台詞を皮切りに、いきなり方鐘の雰囲気が変化する。悪意を飽和させた空気を薄めて中和させる、高垣とは違う染み込むような気配。


で、倒れた。


「お、おい、方鐘…?」


「悪い月島…ちょっと今は合わせる顔がない…しばらくほっといて」


「あ…わ、悪い。しばらく向こうに行くわ」


伸ばしかけた手を止めてくるりと踵を返す月島を、見送るしか出来なかった。


「…月島を遠ざけたのは、死ぬ場面を見られたくないからか?」


黒川先輩。


「人死になんて見ないほうがいいに決まってます。…例え裏切った元友人でも」


「お前はよく分からんな。大罪を抱えてここまで平常なのは例がない。」


「『大罪』を別人格にしてるだけです。ずっと自分を無くしてる僕には難しいことじゃない。…あまり褒められることじゃないですけれど」


そこまで言って顔を上げると、とてつもなく渋い顔をした黒川先輩がこちらを睨んでいた。


「…君がうらやましいよ。」


「はい?」


「いや、こちらの話だ。…君は、死にたいかね?」


猶予をくれるとでもいうのだろうか。けれどその目は真剣だった。


「ちょっと前なら、死にたい、って迷わず答えていたでしょうけど…今は、嫌です」


「どうしてかね?」


「『俺』と約束もしたし、三上にもメールで返事を書かないといけませんし。けれど一番大きいのは高垣さんですけど」


「なぜだね?」


「『僕』を『俺』から引き出す最後の一押しが高垣さんの呼び掛けだったからです。せめて、恩くらい返さないと気が済みません」


「…そうか。なら、まだ君は死ななくていいな。」


「え…?」


「これは実験だ。盛大でリスクも高いが、その価値はある賭け。どうする。乗るか?」


つまり、黒川先輩はこう言いたいのだ。

死にたくないなら乗れ。『僕』と『俺』を実験動物モルモットにする、大罪を相手どった所行に手を貸せ、と。


「いいですよ。乗りましょう。最悪の実験、人の深層心理の怒りを相手にした我慢比べに。それ以外手はなさそうですし」


「物分かりがよいのは助かるね。」


こうして僕は、少しだけ生き長らえた。


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