17th 右目の行方と特異体質
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「高垣っ!方鐘はどうなった!」
医者と共に診察室で待っていたところに飛び込んできたのは、一塊の集団だった。
「順くん。廊下は走ったら駄目でしょう?」
「大丈夫だっての。飛んできたんだから」
生徒会の面々と月島、プレヴェイルだった。たいがい無茶を言ってる気がするが、そこはスルー。ここ数日で学習したことだ。突っ込んだらたぶん負ける。何にかはわからないが。
「…入院患者とぶつかったらどうするのさ」
「お、おう。大丈夫か方鐘?」
「大丈夫…だよね?」
月島とプレヴェイルが心配そうに訊いてくる。
「月島はまだしも、プレヴェイルに心配されるのか…明日辺り傘がいるかも」
「ほほう…もう一回ベッドに逝きたいらしいな…」
「指を鳴らすな!脅迫だ!」
「軽口を叩ける程度には回復したようだな」
「はい」
黒川先輩が口を挟む。そうか、と相槌を打ってから医者と向き合った。
「彼の容体は?」
本来なら親族が聞くものだが、生憎全員いない。だから代わりに監視監督人がそれを聞くのだが…
「この場でその権限があるのは?」
「知ってるのは俺と副会長と高垣か。中村先輩と識先輩は?」
「俺たちは資格を持ってないんだよ。とっとと行け。俺たちは俺たちでコイツと話したいことがある」
「わ、わたしはどうすれば?」
「とりあえず月島について行ったら?駄目なら追い返されるだろうし」
無責任ね…と言いながら歩いて行くプレヴェイルを尻目にして、先輩二人と向き合った。
「つまり、彼の身体については全くと言っていいほど問題ありません。精密検査でも引っ掛かる項目はありませんでした」
二つ離れた診察室では、医師による説明が行われていた。聞いているのは、月島、黒川、高垣の三人。水越は部屋の外で待っている。
「精神の面でも、特に問題はありません。ただ、やはり目を失ったショックは大きいはずです。それが身体に影響することも考えられますから、しばらくは精神科をお勧めします。目の方は…義眼しかありません」
「そうですか…」
思わず沈んだ声を出してしまった。
「そう沈むな月島。ある程度分かっていただろう」
「黒川先輩…それはそうですが…」
「なるほどな。こういう時に水越がストッパーになるわけだ」
「ちょ!先輩こんな時に何を言い出すんですか」
「君はどうも悲観的な面がある。それを水越君がフォローを入れるわけだな。いいバランスで釣り合いが取れている」
「まぁ、確かにコンビ組む時はやりやすいですけど。っていうか今は方鐘でしょう!」
「いやすまない。ついな。失礼した。続きを」
あっさりと態度を変えて話す。後半は医師に向けた言葉だ。
「義眼の方の手配はこちらでいたします。もちろん、患者の意見は尊重します。拒否するならば義眼を作成しないことも考慮しておいてください。彼の包帯は外して構いませんが、空気中の埃などから保護するために必ず眼帯などをしてください。後二日は精密検査のためこちらに通っていただきます。…以上です。何か御質問はお有りでしょうか?」
月島は首を振ったが、黒川は疑問符を投げ付けた。
「彼のショック症状が引き起こす可能性のあるものを教えていただきたい。こちらとしても対処法を用意したい」
月島が、あ、というような顔をする。
「すみません。方鐘の監視監督人は俺なのに」
黒川は目線だけで構わないさ、と言った。
「で、話って何ですか?」
場所は変わって方鐘の病室。月島が家を通して無理に入らせた病室では微妙な緊張が漂っていた。
「俺は面倒なのは嫌いでな。短刀直入に聞くぞ。『大罪』に覚醒したのはお前だな?」
「…」
「沈黙は肯定とみなすぞ。何かあるなら聞くが」
最初の言葉で固まった方鐘からは何の反応もない。ベッドに座る彼の顔からは何も読み取ることはできない。
(順くん。ちょっとストレートすぎない?)
耳元で直接声がした。ちなみに識はベッドを挟んで向こう側だ。強制集合で声を全て耳元に引き寄せているから、こう聞こえる。逆の要領で声を飛ばしてやる。
(しょうがねぇだろ。俺は口下手だし。そんなら識がやってくれ)
そこに、別の音がドアの音として入ってきた。
「…高垣か」
そこにいたのは先程黒川たちと行ったはずの高垣が立っていた。
「どうしました?黒川先輩方の説明は終わったのですか?」
「終わってないけど抜けてきたの。その場にいた証言者が必要でしょう?」
「お前が証言してくれるならそれでもいいが。どうする方鐘」
それを尋ねた直後、不吉な音が響いた。
ブツリ、というテレビのチャンネルを切り替えたような音が。
瞬間的に顔色が変わった高垣が、
「っ先輩!彼をベッドに貼り付けて!」
叫ぶ。そのあまりの剣幕に中村が戸惑ったその一瞬が命取りになる。
「ふざっけんなクソ共があっ!」
ぶちぶちと筋肉が裂ける音とともにベッドが塵に変わる。そこに立つのは、怒りのあまり周囲を陽炎のように歪める大罪の化身。
「っ!」
そのあまりの迫力に経験のある高垣以外の全員が気圧された。中村はイスを蹴立てて立ち上がり右手を向けて臨戦体勢。遠見は逆に伏せてゆっくりと離れようとする。
「ったく。『僕』の反応が消えたから何だと思って出て来たらまたお前か。懲りないというか言わせてもらえばアホだな。お?今回は新顔がいるし!いいないいな!テンション変わんないけどさ。とりあえず全部壊す予定だけどどうする?俺のライバルは止める?」
言いたい放題言ってから残ったベッドの残骸を蹴り倒して高垣へと向かう。
「相変わらず言いたいこと言うだけ言って押しつけるのね。ちなみにもちろん邪魔するわよ」
高垣が中村に目配せする。その意図を察したのか、手を下げた。
(これが『大罪』…なのか。どうすればいい?)
ギャザリングを使った会話だ。この事態に少なくともコンセンサスを取らなければならない。
(先輩方は『大罪』と戦ったことは?)
(あるわけないだろ!大罪なんざ相手するくらいなら俺は逃げる!)
(ならせめて識先輩を連れて逃げて、副会長を呼んでください!しばらくは食い止めます!)
(すまない。頼む。一分で呼び付けてやる)
「来ないのか?ならこっちからいくぜ!」
左手が壁を抉るように振り抜く。出来上がるのは、砕かれたコンクリートの散弾。
「うおあっ!」
と同時に中村が能力を発動。外へと窓硝子ごと方鐘を叩き出す。
「頼んだ高垣!」
言われる前に飛び出す。背後では二人が引き戸を開けて駆け出す。それに対して落ちて行く方鐘は実に楽しそうに笑っていた。
(このっ!)
窓を飛び出す寸前で飛び上がり、上の窓枠を蹴って下に加速、そのまま飛び蹴りをかます。
「カッコいいなオイ!変身型改造人間の必殺技か!」
着地しようと背を向けたその瞬間に足を当てて窓を蹴った勢いと全体重で押し込む。
そのまま墜落した。
「一回死ねっ!」
鈍く文字通り骨が折れた音がして、着地。すぐにそこから離れる。あの程度じゃ死なない確信があった。
砂煙が晴れてくる中出てきたのは、砂まみれの姿。
「あててて…まさかテレビの技を体験するとは…世界広いなオイ!楽しいじゃねぇか!テンション上がってくるな!」
相変わらず上機嫌だ。軽く躁鬱入ってるんじゃなかろうか。
「あー、けど流石に腕折れたのは拙かったな。『僕』に謝らないと」
呟きながら左腕をかばうように押さえる。どうやら下敷きにしたのは腕だったらしい。
「しっかし、お前も中々とんでもないな。いくら人間の腕を下敷きにしたにしても、普通足いかれるだろ。どんだけの能力だっての」
そこでふと、考えだす。
「待てよ、お前って確か『音』だよな。まさか二つ能力あるわけじゃないだろうし…どうなってんだ?」
疑問の表情で問う。答える理由はないけれど、今は時間稼ぎが必要だ。
「知らないなら教えてあげる。私はね、『ヒュペリオン体質』っていう特異体質なの。全身の筋繊維が普通の人の二十倍になっていて、常人より遥かに頑健なの」
わざと説明を長々とする。しかし、最後までそれを話した直後、後悔した。
「…なるほどな。つまりアンタは『特別』なわけだ。恵まれてるわけだ。あー、一気に萎えたわ。結局同じなんだな」
言葉とは裏腹に、表情はどんどん凶暴になっていく。
「同じか。結局そんなか。…ふざけてんじゃねえぞこの野郎!」
爆発した。同時に薄墨に悪意を飽和するまで溶かし込んだような気配が染み出す。
「決めた。殺す。マジで殺す。もう全部だ。まずオマエ。次は友達。その後は家族。全部まとめてゴミまで分解してやる!」
「やってみなさいよ!」
高垣が負けじと叫ぶ。それをきっかけに、真逆の清冽な空気が沸き起こった。
「…その気配…おいおい、マジでアンタは俺の敵かよ。ハッ、いいぜ。潰し甲斐があるってもんだ!」
彼が噴怒に拳を構え、突撃してくる。高垣は対抗して手の中の衝撃波を叩きつける。
二つが、交錯した。