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14th 追う人と追い詰められた人

6限の授業中、月島はけたたましい音声に飛び起きた。


「な、なんだぁ?!」


筋肉について熱く語る体育会系理科教師の長島が熱弁を中断されて不機嫌な目を向けてきた。慌てて音源を探ると、ケータイ。


(おかしいなぁ…マナーにしてあったのに)


謝りながら画面を確認した直後、思わず叫んでいた。


「っすみません!早退します!」


荷物すら持たずに駆け出す。握りしめた画面には、あって欲しくない文が刻まれていた。


『監視対象、方鐘恭一の制限装置が破損しました。至急本人を確保してください』


「嘘だろ…恭一!」


考えてみればおかしかったのだ。予防拘束なのにバイトだけは行くといって譲らず、更にはプレヴェイルも不審なことを言外に告げていた。


(畜生、なぜ予測出来なかった!)


自らへの憤りが理性を焼く。けれど、一番許せないのは…


(なんで一番最初に浮かぶのが保身なんだよ!)


文面を見た時まず浮かんでしまったのは、親友の安否を気遣う気持ちでもなぜそうしたという疑問よりも、

もしこれが公にされたら、自分はどうなるか?

その心配だった。


(ある時は監視監督人、ある時は親友、ある時は傍観者…くそっ!)


まるで仮面を被っているようだ。しかも都合のいいように使い分けて。


(これも『月島』の家のせいかもしれないのか…)


確かに、父や祖父は大好きだし、尊敬している。けれど上流階級の礼儀というものがどうしても馴染めなかった。けれど、環境がそれを許すはずもなく半ば無理矢理に自分を適応させていくしかなかった。だから、仮面を被ることにした。家での自分、学校での自分、と少しづつ分けていった。その結果がこれだ。


(どうしようもないのかもしれんけどなぁ)


そうでもなければ、病んでいた。というか病んだ。家そのものに嫌気がさし、飛び出し、3日くらい街を彷徨ったあと保護されたのだ。


(いやはや、バカなコトしたよ…)


その時に出会ったある人のお陰で、この道に進む決心がついたあたりあながちそうも言えないが。


(で、それがプレヴェイルの親父だったわけで…)


腐れ縁か?つまりは。そんなことを思い出しながらケータイを操作し、更に詳しい情報を引き出す。


(時刻は三時二十一分、場所は海浜公園?!決闘でもやらかそうってのか?)


ケータイが警報を鳴らすのは制限装置が破損してからしばらくの猶予がある。不慮の事故で壊れた場合は対象者から申告される可能性があるためだ。今回はそれがアダとなってしまった。


(ああもう、下手に暴走とかしないでくれよ!)


親友と監視監督人の両方の仮面を使い分けられずあいまいなまま駆け出そうとしたその瞬間、二人分の影が視界に飛び込んできた。




時間は少しさかのぼって、生徒会室。中には、中村と遠見の二人がいた。


「うー、順ちゃん〜」


「だから寄るな!明らかに酔ってないだろお前」


「エヘ。バレちゃった」


バレたじゃねぇっての、と思いながら、手元の書類を茶封筒に詰めてしっかり閉じる。中身は今回の事件の詳細と経緯を記したものだ。つまりは、呑気なPTAの方々やことなかれ主義の上層部に連続殺人事件に我が校が巻き込まれたことを分からせてやるための書類、ということになる。


「だりいな、やっぱ」


「うん?なにがです?」


案の定、独り言に識が反応してくる。


「いいからお前さっさと酔い潰れろ。じゃなきゃ打てる手も出やしない」


「酔い潰れたら何も話せませんよ。いくら私が酒豪でもろれつは回らなくなるんですから」


「いや、けどお前は酔わないと能力が使えないだろう。なんてったって『酔っ払いの語りドランクトーカー』だかんな」


「うう、私はその名前、いくら順ちゃんがつけてくれたからって使いたくないです…」


「じゃあ変えるか?」


「そ、それは嫌です!」


「じゃそのままな」


ううー、と声にならない叫びを上げた識はついにヤケ酒を始めたらしい。ガラスコップに透明な液体が注がれて、それは一気に識の胃へ流れていく。識の能力は、酔っ払っている間にランダムに起こるもので、酔っ払ったまま未来の出来事を語りだすいわば予知能力だ。そのせいで識は酒好きになり、俺が被る迷惑はハンパないものになる。なにしろランダムだから、いつ起こるかわからない上に、


「あはは〜順ちゃん〜!」


とフラフラ寄ってきていきなり抱き付かれた。その感触に背筋が思わず逆立つ。


「バカやめろ!俺が女苦手なの忘れたのか?!」


識は絡み上戸で、更に酒癖がかなり悪い。毎回こんな風になることを繰り返すうちに、俺はどうやら女性に対してアレルギーが起きるようになってしまったらしい。しかし、なぜか識は俺から離れようとせず、

そのまま抱き付いてきた。

しかも…


(震えてやがる…?)


この様子は尋常ではない。こうみえても、識はここら一帯の神社を取りまとめる家の長女にして姫巫女だ。自分の立場への自覚から来る責任感と芯の強さは人一倍だ。それは物心つく前から姉弟としていっしょにいた自分が一番良く知っている。


「どうした?何を『視た』んだ?」


すると返ってきたのは、不安に押し潰される寸前のようなか細い声だった。


「来た…来ちゃった…!駄目なのに…来たら駄目なのに…っ!」


「落ち着け。何を見た。少しでいいから話せ」


胸に回された腕をさすりながら安心させるように問い掛ける。ゆっくりとだが、口を開いてくれた。


「『大罪』が出ました…この近くに」


「んなっ!」


大罪。それは個人の無意識から浮かび上がる最悪の災厄だ。


「どこだ?」


「海浜公園…だと、思います」


「あそこか…識、走れるか?」


「順くんがそう望むなら、無理にでも走ります」


「…悪い。こんな不甲斐ない弟で」


けれど今は『酔っ払いの語り部』が必要だ。大罪と出くわす以上、準備は多いに越したことはない。


「行きましょう。順くん」


黒川副会長への連絡を思ったが、時間が惜しいと切り捨てる。引き戸の前で待ってくれている識に目を向けると、まだ酔いが抜けないのか若干顔が赤い。というか絶対照れてるだろう。彼女の好意に気付いていない訳ではない。だけど、家柄と立場が邪魔をする。だから、きっと俺たちは結ばれることはない。壁がある。だから不可能だ。そう結論して、けれど離れたくなくて、遅れないようにするためだから、と自分を騙して識の手をとって走り出す。


「ち、ちょっと順くん…!」


抗議は無視。そのまま昇降口に続く廊下に駆け込むと、見知った顔が飛び出してきた。




「っ先輩!どうしたんですか?!」


問い掛けてくる月島に、短刀直入に事実だけを告げる。もちろん大罪については秘匿した事実をだが。


「識が能力で『視た』んだ。今から海浜公園に行く。お前は?」


「へ?先輩も海浜公園ですか?」


「先輩も、ってことはオマエもか。何やらかした?」


「お、俺は…」


言いよどまれた。けれど、聞かなければならない。まさかとは思うが、大罪を発見した場に行くのだ。少しでも情報が欲しい。月島の目的がそれに何かされている可能性もある。最悪の場合も。


「言え。ってか言ってくれ。頼む」


「…そこまで言われて、断れるわけないじゃないですか…」


話の内容は、最悪を充分喚起させるものだった。


「マズいな…破壊されてからどのくらいだ?」


「二十分ってところです」


「クソっ!時間がかなり経ってやがる…しょうがねぇ、全員掴まれ!強制集合ギャザリングでムリヤリ飛ばしていくぞ!」


全員が腕に捕まったのを確認してから、起動キーを頭の中で復唱する。ワードは単純。そして意思は果たされる。


(来い!)


能力の本質は、対象の引き寄せ。ならば、動かないものを引き寄せればどうなるか。答えはこうだ。


(自分が飛ぶ!)


目標と定めた電柱に引きつけられる。ぶつかる直前で解除し、今度は信号機だ。


(来い!)


後はひたすら繋げるだけだ。軋む音を響かせながら見えない糸に引かれるように飛んでいく。


「先輩の能力にこんな使い方があったなんて…」


「ランクはBプラスだからな。純粋な強さじゃ絶対副会長とかにゃ勝てない。だから、応用をするんだ」


「先輩は応用効きそうだからいいじゃないですか。俺なんて…」


「一つだけ言わせてもらうがな」


「は、はい!」


「この贅沢者が。自分で考えやがれ」


「……」


「順くん。ちょっと言い過ぎです」


「いや、悪い」


ぎしり、と音をたててフェンスのてっぺんを掴み、引き寄せる。海浜公園の入り口はすぐそこに見えていた。




「やれやれ。生徒会副会長がこれでは話にならんな、全く。」


黒川大助はこの昼休みから登校していた。


「明乃もだいぶ厳しくなってきている。そろそろ…」


焦る身体を抑えて職員室へ遅刻の報告をする。その足で向かうのは警備員詰め所だ。もう一度、確認したかった。


「失礼します。生徒会副会長の黒川です」


部屋に入るときは挨拶から。大抵中には誰かいるからだ。


「どうぞ」


ガラガラと引き戸を開けてまず見えるのは、無数のモニター。そしてその中央のイスに座る男。


「いらっしゃい。二度目だね」


のぞむ先生…まだ警備員ではないはずでは?」


「はは、本当はそうなんだけど。先輩方に頼まれるとなかなか断れなくてね」


「なるほど」


今この目の前に座る男は、言うなればスーパーエリートだ。僅か26にして教員と警備員を掛け持ちしている規格外の人物。教員ならばもちろん適した人格を求められるし、さらに警備員ともなると高い運動神経、忍耐力なども求められる。これらの条件に当てはまり、なおかつ資格試験を合格する。言葉にすると簡単だが、実際そうはいかない。


「また、事件の映像を?」


「はい。構わないでしょうか?」


「もちろん。三番モニターに表示しますから、どうぞ」


手元のコンソールを慣れた手つきで叩くと、画面の一つが変化する。


「どうです?何かわかりましたか?」


画面を食い入るようにしながら三回通り見終えた辺りで興味深そうに身体を寄せてくる。


「仕事のほうはいいんですか?」


「構わないですよ。職務放棄している先輩方が悪いんです」


確かに、と返すと右側にあったチョコ菓子を二つまとめて頬張りながらにこやかに笑う。


「前回も確かお菓子を食べてましたね。そういえば」


「ええ。食べるのは大好きですし、これは僕が食べるべきものですから」


意味がわからずに疑問符を浮かべると、すぐに説明してくれた。


「恋人からの贈り物なんですよ。ずっといっしょにいましたからつきあいは長いんですけど、それでもこういう風に物や気持ちをくれたりするんです。手作りだからこっちの好みにあわせて作ってくれますしね」


お一ついかがです?と問われて、丁重に断わろうとするが、手の中に無理矢理押し込まれる。


「いいのですか?」


「いえ別に構わないですよ。言ってみればこれは惚気です。自分に向けられた好意を他人に自慢したいだけの」


「その心は?」


「ちょっと多いので手伝ってください」


「わかりました」


苦笑いをしながら小さなカップケーキをいただく。薄い砂糖とほのかな柑橘の香りがした。


「おいしいですね」


「口にあったようでなによりです。それで、どうですか?何かわかりましたか?」


さっきと同じ問い掛け。少なくとももらったカップケーキの分は返事をしなければならないだろう。


「とりあえず分かったのは二つですね。まずはこれですが」


掠れるような音をたててテープを巻き戻して目的の場面を再生する。頭出しした部分は被害者が走り出したシーン。


「これがどうしたと?」


「彼女は何もないところを見て走り出した節がある。前回はカメラの範囲外に何かがあったのかと思っていたのですが、どうやら違うらしい」


「ほう」


「もし彼女がカメラの範囲外を見ていた場合、顔の向きはまっすぐ、もしくは多少上を向いていないとおかしい。それなのに彼女は」


そう言いながら画面を指差した。


「下を見ている。そして身体が後ろに流れている。これは恐怖の対象が少なくとも近くにいる場合の対応です。少なくとも、相手が遠くにいるなら数秒の動作停止はありえない。遠くにいるならそれこそすぐ逃げるように走り出すはずです」


「…そう見えますか?私にはあまりわかりかねますが…」


「いえ、間違いないでしょう。更に予測を進めれば、間違いなく使われたのは天司型の光学系…それも幻覚系統でしょう。見て固まる、ならそれなりのインパクトが必要ですし、そんなものを人目につかないように取り出す、なんていう芸当はほとんど不可能ですから」


「…まるで見て来たように言うんですね。まさか実際にその場に居たとか?」


カタリ、と話が良くない方向性を捕まえた音がした。


「考えてみれば君もおかしいですよね?あの時、君も同じ廊下にいた。なのに、あの場に参加せず、ただ立ち去っただけ。しかも来た方向は被害者を追いかけるような方向。ついでに君の『奇妙なストレンジストリングス』なら、糸をその場で編み上げて彼女を脅かす何かを作れるはず。糸なら持ち運びも簡単ですしね」


目の色が変わっている。協力者を見る目から、容疑者を見る目に。


「それに君なら可能だですよね。今回の実行の代役をさせられた人…方鐘君、でしたっけ?彼の証言通り、外部から引っ張られる感覚は君の扱う糸なら簡単だ。自分の手に触れる糸を全て想像するだけで思ったように動かせる君なら、人の限界を越えた速度を糸で再現するのは可能ですよね」


「うあ…そ、それは…」


思わず後退りをする。マズい。思いもしない方向に話が進んでいる。しかも全て符合している。


「覚えておいてくださいね。僕は貴方を疑っています。あまり目立つと…どうなるか、わかりますよね」


外に逃げるために手をかけたドアがガタガタと震え、制服の袖口から垂れたささくれた糸に手が触れ、しばらくして…

部屋の中から、人の気配が全て消えた。



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