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11th 嘘の記憶と不在証明

まず来たのは、なんの工夫もない右拳だった。しかし、一つだけおかしいのは、その異常なスピードだ。踏み込みながら身体を捻るそのやり方では、身体が前に流れるために上から打ち下ろす形になるとはいえ、速すぎる。


「っなんなのよ!このスピードは!」


全開の自分とほぼ同等、もしくは少し上くらいだ。


「ハッ!残念だったな。借り物の身体だ、本来の全力のリミッターなんざ外すのは簡単だぜ!」


「自分で自分を壊す気なの!?」


まさにそれは、数日前に中村先輩が語ったことそのままだ。火事場の馬鹿力という諸刃の剣。


「かもな!けどよ、目の前に脅威があるってのに全力出さないでやられるのは不本意だろ!」


言いながら、なんとかかわした右腕を引きつける力を利用して左手を先程と遜色ないスピードで叩きつけてくる。明らかに戦い慣れている動きだ。


(これは…こっちも全力でやらないと)


今までまだどこかに残っていた余裕を全て消す。ここからは、本気だ。


まず、相手のスピードは自分と同じ。つまり、速さはこの相対において勝利への要素とはならない。つまりなにが必要かというと…


(…力強さ?は相手のほうが上だろうし…わかんないな…よし、考えるのはヤメ!)


つくづく自分には頭脳労働は向いていないと自覚する。すぐに思考放棄してしまうのは、もはや癖のレベルだ。


(でも、黒川副会長はそれも個性だって言ってくれたし、きっとそういうものなのよ。大丈夫。ポジティブに行こう!)


言い聞かせながら、自分の能力を使うために言葉を紡ぐ。


「かなり慣れてるね、アンタ!『方鐘恭一』は、荒ごとは苦手だと思ってたけど!」


と叫ぶ。同時に左右の手を握る。手の中で何かが跳ね回るような感触。これで準備は整った。


「だから、てめぇ風情が『僕』を語るんじゃねぇよ!わかったようなフリしやがって、気に食わないんだ!」


今度は左手を引く力を利用した右からの回し蹴り。さらに蹴り足を若干捻って置くことから始まる連蹴。スキは大きいがそのスピードと遠心力もあいまってまさに必殺の蹴りをひたすら避けながら、チャンスを探す。


「おいおいどうした?もうジリ貧か?つまらねぇ奴だなオイ!」


まだ続く蹴りを躱して、ひたすらスキを探す。

そして、見えた。


「そこだっ!」


そこは、彼の左側の奥。右からの回し蹴りを放つ時、一番到達するのが遅く、威力が最も減衰する場所。そこに蹴り足を追いかけるように身体を捻り込む。


「っな!」


驚いた声が上がる。それに重ねるようにして、


「くらえ!」


叫ぶと同時に右手を脇腹に向けて突き出し、ため込んでいた『音』を一気にぶつけた。


脇腹は体の中でもかなり弱いと言っていい。腰骨と肋骨に挟まれて骨がなく、さらに痩せ型の彼は脂肪が薄いため内臓にダメージが届きやすい。そんなところにぶつけたのはいくら音とはいえ自分の声を増幅した衝撃波とも呼べるもの。直後、ドン、とバスがぶつかったような音がして彼が横向きに吹っ飛んだ。


(やった…の?)


息も荒く思考する。手応えは完璧だった。


しかし、彼はあっさりと立ち上がった。


「っっってぇなてめぇ!いい加減にしろやぁっ!」


脇腹を押さえながらも立ち上がり、こちらをにらみ付けた。と、次の瞬間、


「っがぁぁあぁ!てめぇもてめぇだ!おとなしくしてやがれぇ!」


頭を抱えて叫びだす。そのまま地面に伏せてしまう。


「俺じゃなきゃアレには勝てない!わかってんだろうがぁ!」


と、唐突にテレビのチャンネルを切り替えたような音がして、雰囲気が変わった。


「分かってる。勝てないってのは。けどさ、一応僕の相手なんだ。『俺』に邪魔される筋合いは…ない、よね」


そして出てきたのは、理知的な声。豹変する前の方鐘恭一だった。


「いっっ…なにが起きてたっていうんだ…?」


呆然として呟く方鐘に、声をかけてみる。


「あの、えっと、その…大丈夫?」


いきなりにらみ付けられた。


「自分でやっておいてよく言うね。思慮が足りないとか言われたことない?」


浴びせられる辛辣な言葉。けれど、さっきと比べて『怒り』は出てこない。押さえつけているイメージだ。そのまま方鐘は後退り、距離をとる。白樺の木の下で体を少しだけ前に倒し、いつもと同じ偽物の笑顔を作っていた。


「もういいけどね。いくら僕でも、自分に危害を加えるような人にはそれなりの対応をするだけだし。敵わないって言っても、やり方次第でどうとでもなる。弱者の戦い方ってのを、教えてやるさ!」


(くっ…どうしろっていうのよ!)


こちらの話を聞こうという気はまったくないようだ。半ば一方的に対話を切られている気さえする。いきなり苦手な理詰めで追い込まれて、帰っていいかと言われて、かろうじて反撃したらなぜか逆ギレされて暴走されて…


(というか私、とても理不尽な理由で酷いことになってないかしら?)


よくわからない。ぶっちゃけ、私の言動のどこかに彼の神経を逆撫でするようなものがあったのかもしれない。けど、なにがそうなのかわからないし、わかる頭も持ってない。ならば、わかる努力は後でする。ならば今は、

ぶっ叩いて目を覚まさせるだけだ。


「そっちがその気なら…いいわよ。全力で叩き潰してあげる!」


言いながら右手をもう一度握る。左手は今の声をさらに溜めて強化する。


天司型の私の能力、『指揮者コンダクター』だ。周囲の音や声を媒体にして溜め込み、方向性を指定して打ち出す。この場所ではほとんど音がないため、自分の声を媒体にしているけれど。しかし私の場合は能力が強すぎるために融通が利かないのが欠点だ。


「君の能力はある程度分かってる。推測だけどね。『速度』でしょ?自分に使えばあのむちゃくちゃな身体能力が、空気に使えばさっきのような衝撃波が。規格外だね。さすが、生徒会メンバーはだけはある」


唐突に推測を語り、動揺を誘ってくる。けれど、それが的外れの場合、意味はない。


(っていうか、一回食らっただけであそこまで推測できる辺りがすごいわね…)


かなり近い。幸い、当たってはいないので特に問題ないと思うが…


「…違う、って顔してるね。まぁ、候補の中から言わせてもらうと、『衝撃』、『伝達』あとは…『音』、かな。」


候補の中に入ってる。顔に出さないようにしつつ、話を続ける。声すなわち威力だから。


「わかったところでどうするの?いくら制限装置がなくなったからと言っても、あなたの能力は新性型。敵うとは思えないわ」


「言ったでしょ?敵わなくても、やり方はあるって。メガネも壊しちゃったし、後で怒られるだろうけど…その代わり、全力でやらせてもらうよ。…徹底的にね」


「上等じゃないの。なら、やってみなさい!」


木の下にいる相手に、全身を引き絞るようにしてから、反動をつけて一気に殴りかかる。外したら外したで衝撃波を打ち込むつもりだった。ガン、と固いもの同士がぶつかりあう鈍い音がして、手と木肌が触れ合う。どこに、と思って探すと左前方に倒れこむように避けていた。慌てて反対の手を向けた瞬間、


「…かかった!」


会心の笑み。見ると、彼の右手から木の上に延びる銀テープが。直後、上からベタベタした感触が降ってきた。木の幹を叩いた衝撃で落ちてきたのだろうか。頭から被ってしまう。


「っ!何これ!」


しかも量が半端なく多い。全身がベタつくほどだ。なんか変なにおいもするし、粘つく。他には特になにもなく、体を動かしてみるが特に問題はない。握ったままの両手も動く。


(何かよくわからないけれど、粘つく以外は平気そうだ…よし、いける!)


「で?これがどうしたっていうのよ?このくらいなんともないわね。どうしたいの?この程度で」


こちらを伺う彼の両手には、凶暴な黒い塊が一つずつ握られていた。




「かかった!」


そう叫んだと同時、両目を閉じる。


(自我境界線はまだ削れる。制限装置のない今なら、まだ…!)


『鏡』を深くイメージする。木の上から落としたのは、さっき買った木の棒を支えにして、薄い塩化ビニル板に夕暮れの日光を当て鏡に見立てたものだ。さらにそこからデコレーション用の銀テープを使って遠隔発動、ここから特殊な接着剤を浴びせかけることに成功した。同時に身体の脂肪量を感覚で測る。


(まだ…いけそうだな)


ぎしり、と身体が軋み、イメージの鏡の奥に今必要な物を幻視する。いつもなら実物の鏡がないとできないはずだが、今ならできる気がしていた。


(…『足りないものは鏡の向こう』!)


自然と流れ出た言葉が、幻視に実体を確定させる。ゆらり、と陽炎を伴って生み出されたのは、2挺のエアガンだった。


(…できた…!)


素早くポケットから買ったBB弾と弾倉をセットし、スイッチをAUTOに切り替え、構える。どうせ自分に射撃の腕はない。ならば、数で補うだけだ。時間さえ稼げばいい。


銃口を相手に向ける。飛び出すのはあくまでBB弾だが、見た目は本物だ。ハッタリとしては完璧である。


「って、本物…?あなた、正気?」


「一般常識はわきまえてるつもりだけど?…規格外の連中にはわかんないだろうけど、正直過剰防衛でも怖いんだよ。さっき『俺』にくらわせた衝撃波?だって、『俺』の力でかなり減衰させてなおかつ吹っ飛ばされたし、『僕』が受けたらまずほとんど即死クラスでしょ?」


否定して来ないところを見ると、間違いないらしい。校内十本の指に入る能力者に名を連ねてるだけはあるな、と思う。


「だから、これも仕方ないんだ。…また刑期伸びるけど、しょうがないよね。っていうか、メガネ壊した時点でダメだろうけど」


別に構わない、と心の中で続ける。そうでもしないと『僕』は『僕』ていられないから。


「経歴を読ませてもらったけど、何回刑期を伸ばす気よ?自虐趣味でもあるの?」




尋ねたとたん、態度が一変した。また死人が顔をのぞかせる。


「アンタは、母親と父親についての『思い出』ってあるか?」


妙な質問もついてきた。


「…そりゃあ、あるわよ。遊園地に連れていってもらったこととか、旅行先で迷子になったところを見つけてもらったりだとか…いろいろとね」


普通の人なら誰でも持っている、幸せの一つだろう。そう感じつつ、相手を待つ。


「いいよね。そういう人たちは」


死人の目の奥に光るのは、紛れもない理不尽への怒り。


「それがどうしたっていうの!?さっきからわけわかんないよアンタ!」


その目に耐えられなくてついつい語気が荒くなる。あの目は、嫌だ。豹変した『きょういち』が浮かぶ。ちょっとの相対でも、彼の強さは見に染みた。


「経歴を読んだならわかると思うけどさ、僕、両親を亡くしてそのうえ記憶喪失なんだよね」


「だからなんなの!?それはあなたが殺したんだから自業自得でしょう!」


「そう。そうなってるね。記憶も、両親も何もかも無くして目覚めた時にさっきあなたが壊したネックレスを渡しながら言われたよ。両親の意味もわからなくて悲しくはなかったけど…」


でもさ、とそこで彼は一息置いて、


「学校とかに通ったり、監視監督人に一般常識を教わったりしてるうちに、やっと理解したんだ。僕にはもう、誰にも親愛を向けてくれる人が居ないって。自覚したその日はひたすらに泣いた。そしてその時、気付いたんだ。…あのペンダントの裏に『彩』って彫ってあったってことに。繋がりがまだ残っていたってことに」


また、一息。


「最初は、母さんの名前だって思ってた。だからある日、当時の監視監督人に聞いてみたんだ。母さんの名前は彩っていうの?って。そしたら、『いや?違うぞ。君の母親の名前はしずかだ。ふむ、記憶が混濁でもしているのかね?』って言われた。もちろん、それもショックだったけど、同時にもっと恐ろしいことに気がついたんだ…」


「まさか…それって」


半ば確信しながらも否定したくて続ける。


「じゃあ、あなたの両親はどこに…いえ、じゃああなたは…誰?」


「うん。…どうやら僕は、『方鐘恭一』じゃないみたいなんだ」


夕日が血のように赤く全てを染める中、その言葉は奇妙によく響いた。

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