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10th 暴走と隠れた自分

「聞きたいことはとりあえず二つあるわ。一つは、一昨日の事件のこと。もう一つは、あの時生徒会で言った、同族嫌悪の意味。聞きたいのはこれだけよ」


「ぶっちゃけ、僕に答える理由はないと思うけど。事件自体は僕を容疑者から外したし、そうなると高垣さんの追及は的外れになる。もう一つのほうは、それこそ答える理由がない。それとも、個人的なことにすら介入するのが生徒会なのか?監視対象の僕が言うのもなんだけどプライバシーの侵害だよね」


そうだけど…と相手の気勢が削がれたのをみて、さらに追い討ちをかける。


「っていうか一つ目の質問だって答える義務はないよね?僕はまだ容疑者だけど、少なくとも生徒会では逆に被害者だって結論は出た。つまりここに来る事自体が僕の善意の扱いになるよね…」


そして、義務を盾にした最後の一言を告げた。


「つまり、僕がここにいる理由は全くない。帰っていいかな?」


「それは…っ!」


相手が絶句する。というか、これであきらめてくれないとこちらは手詰まりだ。能力で勝てる訳もなく(というか知らない)、念のための手もあるがあまり確実性がないしで、逃げられるなら逃げたいのが本音なのだ。ところが彼女はいきなりこちらを睨んで叫んだ。


「なら!あなたも私に見せなさいよ。あの事件に関して自分は一切無実だっていう証拠を!」


しまった、と思った。こちらが理詰めで一気に仕掛ければあっさりあきらめてくれるかと思っていたとたんこれだ。そして、僕には証拠がない。事件の犯人だ、という証拠の無さ、を切り札にしたというのに、逆にそれを逆手に取られた形だ。


「ほらね。やっぱりあなたは関わってない証明がないのよ。しばらく付き合ってもらうわ」


勝ち誇った笑顔。その純粋さの中に、僕の同族の証は一片たりとも見えなくて。それが、あまりにも腹立たしくて。


「それでも嫌だ、って言ったら?」


反抗してしまった。


「なら、力ずくでも話してもらわないといけなくなるわ。おとなしく従って。なるべく力は使いたくないの」


その、言葉に。

対等であることすら放棄し、ただただ自分に従わせようとするその姿が、今までの監視監督人たちと重なって。

その、僕たちを人として扱うことすら止める姿が、施設の大人たちと重なって。


頭の中が、絶望の黒でもあきらめの白でもない、自分の根源から沸き立つ怒りで、真っ赤に染まった。





「なるべく力は使いたくないの」


その言葉を発した直後、方鐘の動きの一切が停止した。長いグレーのコートのみが、視界の中で揺れている。


(反応がない…?言い過ぎた、ってことはないはずだから、様子を見るしか…)


と思考を巡らせたちょうどその時、聞き取れるか聞き取れないかギリギリのラインを這うような声が聞こえた。


「アンタらはいつもそうなんだ。僕らが思い通りにならないとわかるとすぐ実力行使に出る。いつだって、絶対に、必ず…抗えないと分かって、それでも強制して、ずっと…」


怒りが籠っている。いや、それだけじゃない。声に込められていたのは、恨み。苦しみ。嫉妬。悲しみ。懇願。そしてそれらを全て繋げる、明らかに許容範囲を超えた、狂気。こんなのを一人で抱え込んでいたら、いつか確実に…


崩壊、する。


どうにかしなければ、と思う心と裏腹に身体が拒否する。近付きたくない。こんなの、危険過ぎる。


「別に構わないさ。少なくとも僕は慣れてるし、いつもこうなるのは分かってることで、僕には口を挟む権利も挟める能力もない。けど、さ」


下を向いていた顔が、上を向く。そこには私の嫌うあの作り物の笑顔じゃなく、かといって、嫌いだ、と宣言した時の虚を突かれた顔でもなく、まるで全てが抜け落ちて何もかも亡くしたような、死人の無表情だった。


それが、まるで突き破られるように変化した。


「何も知らないアンタなんかに!僕が今まで繕ってきた全部を否定されて!黙ってられるかっ!」


それは、天に届けとばかりに叫ぶ怒声。彼の纏う柔和な雰囲気が一変する。ブツリ、と異様な音が辺りに響いた直後、そこに居たのはまったく違うなにかだった。


「死ね、とは言わない。撤回しろ、とも言わない。ただ今のアンタは僕にとって不快以外の何者でもナい。今までアンタ達が他人にソうなるヨうに押し付ケテきたよウに…

消エロ。」


言葉の発音がおかしい。理性ではなく、精神が崩壊しようとしている。


(これじゃあまるで…)


暴走、の一言が脳裏を過ぎる。自分も経験したことがあるから分かる。圧倒的な感情の奔流に全てが押し流され、その空白にも感情が流れこむ。これは対抗できるものじゃない。純然たる感情の暴力だ。


「今まデずっと我慢シてキたけど、モウ嫌ダ。全部マトめて、何もカモブチコワシテやる!」


たがの外れた咆哮が傾いた太陽を砕けとばかりに響く。半ば掠れかけているはずの声なのに、異様な音律を持ってこちらに届いてくる。


(止めなきゃ…でも、どうしたら?)


私の力は対物向けだ。人に向けたらかなり危険。いや、むしろ危険過ぎだ。威力が強く、加減が効きにくい。


(でも、やらなくちゃ!)


無理に自分を振るい立たせる。

あのままではいずれ行き着くところまで行った挙げ句、自壊してしまう。

そしてその先にあるのは、力の無秩序な放出。彼は確か、新性しんせい型でランクは制限下ではDマイナスだが本来はAマイナス。私は天司あまつかさ型のAプラスだから素でなら確実に勝てるはずだ。けれど、滅多にない新性の原型で、更に暴走中。不安定だが時には限界を越えて発動することさえある。つまり、やってみるまでわからない。なら…


(恐れる理由なんかない。よし!)


気合一発。考えるのは苦手だ。


(先手っ…必勝!)


右足から全力で踏み込む。相手は感情に溺れ、反応は鈍いはず。ならば一撃で決めてしまえば大丈夫だ。その瞬間判断の元の一発で、攻撃の向きもなにもかも直前に作ったもの。かわそうにもかわせないはずだ。


(一撃必討っ!)


そして、その言葉通りになるべき右手は彼の胸の青緑色のペンダントを砕いただけであっさりと空間を切り裂いた。



「恐ろしいくらいに高速だな。稀人系の能力だったのか?で、それでどうしたいんだ?」


渾身の一撃を掠らせて避ける、その瞬間に囁かれた理性的な声に、冷水をぶっかけられたような気分になる。発音も狂っていない。完全に、正気だ。


「まさか、俺が引きずり出されるなんてな。『僕』も、なかなかヤルじゃねぇか。『原型』の制限は掛かったまんまだが…ま、機械はどうにもならんか。どうせ俺には原型なんぞいらねぇし、放置しとこ」


口調も変わっている。もはや完全に別人だ。稀人まれひとというのは、能力の大まかな分類の一つだ。自分に効果を及ぼす能力者はこう呼ばれる。

ちなみに、他には自分以外に効果を及ぼす天司あまつかさ、そしてどれにも属さない、新性しんせいの3つに分かれている。大まかに分類するとこうなるわけだ。


「あなた…いったい誰?」


そう問い掛けると、その男はまるで今し方こちらに気付いたようにきょとんとしてこちらを見た。


「ん?ああ、俺?そりゃもちろん『方鐘きょういち』だろ。見て判んないか?」


確かに見た目はそうだが、纏う雰囲気が全く違う。豹変する前はどちらかといえば冷たく鋭利な印象だったが、今は火がつく寸前の爆弾のようなイメージを受ける。


「…違う。あなたは方鐘恭一じゃない」


「は?『僕』をロクに知らないアンタ風情に判別がつくってか?笑わせる。判断材料を是非教えてもらいたいもんだな」


「そ、それは…」


ない。具体的にと言われると、見つからない。私よりつきあいの長いレイちゃんや月島なら言えるかもしれないが、私には無理だ。


「ま、無理だろうな。少なくとも一方的な決め付けと疑いの目でしか見てないアンタには無理だ。『自我』には『影』の気持ちなんか分かるわけない。ましてや、その上に傲慢と驕りを抱えてちゃどうしようもない」


「くっ…」


反論できない。光が陰を理解できないように、『自我』、つまり人格の陽の部分が、『影』、つまり陰の側を理解するのは難しい。なにせ自分と同じになるように変わる何かを理解するのは、自分を理解するのと同じなのだから。『自我』は『自己』の一部分でしかないから。


「ま、『傲慢』も『驕り』も、あの7つに連なるだけで、本体じゃないしな。過剰にならないならいいんじゃないか?つってもその内一つは俺なんだがな」


と、訳のわからないことを言いながら右手を伸ばして制限装置のメガネを外し、それを握り締めて何事かを呟いた。すると、いきなりメガネが細かく砕け散る。


「ま、逆流能力スピンオフを使いながらとはいえ俺同格の身体能力がある奴なんざ久しぶりだ。A Aプラスくらいと見る。おお、さすが『僕』。分析する力は並じゃねぇな。というわけで、だ…」


と、息と言葉を溜めて、


「勝手に人を起こしやがって!何様のつもりだ、あぁ!人格封印用の箱ごとぶっこわしやがって!てめぇは、人一人廃人にする気か!ふざけんな!しかもよりにもよって暴走しかけただろうが!俺が直前で目覚めて入れ替わらなかったら『僕』が原型に呑まれて消える所だったっての!」


爆発、した。と同時に、こちらを小馬鹿にしたような笑みは歪み、阿修羅のような怒りを顔に描き出す。


「過ぎちまったもんはしょうがねぇ。いまさらどうこうできるものでもないしな。けれど、てめぇには俺の相手をしてもらうぜ。まさか人を怒らせておいて、タダで済むと思ってないだろうな?

この行き着く先のない連綿と蓄積されてきた『噴怒』、一時の手慰みどころで済むと思うな!」


暴走していた時よりも圧倒的に危険な気配が、物理的に襲いかかってきた。

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