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あなたの剣になりたい  作者: 四季
7.親子の外出、それと遭遇
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episode.98 高齢男性

 扉を開けて、室内に入る。

 そこには、ベッドに横たわっているデスタンと、不安げに寄り添うリゴールの姿があった。


「エアリ!」


 リゴールは一瞬警戒心を露わにした。が、扉を開けたのが私だと気づくと、その顔面に安堵の色を滲ませる。


「大丈夫!?」


 私が彼へ駆け寄るのとほぼ同時に、彼も私に駆け寄ってきた。


「はい! しかし、なぜここが?」

「バッサが教えてくれたの」

「そうでしたか! ……無事で何よりです」


 少しして、リゴールは私の手元へ視線を落とす。そうして剣を目にし、ハッとしたような顔をする。


「もしかして……既に敵と?」

「えぇ、少しだけね」

「それは……申し訳ありません。エアリに戦わせるようなことになってしまって」


 泣き出しそうな顔をするリゴールに、私は、首を横に振りながら「気にしないで」と言っておいた。リゴールに罪の意識を持ってほしくはないからである。


 その頃になって、扉が再び開く。


 駆け込んできたのはバッサ。


「失礼しますよ!」

「バッサ!」

「エアリお嬢様、やはりこちらに」


 バッサはスムーズな足取りで寄ってきて、私の左手首を掴む。


「安全なところへ避難しましょう」

「無理よ。できないわ」

「エアリお嬢様、どうか……」

「私はここから離れないわ」


 リゴールと離れる気はない。

 たとえ、自分の身を護るためであったとしても。


 そう心を決め、私はバッサをじっと見つめる。すると、十秒ほどの沈黙の後、バッサは口を開いた。


「……分かりました。では、バッサもここに待機しておきます」


 呆れた、というような顔をされてしまっている。けれどそれで問題はない。むしろ、呆れられるくらいで済むならありがたいくらいだ。


「ありがとう!」

「ただし、このようなワガママはこれきりにして下さいよ」

「分かってる! 分かってるわ、バッサ!」


 私は何度も大きく頷く。

 ワガママはこれきりにする——そんな約束、果たせるわけがないけれど。



 リゴールらがいる部屋へ着き、バッサとも合流して、十分ほどが経過しただろうか。

 何の前触れもなく、突如扉が開いた。


 ——否、厳密には、吹き飛んだ。


「なっ……!」


 埃が舞い上がる。

 リゴールの顔は一瞬にして強張る。


「何事です、王子」

「デスタンはそこで寝ていて下さい」

「承知しました」


 やがて、埃の舞い上がりが落ち着き、視界が晴れる。

 するとそこには、高齢と思われる男性が立っていた。


 しわの多い額や皮が(たる)んだ頬が年を感じさせる男性だ。背はさほど高くなく、手足は痩せ細っていて、杖をついている。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ」


 高齢の男性は、攻撃を仕掛けてくるでもなく、文章を話すでもなく、ゆったりとした笑い声だけを発している。


 リゴールは本を取り出し、戦闘準備を整えつつ、怪訝な顔をした。

 海のような色をした二つの瞳は、高齢男性をじっと捉えている。


「何者ですか」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ふぉ」


 警戒心を隠そうともせず、高齢男性へ問いを投げかけるリゴール。しかし高齢男性は何も答えなかった。いや、答えなかった、などという次元の話ではない。彼はそもそも、「ふぉ」以外の音を、まだ一度も発していないのだから。


「名乗りなさい!」


 リゴールは調子を強める。

 だが、高齢男性はニヤニヤするだけ。


 このような調子では、高齢男性の正体は一向に分からないだろう。それでは、対話すべきなのか力を以て倒すべきなのかも決められない。


「彼は敵なの? リゴール」

「……恐らくは」

「ブラックスターの手の者?」

「そうと思われます、しかし……」


 リゴールは眉をひそめている。


「しかし?」

「会ったことはないので、詳しいところまではよく分かりません」


 控えめな口調でそう言って、リゴールは高齢男性の方を向く。さらに、視線を高齢男性へ集中させ、手に持っていた本を開く。


「敵意がないなら名乗りなさい。名乗らぬなら、敵意があるものと見なします」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉふぉ、ふぉぉ、ふぉ」


 リゴールは目を細める。


「……参ります」


 直後、持っている本の紙面から黄金の光が湧く。

 直視したら目を傷めそうなほど、目映い輝き。それは、宙に弧を描き、じっとしている高齢男性に向かって飛んでいく。


 いくつもの黄金の弧が高齢男性を襲う——直前。


 高齢男性が初めて動いた。

 杖の先をリゴールへ向けたのだ。


「リゴール!」

「……分かっています!」


 杖の先端より放たれるは、銀の刃。


 リゴールは咄嗟に自身の前へ防御膜を張る。

 黄金の膜が刃をギリギリのところで防いだ。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ。ふぉふぉふぉふぉ、ふぉ」


 防がれてもなお、高齢男性は笑っていた。しかも、とても穏やかな笑い方だ。しわがれてはいるが、綿菓子のように軽やかな、不思議な声である。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ」


 高齢男性は杖をつきながら、ゆっくり、私たちがいる方へと近づいてくる。

 一歩。二歩。そんな風に足を進める速度は、非常にゆっくりで。しかし、そのゆっくりさが、逆に恐怖心を掻き立ててくる。


「ふぉ!」


 突如、男性はまたしても銀の刃を飛ばしてきた。

 私は半ば無意識のうちにリゴールと高齢男性の間に飛び込み、剣を振って刃を弾き返す。


 ——が、大きく振り過ぎて、隙が生まれてしまった。


「……っ!」


 高齢男性の口角がほんの僅かに持ち上がるのが、スローモーションのように見える。


 このままでは駄目だ。

 そう思った瞬間。


 男性とは逆の方向から、黄金の光が迫ってきていることに気づく。


「え……」


 黄金の光は私へ向かっている。


 なぜ?

 高齢男性にではなく?


 リゴールにそんなことを問う暇はなく。


 黄金の光は私に命中。私の体を遠くへ飛ばした。


 私の体は制御不能な勢いで宙を飛び、一瞬にして床に落ちる。頭からの落下は何とか防ぐことはできたが、肩から床へ落ちたため、右肩を強打してしまった。


 これは、普通に痛い。


「ちょっとリゴール、何を!?」

「申し訳ありませんエアリ! わたくしはただ、エアリが怪我させられてはいけないと……!」


 いやいや。魔法をぶち当てておいて、そんなことを言われても。


 ただ、リゴールの行動によって高齢男性からの攻撃をかわせたということは、事実だ。

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