episode.92 芸
渋みはなく、香りは良い。そして、微かに甘ささえ感じられるようなアイスティー。
これだけハイクオリティな紅茶なら、エトーリアがいつも頼むというのもよく分かる。実際、私も機会があればまた頼もうと思ったくらいの、良い味だったから。
こうして『ミンカフェ』で飲み物を楽しんだ私たちは、体が休まったところで、別の場所へ行ってみることになった。
再びクレアの街を歩き出し、最初に立ち寄ったのはガラス細工の店。透明なガラス越しに色とりどりのガラス細工が見えるという、幻想的でとても素敵な店構えだった。
「どう? エアリ。素敵なところでしょう?」
「綺麗だわ!」
人はいない。
けれども、とても華やかな店内だ。
赤、黄、緑、青、紫。
もちろんそれだけではないが、本当に様々な色のガラスが、棚に並べられている。
触れたら壊れてしまいそう。
けれど、それゆえ美しい。
私は店内を見て回りながら、そんなことを思ったりした。
「ようこそ! ここはビーズアクセサリーのお店なの!」
美しいが寂れたガラス細工の店を出て、次に入ったのは、一軒家の一階を改造したような店。人の頭くらいの大きさのハートが一個彫り込まれた扉を開け、中へ入ると、二十歳少し手前ぐらいと思われる少女が元気に迎えてくれた。
「素敵なお店ですね」
エトーリアが軽く褒めると、少女は自慢げに胸を張る。
「あたしの作品がたくさんあるの! ぜひ見ていってほしいの! 全部売ってるの!」
店内にはテーブルや棚があり、そこにビーズアクセサリーが飾られている。陳列の仕方自体は、先ほどのガラス細工店とよく似ている。
ただ、ガラス細工店と違うところもあり。
それは、店内に私たち以外にも人がいることである。
「見て、エアリ。これなんて素敵じゃない?」
「何これ……蛇の正面?」
「ふくろうよ。値札にフクロウって書いてあるもの」
そんな話をしながら、エトーリアと店内を見て回る。
ビーズアクセサリーと聞くと可愛い系のイメージが強かったのだが、この店に陳列されているビーズアクセサリーは可愛い物ばかりではなかった。
暖色系の花やリボン、ハート、小型犬など愛らしいモチーフも多い。が、それとは対照的に、骨付き肉やサソリなど可愛くはないモチーフの物もある。
ただ、そういったセンスも嫌いではない。
可愛いのは良いけれど、やや渋い物もある方が幅が感じられて、私は好きだ。
「エアリ、何がいい?」
「……私?」
「そうよ。気に入った物があったら言ってちょうだい。プレゼントとして買うわ」
買うことを前提に見ていなかった。
「見るだけで大丈夫よ、母さん」
「気に入るのがなかった?」
「いいえ。素敵な物はたくさんあるの。けど、買ってもらうなんて申し訳なくて」
するとエトーリアは、ぷっ、と吹き出す。
「エアリったら、おかしいわね」
笑われてしまった。
「リゴール王子に似てきたんじゃない?」
「そうかしら」
「だって、エアリそんなに遠慮がちだった?」
言われてみれば、そうかもしれない。
傍にいる人の影響を受けるというのは、よくあることだ。それを考えると、私がリゴールの影響を受けているという可能性もないことはない。
「それもそうね。母さんの言う通りかもしれない」
静かにそう言うと、エトーリアは控えめに笑みをこぼす。それから、小さな声で「じゃ、わたしが選んでプレゼントするわね!」と言った。
私たちには思い出が少ない。
けれど、思い出は今から作っていけばいい。
母と娘であるという事実が変わることはないのだから。
「もうすぐ始まるって!」
「ええっ! 行く行く!」
エトーリアが選んだビーズアクセサリーの入った紙袋を受け取り、二人並んで歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。話し声の主たちの方へ視線を向けると、走っていく少年少女の背中が見える。
「あっちは広場の方ね。広場で何かやってるのかしら」
エトーリアが呟いた。
そんな彼女に、私は問う。
「見に行ってみる? 母さん」
その問いに、エトーリアは強く頷く。一回だけではあったが、はっきりした動きだった。
意見が一致した私とエトーリアは、早速、広場へと足を進める。
広場には人だかりができていた。
人だかりは、少年少女が主だが、中には成人男性やバッサくらいのおばさんも交ざっている。また、日向ぼっこ中の老人かなというようなおじいさんも、一人二人紛れていた。
「何なのかしら? よく見えないわね」
エトーリアが先に足を進め、人だかりへ接近していく。
私はその背を追う。
やがて、人だかりの向こう側にいる人物の姿が隙間から見え——衝撃を受ける。
人だかりの中心いたのが、グラネイトとウェスタだったから。
「……ぎっくり腰」
「はぅあ!」
「……腰痛」
「ふ、ふふふふふぅ」
「……健康的なポーズ」
「ふははははーっ!」
ウェスタがキーワードを呟き、グラネイトがそれに合った芸を疲労するという奇妙な会が、堂々と開催されていた。
グラネイトの振る舞いはかなり珍妙なものだが、少年少女は爆笑している。私からしてみればただの変な会。ただ、若い世代には意外と人気があるみたいだ。
「……美男子」
「ふっ」
「……ナルシスト」
「ぐはは! 見よ! 我がかっこよさを!」
グラネイトの奇妙過ぎる芸を目にしてしまったエトーリアは、完全に固まっていた。
「……卵」
「つるんっ。つるっ。つるつるつつつつつるるんっ」
「……こむら返り」
「あだっ!! あたっ、あた、あたっ、あだだだだァッ!!」
わはは、と、人だかりが笑う。
何が笑いを起こしているのかよく分からない。ただ一つ分かるのは、グラネイトの体を張った芸が人気だということ。
「……散歩」
「のしのし、のしのし、のしのしのし」
「……つまづいた人」
「あっ、ぶばっ!」
グラネイトは身を引くと言ってくれていたし、ウェスタはリゴール奪還に協力してくれた。だから、ブラックスターへは戻っていないのだろうなとは思っていた。
が、まさか二人揃ってこんなことをしているとは。




