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あなたの剣になりたい  作者: 四季
6.黒の世界と、大切なもの
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episode.87 護れるのは、貴女だけ

 母の手のように優しい風が、木々を揺らし、頬を撫でる。

 気づけば私たちは、地上界へ戻ってきていた。


「……到着」


 呟くのは、ウェスタ。


 傍には、面に戸惑いの色を浮かべたリゴールと、仰向けに横たわっているデスタンの姿があった。

 全員帰ってくることができたようだ。


「ウェスタさん、ここは?」

「……貴女の屋敷の近く」

「もうそんなところまで!?」

「そう」


 デスタンの体を抱き上げるウェスタ。


「兄さんを……貴女の屋敷へ連れていく」

「そうね!」



 こうして、私たちは四人は、屋敷へ戻った。


 屋敷に戻るや否や、私たちのことを心配してくれていたエトーリアが飛び出してきて。さらにその後、バッサやリョウカとも再会した。


 デスタンはエトーリアが呼んでくれた医者による治療。リゴールもついでに確認。そして私は、赤く染まった服を着替えた後、リョウカと二人、別室で待機。


「もー、エアリったら! 心配したよ!」

「ごめんなさい、リョウカ」


 椅子に腰掛け、バッサが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、リョウカと話す。ようやく戻ってきた、穏やかな日常。素晴らしい。


「入ってきた賊たちは、まとめて地区警備兵に差し出してきておいたからねっ」


 リョウカの溌剌とした笑みに癒やされる。


「そうだったの。ありがとう」

「うんっ」

「あ、そういえば。リョウカに教わった剣術、少し役に立ったわ」


 そう言って、ふと思い出す。


 紅の飛沫が散る光景を。


 鮮明に。生々しく。

 あの瞬間の光景は、今でも脳にこびりついている。


「……っ」


 思い出したくない記憶を思い出し、吐き気が込み上げる。


「エアリ?」


 胃が熱くなる。気を抜いたら口から何かを出してしまいそうな、そんな感覚。弱いところを見せたくはないが、こればかりはどうしようもない。


「エアリ!?」


 リョウカが不安げに叫ぶ。

 でも、答えられない。


「急にどうしたの? 大丈夫?」


 何か返したいのに、うんともすんとも言えなくて。


「エアリ! エアリ!?」


 駄目だ。動けない。返事もできない。

 今私は、込み上げる嫌な感覚に支配されていた。



 ——気がついた時、私は、自室のベッドに横たえられていた。


「気がついたのね、エアリ」

「大丈夫っ!?」


 ベッドの脇にはエトーリアとリョウカ。


「……母さん、リョウカ……」


 重い瞼を持ち上げながら言う。

 胃から何かが込み上げるような嫌な感覚は、既に消えていた。ただ、なんとなく体が重い。


「何があったの? エアリ」

「……分からないわ」


 不安げな表情のエトーリアが放った問いに、はっきりとは答えられなかった。


「思い出したくない光景を思い出して……それで……」

「そう。そういうことなら仕方ないわね。思い出したくないことは、誰にだってあるものだものね」


 エトーリアはすっと立ち上がる。


「じゃ、そろそろ失礼するわ」

「母さん……」

「用があればいつでも呼んでちょうだい、エアリ」

「……えぇ」


 エトーリアはあっという間に部屋を出ていってしまう。


 待って、なんて声をかける時間はなくて。本当はもう少し傍にいてほしいと思ったりしたけれど、言えなかった。


 室内に一人残ってくれているリョウカに対し、謝罪する。


「迷惑かけたんじゃない? ごめんなさい」


 しかしリョウカは、首を左右に動かす。


「ううん。気にしないで。困った時はお互い様だよ」


 彼女の言葉に、私は救われた。


「ありがとう、リョウカ」

「ううん」

「それでも、ありがとうって言わせて」


 するとリョウカは少し驚いたような顔をして。


「う、うん。そこまで言うなら……ありがとうって言っていいよ」


 彼女は少し戸惑っているようだ。もしかしたら、私の言い方は不自然だったかもしれない。



 その日の夜。

 私はデスタンの部屋を訪ね、そこで初めて彼の容態を耳にした。


「そんな……元通りにはならない……?」

「はい」

「そんなことって……」


 医者から「日常生活はともかく、運動できるところまで回復するかどうかは分からない」と告げられたという事実を明かしたのは、外の誰でもない、彼自身であった。


 残酷な現実と対峙しているというのに、デスタンは、不自然なくらい落ち着いている。明確な原因は分からず、希望なき未来を告げられたのだから、少しくらい取り乱しても良さそうなものなのだが。


「こうして話すことができているだけ、幸運です」

「……でも」

「暗い顔をしないで下さい。同情は必要ありません」


 デスタンはうつ伏せでベッドに寝ながら、静かな調子で発する。


「貴方は……平気なの?」

「当然の報いと言えるでしょう」

「……どうしてそんなに冷静でいられるのよ」


 なぜ淡々としていられるのか分からない。私には、彼が理解できない。


「それは……いずれこうなると分かっていたからです」

「動けなくなると、予感していたというの?」


 デスタンの黄色い瞳に宿る凛々しい光は消えていない。ただ攻撃性は低い。日頃より、ほんの少し大人しい雰囲気だ。


「……いえ。そこまで分かっていたわけではありません。ただ、いずれ何かしらの形で報いを受けるだろうということは、分かっていました。……想定の範囲内です」



 室内には、私とデスタンだけ。

 言葉にならない静けさだ。


「そう……だったのね」


 私が返せる言葉は、そのくらいしかない。聡明な人間であれば、もっと気の利いた言葉を見つけられるのかもしれないが、今の私には無理だ。


「これからは、王子を頼みます」

「え……わ、私?」

「はい。今の貴女なら、王子を護ることができるはずです」


 いきなりそんなことを言われても、困ってしまう。


「……まだ無理よ、そんなの」

「できます」

「……けど!」

「王子を護れるのは、貴女だけですから」


 そんな風に言われたら、断れない。

 私がやらなければ! と思ってしまいそうになる。


「今日は妙に私を信頼してくれているのね、不気味だわ」

「不気味? 失礼な。私はただ、いつでも自分に正直なだけです」

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