表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
6.黒の世界と、大切なもの
87/206

episode.86 奪還作戦の行方

 剣使いの兵を倒したリゴールは、地面に横たわっているデスタンへ駆け寄る。


「デスタン! 起きて下さい! デスタンッ!」


 倒れているデスタンの周囲には、赤い飛沫が散っている。しかしリゴールはそんなことは気にせず、デスタンの体を左右に揺さぶる。


 それでも、デスタンの体は動かない。

 リゴールの青い瞳には、涙の粒が浮かんでいた。


「デスタン! 返事をして下さい!」


 早くここから離れなければ。もたもたしていては捕まってしまう。捕まったりなんかすれば、ここまでの頑張りが水の泡だ。


 ——でも。


 だからといってデスタンを見捨てるわけにもいかないし、そんな選択はリゴールが許さないだろう。


 私はひとまず、リゴールとデスタンの方へ駆け寄る。

 すると、リゴールが今にも泣き出しそうな目でこちらを見てきた。


「エ、エアリ……ど、どうし……」

「反応がないの?」

「は、はい……」


 リゴールは震えていた。

 指先も肩も、瞳も、声も。


 きっと、とても不安なのだろう。


 デスタンはあくまでリゴールの護衛。けれど、すべてを失ったリゴールにとっては、家族のような存在でもあっただろう。そのデスタンが倒れてしまったのだ、落ち着いていられないのも分からないではない。


「リゴール。彼を持ち上げられる?」

「え……」

「できる?」


 二度目に問った時、リゴールは手の甲で目元を拭って頷いた。


「……はい」


 彼の目元はいまだに潤んでいるし、頬にも涙の粒が通った跡が残っている。だが、それでも彼の心は、完全に折れきってはいないようで。青い双眸には、悲しみと懸命に戦おうとしているような色が浮かんでいた。


「私も手伝うわ。なるべく静かに、持ち上げて」


 剣をペンダントに戻し、自分の首にかける。


「はい」


 私は頭部側を、リゴールは足の方を、それぞれ持つ。

 そうして、脱力したデスタンの体を協力しながら持ち上げる。


 デスタンは成人男性だ、そこそこ重いだろうな——そう覚悟してはいたのだが、彼の体は、私が想像していたよりずっと重かった。


 リゴールと協力して、やっと、何とか宙に浮かせることができる。

 そのくらい、重い。


 脱力している人間の重さは、その人の普段の重さより、ずっと重い。それはいつかバッサから習った。けれど、まさかここまで重いとは。


「持ち上がりましたが……これで、どう、するのです……?」

「脱出するのよ」

「だ、だっしゅ……!?」


 眉を寄せ、目を丸くし、口を大きく開いて。

 まさに驚いている人! というような顔をするリゴール。


「急ぐわよ」

「え、えっ……しかし……」

「いいから」


 そう言って、歩き出す。

 リゴールは顔面に戸惑いの色を浮かべたまま、それについてきてくれた。



 あと十歩ほどで処刑場を出られる、という時。

 正面から一人の兵が駆けてきた。


 上の尖った帽子を被った、軽装の男性兵士。手には槍。


「賊め! 逃がさん!」


 勇ましく叫ぶ彼の目が捉えているのは、私。

 どうやら、私を倒したくて仕方がないようだ。


「き、来ますよ! エアリ!」


 後ろでリゴールが発する。私は「分かってるわ!」と返し、持っていたデスタンの肩を地面へそっと置く。そしてすぐにペンダントを手に取り、剣へと変化させる。


「覚悟しろ! 女!」


 それはこっちのセリフよ。


 心の中で、言ってやる。


 彼は仲間の兵を斬られて私を憎んでいるのかもしれないが、こちらとてデスタンを斬られているのだ。


 どちらが悪いなんて言えない。

 こればかりは、お相子。


 兵は接近しきるより早く槍を振る。柄の長さを活かした攻撃だ。

 こちらも負けじと剣を振り、槍の先を弾き返す。


 もうじき、兵本体が攻撃可能範囲に入る。そうなれば、もうこちらのもの。


「おおお!」


 興奮状態の兵は、こちらから攻撃できる範囲に入ることも厭わず、考えなしに突っ込んでくる。


 ——迷うな。


 自身に言い聞かせ、私は剣を振った。


 紅は散る。その飛沫は、この身さえも濡らす。剣の先は痛々しいほどに染まるけれど、今だけは、何も感じない。


 兵はその場にずしゃりと倒れ込んだ。


「……お見、事……」


 背後から聞こえた掠れた声に驚き、振り返る。

 すると、仰向けに横たわっているデスタンの瞼が、ほんの少しだけ開いていた。


「デスタンさん!」

「……今の、は……なかなかです……」

「気がついたの!」


 私は彼に駆け寄る。

 そして、リゴールの方へ視線を向けた。


 リゴールの瞳は今にも涙が溢れ出そうなほどに湿っている。が、彼の表情は、直前までより明るいものに変わっていた。希望の感じられる顔つきだ。


 それから私は、再び、デスタンの方へ視線を戻す。


「動ける?」


 そう問うと、彼は考えるように黙った。

 それから五秒ほどが経ち、目を細めて「いえ」と答える。


「動けないの?」

「……はい」


 デスタンは気まずそうな顔をする。それを見て、私も気まずいような気分になってしまう。そして訪れる、ほんの数秒の沈黙。


 やがてそれを、リゴールが破った。


「引き上げましょう……エアリ……」


 そうだ。

 のんびりしている時間はない。


「えぇ。じゃあデスタンさん、少し運——」


 言いかけた、刹那。


「その必要はない」


 そんな風に述べる女性の声を聞き、顔を上げる。

 声の主はウェスタだった。

 いつの間に処刑場内へ戻ってきたのか。まったく気づかなかった。


「ウェスタさん」

「……ここから直接、あちらへ飛べばいい」


 彼女は静かにそう言って、仰向きに横たわっているデスタンのすぐ傍へ行く。そして、しゃがみ込む。そうして、指を揃えた手をデスタンの体に当ててから、私とリゴールへ「準備して」と指示を出した。


 私は彼女の片腕をそっと掴み、怪訝な顔をしているリゴールにも、同じことをするよう促す。と、彼は素直にそれに従った。


「脱出する」


 ウェスタは呟く。


 こうして、私たちは処刑場から去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ