episode.80 かつて異なる道を選んだ
エアリとリゴールがブラックスターへ連れていかれていた、その頃。
侵入してきた賊をすべて片付けたデスタンは、騒ぎの直前リゴールがエアリの部屋に行っていたことをバッサから聞き、エアリの部屋へ駆け込んだ。
だが、室内に人の気配はなく、エアリの剣とリゴールの本が床に落ちているだけだった。
その光景を目にしたデスタンは、顔をしかめ、一人呟く。
「遅かった、か……」
数秒後、リョウカが入室してくる。
「二人は!?」
「どうやら連れ去られてしまったようです」
デスタンの返答に、リョウカは肩を落とす。
「そんな……」
落ち込んだ様子の彼女には目もくれず、本と剣を広い集めるデスタン。
数秒後、リョウカは彼の背中に問う。
「で、これからどうする!? 探しに行く!?」
デスタンはすぐには答えない。
なかなか答えが返ってこないことに苛立ったリョウカは、叫ぶ。
「ちょっと! エアリたちが心配じゃないの!?」
リョウカはデスタンにツカツカと歩み寄り、彼の肩をガッと掴む。
「ねぇっ!!」
直後、デスタンは振り向く。
彼はリョウカを睨んでいた。凄まじい形相で。
これには、さすがのリョウカも怯む。
「黙れ」
親の仇でも睨んでいるかのような、目つき。
地獄の底から湧き出たかのような、声色。
それらをいきなり目にしてしまったリョウカは、顔をこばわらせ、デスタンの肩から手を離す。そしてそのまま、一歩、二歩と、後退した。
「な……」
リョウカの声は震えていた。
「一体何なのっ……!?」
しかし、その数秒後には、普段のデスタンに戻った。
「失礼。二人を探してきます」
デスタンの様子が、またしても変わった。そのことに、リョウカは戸惑いを隠せていない。彼女は、何がどうなっているのか分からない、というような顔をしている。
しかしデスタンはというと、そんなことはまったく気にかけていない。
先ほど拾った、剣から戻ったペンダントとリゴールの本を手に、体の向きを反転させる。そして、そのまま扉に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」
エアリの部屋から退室すべく歩き出したデスタンの背を追って、リョウカも足を動かし始める。
「無視しないでよ! もう!」
デスタンに振り回され続けるリョウカだった。
屋敷の外は静かかつ穏やか。人通りはほとんどなく、近くに馬車を置いておく小屋があるだけだ。その他にあるのは、自然だけ。
リゴールやエアリを拐われ悶々としていたデスタンは、一人、屋敷の外を歩き回る。
何か痕跡がないかを調べるという意味も兼ねて。
侵入してきた賊の中で落命してはいない者たちの見張りは、リョウカに任せてきた。
人間誰しも、すべてを一人でこなすことはできない。が、賊の見張りなどという危険な役割を、バッサら一般人に頼むことは難しい。
それゆえ、デスタンは、見張りを引き受けてくれたリョウカには感謝している。
ただ、感謝はしているが、共に行動したいとは思っていないようだ。それは、もしかしたら、デスタンの胸の内に「無関係な者を巻き込みたくない」という思いがあったからかもしれない。
単に誰かと行動することが苦手なだけかもしれないが。
屋敷の周囲を一通り歩き、特に何の痕跡もないことを確認したデスタンが、屋敷へ戻ろうとしていた——その時。
「……見つけた」
背後から聞こえた小さな声に反応し、デスタンは素早く振り返る。
するとそこには、彼によく似た女性——ウェスタが立っていた。
「ウェスタ……」
「兄さん」
デスタンとウェスタ、二人の視線が重なる。
かつて異なる道を選んだ兄妹の再会である。
「王子誘拐はブラックスターの命か」
「……さぁ」
次の瞬間。
はっきりしない言葉を返したウェスタの首に、デスタンは包丁を突きつけていた。
ちなみに、デスタン持っている包丁は、ホワイトスターを脱出する時に所持していたナイフの代わりとして、バッサから貰った物である。
「答えろ、ウェスタ」
デスタンは冷ややかに言い放つ。
だが、ウェスタは怯えない。
首に刃物を突きつけられてもなお、冷静さを保っている。
「……刃物での脅し。陳腐」
「王子をどこに連れていった。ブラックスターか」
「……知らない」
デスタンの包丁を握る手に、力が入る。
それでも、ウェスタは落ち着いている。
「答えろ!」
「……それはできない。けど」
「けど?」
「……兄さんをブラックスターへ連れてゆくことはできる」
ウェスタは静かに言って、背後に立つ兄へと視線を向けた。
暫しの沈黙の後。
デスタンは包丁を握る手を下ろす。
「それは真実か」
「……嘘はつかない。そもそも、嘘をつく理由がない……」
再び、二人の視線が重なる。
一度目とは違った意味で。
「なら、連れていけ」
兄の言葉によってウェスタの口角が微かに持ち上がったことに、デスタン自身は気づかない。
ウェスタはデスタンへ、片手を差し出す。
デスタンはその手を取る。
「……移動する。ブラックスターへ」
彼女の繊細な唇から、言葉が放たれる。
そして、二人の姿がその場から消え——る、直前。
「ふはははは! 待たないか!」
どこからともなく、男性の声が響いた。
周囲の反応など微塵も気にしないような、躊躇のない、やたらと大きな声。至近距離で放たれたら耳を傷めそうな声。
デスタンも、ウェスタも、その声の主が誰であるかすぐに分かった。
ただ、その正体に気がついた時の心情は、大きく違っていただろうけど。
「グラネイト様、登場ッ!!」
近くの木、その高い位置の幹から飛び降り、グラネイトが姿を現した。人が乗るのは危ないような、かなり高い場所から飛び降りたが、着地は見事に成功。その結果は素晴らしい。
が、着地のポーズは、かなり残念な雰囲気をまとったポーズだった。
左足を耳にぴったりくっつくほど大きく上げ、唯一地面についている右足は爪先立ち。両腕は真上へ伸ばし、手のひらが空へ向くように手首を反らしている。
妙なポーズをとるグラネイトを目にし、一番に声を発したのはウェスタ。
「……そんな。どうして……」




