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あなたの剣になりたい  作者: 四季
6.黒の世界と、大切なもの
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episode.77 鎖とウシガエル

 剣の柄を握る手に力を込める。

 そうして大きく振りかぶり、勢いよく剣を振りきった。


 だが、男は素早く反応し、大きな筋肉のついた片腕で剣の先を防いだ。


 片手はリゴールを捕らえた状態のまま、もう一方の腕で攻撃を防ぐなんてことができるなんて、かなり驚きだ。


「おぅおぅ、若々しいなぁ」

「……やるわね」

「やるわね、だと? 馬っ鹿じゃねぇか!? 小娘が俺に敵うわけねぇだろ!」


 それもそうか。

 あっさり勝てる、なんてこと、あるわけがない。


 世の中、そんなに都合よくできてはいない。


「……そうね」

「おぅ? 妙に物分かりがいいじゃねーかー」

「でも、リゴールを連れていかせるわけにはいかないわ!」


 私はさらに剣を振る。

 しかし、なかなか上手く命中しない。


 ブラックスターのグラネイトなんかが使役していた小型生物が相手なら、滅茶苦茶振っていてもそれなりに倒せたのだが。


 鎖の男はこの世の人間。

 だが、それでも強い。

 実はブラックスターの人間なのではないかと思ってしまうほどに、軽やかな動きをする。


「……っ!」


 繰り出された男の拳が、剣の刃部分に命中する。

 剣は私の手をすり抜け、飛んでいってしまった。


「おぅおぅ! これで武器なしだぜぇー!」

「そんな……」


 剣がなくては戦えない。けれど、遠くへ飛んでいってしまった剣を取りに行く時間はない。そんなことをするのは愚か。ただ隙を作るだけの行為だ。ただ、剣がなくては何もできないということも、また事実なのだけれど。


「逃げて下さい、エアリ!」


 手首を掴まれているリゴールが叫ぶ。


「できないわ! そんなこと!」


 私はそう返した。

 そんなやり取りをする私たちを、男は嘲笑う。


「おぅおぅ、馬鹿じゃねぇか? いいぜ。ついでに一緒に連れていってや……うぐぅ!?」


 男は突如、唇を尖らせ、唾液を吹き出す。


 その瞬間は何が起きたのか分からなかった。が、数秒経って、リゴールが男の脛に蹴りを入れたのだと分かった。


「うぐ……」

「エアリに手を出させはしません!」


 鋭い言い方をされた男は、苛立ったらしく眉間に多くのしわを寄せ、だみ声で叫ぶ。


「この雑魚がぁ!」


 下顎を豪快に下げ、手が入りそうなほど大きく口を開き、透明感のない声で怒鳴る男。彼にはもはや、品の欠片もない。


「わたくしのことは何とでも言って構いません。しかし、エアリに対し乱暴な手を行使することは許せません」


 至近距離から威圧的に怒鳴られても、リゴールは平静を保っている。落ち着いた調子で物を言えるくらい冷静だ。


 そんなリゴールの頬を、男は躊躇なく殴った。


「テメェの許しなんぞ要らん!」

「っ……」


 殴られたリゴールは、面に戸惑いの色を浮かべている。

 即座に今の状況を理解するというのは、彼には難しかったようだ。



 ——その時。


 扉が開き、一人の男が駆け込んできた。


 入ってきたのは、ウシガエルのような顔をした男だ。鎖の男の頭部を四角形と表現するならば、今現れた男の頭部は楕円形。皮膚にはでこぼこが多く、美しいとは言えないが、くりっと丸い目はどことなく愛嬌がある。


「頭! ヤバいど!」


 可愛いのは目もとだけではなかった。声もかなり可愛らしい。高く、女の子のような雰囲気がある声だ。


「何だ! どうした!」

「途中まで上手くいってたど! けど、ヤバいやつが現れて、皆どんどんやられていってるんど!」


 ウシガエル顔の男は、長くない手足をパタパタ動かしながら発する。


「何だそれは!」

「早く引き揚げた方がいいど!」

「そういうことなら……やれ」


 ウシガエル顔の男は、鎖の男の命に、こくりと頷く。


 刹那。


「えっ……」


 背後に、人の気配。

 うなじに何かが当たる。


「あ……」


 一瞬のことだったから、何が起きたのか分からなかった。


 何? 一体何が起きたの?


 そんなことを考えていると、みるみるうちに視界が狭まってきた。

 世界が遠ざかってゆくような感覚。


 ——そして、意識は途切れた。



 ◆



 見える。薄暗い世界が。


 ここは夢? それとも現実?


 それすら分からぬまま、灰色に染まった世界を見つめる。


 若葉色の大地は、朱の炎が包んでいる。炎は、まるで生き物であるかのように不気味にうねり、すべてを塵に還す。そして、そこから昇るのは煙。嵐の前の雨雲のごとき邪悪な色をした、煙だ。信じられないくらい勢いがあり、一秒経過するごとに、大きく大きく広がってゆく。


「これは一体……」


 見下ろすのは、悪夢のような光景。

 夢なら醒めて、と、願わずにはいられない。


 炎に襲われておらずとも、命の危機に瀕してはおらずとも、このような時が続くことには耐えられない。自らへの実害は皆無であれども、見つめ続ける、ただそれだけで心が痛く。こんな光景を目にし続けていては、どうにかなってしまいそう。


 この前の夢といい、今の妙な現象といい、最近の私は見たくないものばかり見てしまう。


 単なる不運と言ってしまえばそれまで。

 けれど、本当にそうだろうか。


 もちろん過去にも悪い夢をみることはあった。恐ろしい夢、君が悪い夢、そういったものを一度もみたことがないというわけではない。


 しかし、こうも連続すると、不自然さを感じずにはいられないというものだ。


「ここはどこなの……? これは一体何なの……?」


 何もかも、よく分からない。

 なぜこんな光景を目にしているのかさえ、分からない。


 どうか私を、ここから連れ出して——。



 ◆



 ……。


 …………。


 はっ、と、目が覚める。


 瞼を開けると、一面黒い天井のようなものが視界に入った。いや、正しくは、視界を埋め尽くしていた、かもしれない。とにかく、黒いものだけが見えていたのだ。


 取り敢えず起き上がろうとして——それから気づく。


 両手首が拘束されていることに。


 指を動かしてみていると、ひんやりしたものが指先に触れた。無機質な感覚に、「あぁ、やはり拘束されているんだな」と、改めて思う。


 腕を使えず苦労しつつも、上半身を起こす。すると、足も鎖で拘束されていることが分かった。


「何よこれ……まるで罪人じゃない」


 辺りを見回すうちに、私は、誰もいない部屋に放り込まれているのだと知った。

 しかも、壁四面のうち一面だけは格子になっている。それが、牢らしさを益々高めているように感じられた。

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