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あなたの剣になりたい  作者: 四季
5.新たな仲間と、住むところ
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episode.72 二人の王子が在った時代

 王の間を出たトランは、はぁ、と大きな溜め息をつく。

 羽織っている上着のポケットに両手を突っ込みながら。


「まったくもう……面倒だなぁ……」


 甲冑を身にまとった兵士、王に仕える使用人——廊下では幾人もの知り合いとすれ違う。しかしトランは、彼らに話しかけることはしなかった。ブラックスター王に大声を出された直後で、意味もなく誰かと話す気分にはなれなかったのである。


 廊下の両側、やや高い位置にある小さな窓からは、外が見える。

 ガラスの向こうにはブラックスター特有の赤い空が広がっている。


 だが、今のトランは、空を眺める気にはなれず。それゆえ、床だけを見て歩いていた。


 ——と、その時。


 誰かとぶつかってしまった。


「あ、ごめんー」


 トランは、下を向いていたがために前をまったく見ていなかったことを悔やみつつ、顔を持ち上げる。

 目の前に立っていたのは、銀の髪の女性——ウェスタだった。


「……気をつけて」


 ウェスタは紅の瞳でほんの少しの間だけトランを見、静かな調子で言う。彼女はなぜか、妙に分厚く大きな本を抱えている。


「あぁ、君だったんだねー。何していたんだい?」


 トランが問うと、ウェスタは目を伏せる。


「……何も」

「じゃあ、その本は何の本なんだい?」

「……ただの勉強」


 子どもでもないのに大きな本で勉強なんて、と、トランは一瞬笑いそうになってしまった。しかし、このタイミングで彼女を笑うのは良くないと思い、笑いを堪えて放つ。


「勉強かぁ。面白いことをしてるねー」


 トランは楽しげな口調で述べる。が、ウェスタの表情は一切動かない。しかしトランは、諦めず話しかけ続ける。


「もし良かったら、どんな勉強をしたのか教えてくれないかなー?」

「……断る」

「えぇー。即答ー?」

「無関係な者に……話すようなことではない」


 ウェスタは整った顔に不快そうな表情を浮かべながら、止めていた足を再び動かし始める。そんな彼女の、背中に垂れた銀の三つ編みを、トランは突然掴んだ。


「……っ!?」

「ちょっと待ってよー」


 ウェスタとトランの視線が重なる。


「何を調べてたのかくらい、教えてくれても良くない?」

「……なぜそこまで気にする」


 冷ややかに放つウェスタ。

 それに対し、トランは口角を持ち上げて返す。


「なぜかって? それはもちろん……反逆心を抱いていないか確認するためだよ」


 トランの口から飛び出した言葉に、ウェスタは眉をひそめる。


「……反逆心。そんなものを抱いていると疑っているの……?」

「ま! 冗談だけどねー!」

「……面白くない冗談は止めて」


 真剣なウェスタは、ヘラヘラしているトランに少しばかり腹を立てているようだった。


「厳しいなぁ。……で、勉強の成果は? ふふふ。聞いてもいいかなー?」


 トランに楽しげな調子で問われたウェスタは、銀の長い睫毛に彩られた目を細め、「迷惑だから寄らないで」ときっぱり返す。


 だがトランは食い下がる。

 執拗に「頼むよー」などと言い続けた。


 無論、そこに深い意味などない。ただの気まぐれである。


 ——しかし、その二三分後。


 あまりに執拗に頼まれるものだから面倒臭くなったのか、ウェスタはついに、首を縦に振った。


 今回は、トランの粘り勝ち、と言えるかもしれない。



 ウェスタとトランがたどり着いたのは、城の四階の一部に設けられているフリースペース。


 壁のない開放的な空間に、横に長いテーブルと椅子が並べられただけの、これといった特徴のない場所だ。一二年ほど前に、城に勤めている者が少しでも快適に働けるようにと作られた。が、実際にはあまり誰も使用しておらず、人は常に少ない。


「ここで話してくれるのー?」

「そう……ここは静かでいい」

「なるほどねー。ふふふ」


 二人は椅子に腰掛ける。

 ちなみに、隣同士。


 辺りに人は誰もおらず、静かな空気が流れていた。

 ウェスタは抱えていた分厚い本をテーブルに置くと、そこそこ厚みのある、高級感漂う表紙をめくる。


 そして、数秒開けて話し出す。


「……書かれているのは、ブラックスターの始まり」


 トランは戸惑ったように目をぱちぱちさせる。


「……その昔、魔法を使うことのできた一族は、魔の者と差別を受け、地上界を離れた……そして開かれたのが、ホワイトスター」


 本に印刷された文字を指で辿りつつ、ウェスタは述べる。


「魔法の園と呼ばれたその世界は、長らく平穏であった……が、やがて、その中でも格差が生まれてくる。そして、虐げられる側になった者たちは……魔法を応用した邪術に手を染めた……」


 最初こそ話についていけずにいたトランだったが、徐々に、ウェスタが発する言葉に引き込まれていく。


「それからまた時は流れ……ホワイトスターに二人の王子が在った時代」


 トランは時折目元を擦りながらも、ウェスタの言葉に耳を傾ける。


「二人の王子は同じ踊り子に恋をし、先にそれを言ったのは下の王子の方……が、踊り子を妻としたのは、後から名乗りをあげた上の王子であった」


 ウェスタがそこまで言った瞬間、トランは「えぇっ!?」と叫んだ。


 すぐ隣で大声を出されたことに驚いたような顔をしたウェスタだったが、それも束の間、すぐにいつも通りの静かな表情へ戻る。


 そして、続ける。


「かくして、夫婦となった踊り子と上の王子は……幸せに暮らし、子も儲けたが……兄へ憎しみを募らせた下の王子は、邪術使いたちに惹かれ、徐々に闇へ堕ちてゆく。そして……やがて下の王子は、ホワイトスターから離反。ブラックスターを築き上げた……いつの日か復讐するという思いを、胸に秘めたまま」


 そこまで読み終えると、ウェスタは顔を微かに俯け、目を伏せる。赤い瞳を、銀の睫毛がそっと覆い隠した。


「んー? どうしたのー?」

「……いいえ。ただ、既に学んだのはここまで」

「えー。もう終わり?」


 トランは冗談混じりに言う。

 それに対し、ウェスタは冷たく返す。


「そう……終わり」

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