episode.71 王への誓い
ブラックスター首都、ナイトメシア城。
その最上階に位置する王の間、そこへ繋がる扉の前に佇むのは一人の少年——耳の下まで伸びるダークブルーの髪が見る者に中性的な印象を与える、トランだ。
「ちょっとー。まだ開かないのかな?」
黒い鋼鉄製の扉の両脇には、甲冑に身を包み長い槍を持った屈強そうな兵士が二人待機している。トランが不満げに声をかけている相手は、彼らだ。
トランはブラックスター王からの呼び出しを受け、珍しいことに驚きながら、ここへ駆けつけた。しかし、王の間へ続く扉は開きそうな気配がちっともなく、既にかなりの時間待たされている。トランは、意味もなく待たされるのが嫌で嫌で仕方がないのだ。
「ちょっと、そこの兵士さんー。まだー?」
「……しばらくお待ち下さい」
兵士に、少しも感情のこもっていない言い方をされ、トランは不満げに顔をしかめる。
「えぇー困るよ。ボクだって暇じゃないんだから」
「……もうしばらくお待ち下さい」
「面倒臭いなぁ、もう。こんなに準備できないなら、呼び出さないでほしかったよ」
ぶつくさ言いつつ、トランは辺りをうろつく。
冷ややかな空気が漂う廊下には、いくつか高級な品が置かれている。いかにも高価そうな壺や食器、タンスなどである。
ブラックスターに仕える者たちの間で広まっている噂によれば、それらの品は、すべてブラックスター王が趣味で集めた物だそうだ。
その噂はトランも小耳に挟んだことがある。
もっとも、高級な品などに興味がない彼からしてみれば「どうでもいい話」なのだが。
無理矢理王の間へ押し入ることはできず、だからといって一旦扉の前から離れることもできず。時間を持て余してしまったトランは、廊下に展示されているさほど関心のない高級な品を眺めつつ、辺りを歩き回った。今の彼が時間を潰す方法は、それしかなかったのだ。
——それから、かなりの時間が過ぎて。
「トラン様。大変お待たせ致しました」
王の間より、一人の男性が現れた。
「ん? やっと入れるのー?」
「はい。どうぞ」
現れた男性も、兵士と同じで、淡々とした言葉の発し方をしている。その声からは、待たせたことを詫びる気持ちなど、微塵も感じられない。トランはそこに少し不満を抱いた。が、彼とて馬鹿ではないから、ここで文句を言ったところで何の意味もないことは理解している。
「ふふふ。ありがとー」
だから、トランは笑みを浮かべた。
不満の色を表に出すことはせず、王の間へと足を進める。
王の間はすべてが黒い。漆黒のカーペットに鋼鉄の壁、そして、漂う空気は冷たく無機質だ。この部屋で生活するだけで誰でも陰気になりそうだ、というような、深い闇を感じさせる部屋。その一番奥に、四五段ほどの階段があり、それを上った先に王座がある。
ブラックスターを統べる王は、そこに鎮座していた。
細く縦に長い体を包むのは、黒いローブ。赤と暗い紫の光り輝く刺繍だけが、彼に、微かな色を与えている。しかし、その存在すらも掻き消してしまうような闇を、彼はまとっていた。
トランは階段の上ることはせず、その直前で足を止めると、片膝を床につけて座る。
「お主は、トランか」
黒い石で作られた王座に腰掛けているブラックスター王が、地鳴りのような低い声で述べる。
その声は、人の声とはとても思えないようなものだった。
ブラックスター王直属の軍に所属しているトランは、ブラックスター王の声に慣れている。それゆえ、人ならざる者のような声を耳にしても、動揺することはなかった。
だが、もし今のトランの立場が他の者であったとしたら、恐怖を感じずにはいられなかったことだろう。
「はい。そうですー」
「お主は先日、グラネイトという男を処刑したと報告したな」
トランは不思議そうな顔をしながら「はい」と発し頷く。
「だが。その後、地上界にて、やつの生体反応が確認されている。それはなぜか?」
ブラックスター王は暗い瞳でトランを睨む。
非常に静かな睨み方ではあったが、そこには、比較的強い心を持つトランをも戦慄させるような鋭さがあった。
「生体反応……? それは一体……どういうことですかー?」
トランは平静を装っている。
が、口元がかなり強張っている。
本当は穏やかな精神状態でないのだろう。
「やつが生きているということだ」
「生きている……?」
「そうだ。それはつまり、お主はろくに確認もしないままやつを処理したと報告したと、そう捉えて問題ないのだな」
トランの顔全体が徐々に強張ってゆく。
額に浮かんだ汗の粒が、頬を伝って床へ落ちた。
「し、しかし……彼は確かにいなくなりましたよー……」
「死体を確認したか」
「い、いや……そこまではしていません、けど……」
ぽつり。ぽつり。トランの顔から汗の粒が流れ落ちる。
「でも! あの矢の攻撃を避けきれるはずはありません……!」
「根拠は」
「……え?」
「避けきれない、その根拠は何だ」
ブラックスター王に低い声で尋ねられるも、トランはきちんと答えられない。彼の脳には、王を納得させられるほどのきっちりとした根拠は存在していないのである。
「速やかに答えよ」
「…………」
「答えよ。それとも、答えられないとでも申すのか」
トランは俯き、歯を食いしばる。
「……は、はい」
日頃は自由奔放なトラン。しかし、ブラックスター王の前では、いつものような自由な振る舞いはまったくできていない。すっかり畏縮してしまっており、声も小さく自信なさげだ。
「愚か者め!!」
ブラックスター王は突如声を荒らげた。
低音が空気を激しく震わせる。
トランは片膝をついて座ったまま、頭を下げ、弱々しく「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にする。しかし、一度爆発した王の怒りは、その程度の謝罪では収まらない。
「我が配下に無能は要らぬ! これまでずっと、そう言い続けてきたであろう!!」
「……申し訳ありません」
「口だけの謝罪など求めておらぬ! 詫びる気持ちは成果で示せ!!」
躊躇いなく怒りを露わにするブラックスター王に対し、トランは誓う。
「……承知しました。では、グラネイト……生きているやもしれないやつを見つけ出し、今度こそ必ず……命を奪って参ります」




