表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの剣になりたい  作者: 四季
5.新たな仲間と、住むところ
64/206

episode.63 たまには呑気に過ごしたい

「来てくれたのね! エアリ!」


 エトーリアの屋敷に到着した私たち三人を温かく迎えてくれたのは、エトーリア自身だった。というのも、彼女がたまたま屋敷の外で用事をしていた時に、私たちを乗せた馬車が到着したしたのである。


 私は一番最初に馬車から降りたのだが、その姿にすぐに気がついたエトーリアは、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「急に戻ってきてごめんなさい、母さん」

「いいのよ!」


 エトーリアは一切躊躇わず、私の体を強く抱き締める。


 まだ、少し不思議な感覚だ。あまり家へ帰ってこなかった母親と、今はこんなにも近くにいるなんて。


 だが悪い気はしない。

 たとえ、これまでがかなり離れていたとしても、母と娘であることに変わりはないのだから。


「母さん。リゴールを連れてきたわ」

「えっ、そ、そうなの?」

「そうよ! リゴールたちもこれからは一緒に暮らすの」


 ちょうどそのタイミングで、停止している馬車からリゴールが姿を現す。抱き締めることを止めたエトーリアと偶然視線が重なったらしく、リゴールは気まずそうな顔をしていた。


「あ……し、失礼します」


 気まずそうな顔のまま頭を下げるリゴール。


 一方エトーリアはというと、やや引き気味なリゴールとは逆に積極的で、躊躇することなく彼の方へと向かっていく。


 それによって、リゴールはさらに気まずそうな顔つきになっていた。


「ようこそ、リゴール王子」


 エトーリアは綿のように柔らかな笑みを浮かべながら、リゴールに向かって丁寧なお辞儀をする。それに対しリゴールは、恥ずかしそうにお辞儀を返す。


「前回お会いした際は他人の空似と勘違いし失礼致しました。リゴール王子とこんな形でお知り合いになるとは思っていなかったため、ついあのような奇妙なことを」


 リゴールに接する時、エトーリアは丁寧な言葉を使っていた。

 それはまるで、大人の女性が少年を敬っているかのよう。ホワイトスターのことを知らない者からすれば、不思議で仕方ない光景だろう。


「……い、いえ。お気になさらず。わたくしも、ここでは普通の一人です」


 その頃になって、デスタンがようやく現れた。


 彼は、リゴールと自分二人分の荷物を持ち、馬車から降りてくる。二人分、とはいえ、それぞれがほんの少しだけなのでさほど重くはなさそうだ。


 それから、すぐにリゴールへと視線を向ける。そして、リゴールがエトーリアと言葉を交わしているのを目にし、少しばかり戸惑ったような表情を顔面に滲ませた。


「ではリゴール王子。すぐに屋敷の方へ案内させていただきますね」


 エトーリアは、ガイドのように丁寧な手の仕草で、屋敷そのものを示す。


「急ぎませんよ」

「いえいえ。……って、あ! そういえば、お部屋の用意がまだできていおりません! 申し訳ないのですが……暫しお待ちいただかねばなりません」


 エトーリアの発言に、リゴールは考え事をしているような顔になる——そして、十秒ほど経ってから、微笑んで質問する。


「では、屋敷の周辺を少しばかり散策しておいても構わないでしょうか?」


 リゴールの口から出た言葉が想定外だったのか、エトーリアは一瞬気が抜けたような顔をした。恐らく、彼の問いの意味が、すぐには理解できなかったのだろう。そんな風にして暫し言葉を失っていたエトーリアは、しばらくしてからようやく「え、えぇ……構いませんけど……」と返したが、その時でさえ、戸惑いが完全に消えたわけではないようだった。


「ありがとうございます。では少し散策させていただきます」


 嬉しそうにさらりと発するリゴール。


「……あと」

「え?」

「そのような丁寧な言葉を使うのは、どうかお止め下さい」


 リゴールはエトーリアに要望を述べた。

 エトーリアはあたふたする。


「え……しかしっ……」

「ここでのわたくしは王子ではありませんから。それに、軽く話しかけていただける方が心地よいのです」

「わ、分かった……わ」


 エトーリアはリゴールに対して丁寧語を使うことを止めた。が、慣れないからか、ぎこちない言い方になってしまっている。


「貴方がそう仰るのなら……そうさせていただくわ」

「わたくしの望みを叶えて下さり、ありがとうございます」

「では、わたしは一旦ここで。部屋の準備をさせてくるわ」


 してくるじゃなくさせてくるなのね、などということを、少し考えてしまった。そんなことを考えても、何の意味もないというのに。



 エトーリアは屋敷の方へと駆けてゆき、場にいるのが三人になった瞬間、リゴールは「ふぅ」と大きく息を吐き出した。少しばかり疲れがあるようだ。


「大丈夫? リゴール」

「あ、はい。エアリ……お気遣いありがとうございます」


 そこへ、デスタンが口を挟む。


「無理なさることはないのですよ、王子」

「はい。気をつけます」


 リゴールは体を一回転させ、周囲の風景を見回す。その時の表情は、直前までより少し明るくなっていた。


 ——かと思ったら、急に話しかけてくる。


「しかしエアリ!」

「えっ」

「本当にありますね! 白い石畳が!」

「……え、えぇ」


 門から屋敷まで続く、白い石畳の道。その存在に、彼はもう気づいているようだ。


「それに、凄く美しいところですね! わたくし気に入りました!」


 リゴールは胸の前で両の手のひらを合わせながら、幸せの絶頂にいる者のような笑みで述べる。

 たとえ幸福な人間であったとしても、なかなか、ここまでそれらしい顔はできまい。


「気に入ってもらえたなら良かったわ」

「はい! これはもう、めまいがするくらい気に入りましたよ!」


 めまいがするくらい、って。

 それは表現がおかしくないだろうか。


「なっ……! めまいですか、王子」


 いや、乗るな乗るな。


「何を言うのです、デスタン。それはあくまで表現です」

「表現。……なるほど。では、実際に『めまいがした』というわけではなかったのですか」


 なぜそこをそんな真面目に。

 少し突っ込みたくなる瞬間もあったが、込み上げるものは飲み込み、私は何も発さなかった。


「はい。めまいがしそうなくらい、この場所が気に入ったということです」


 その後、私とリゴールは門の付近をうろつき、エトーリアに呼ばれるのを呑気に待ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで下さった方、ブクマして下さっている方、ポイント入れて下さった方など、ありがとうございます!
これからも温かく見守っていただければ幸いです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ