episode.59 手は出させないわ
ミセは爆発の音を聞いている。そして、それが爆発音であると気づいている。それゆえ、適当なことを言ってごまかすわけにはいかないだろう。
だから私は、心を決めて、ここに至るまでの流れを話した。
外の空気を吸うため、三人で散歩していたこと。そのうちに家から離れた場所まで行ってしまっていたこと。そして、引き返そうとしたが襲われたこと。また、デスタンが私たち二人を逃がしてくれたことも。
何も隠しはしなかった。
——ただ、ブラックスターだとかグラネイトだとかは言わず、知らない人に襲われたというような感じの言い方にはしておいたが。
「じゃあアタシのデスタンはまだそこにいるってことなの!?」
「はい」
「何かあったらどうするのよぉ!?」
ミセは鋭く放った。
デスタンを愛し大切に思っている彼女だ、彼の身を心配するのは当然のこと。
「エアリじゃ頼りないから、アタシが様子を見てくるわ!」
「えっ……ミセさん?」
「あっちなのよね!?」
「は、はい」
——でも、様子を見に行くまでするとは思わなかった。
戦闘能力のない女性を敵がいるかもしれないところへ行かせるなんて、殺られに行くようなもの。危険過ぎる。
これは止めるべきだろう。
そう考え、私は発した。
「ミセさん! 行くのは危険です!」
彼女を危険に晒すようなことはできない。
「は!? 止められたくらいで行くのを止めるわけないじゃない!!」
「危険なんです!」
「エアリは黙ってなさい! 家にいていいから!」
「危険です!」
「アタシは行く。アタシのデスタンに手は出させないわ」
制止しようとしてはみたが、無駄だった。
ミセは駆け出してしまった。
彼女を私たちの戦いに踏み込ませるわけにはいかない。
だから、何としても止めなくてはならなかったのに。
ミセを止めることさえできなかった私は、失意の中、リゴールと彼女の帰りを待った。
私は床に座って、リゴールはベッドに腰掛けて、二人の帰りを待ち続けた。
デスタンもミセも同時に失うという最悪だけは避けたい。が、もはや私たちにできることは何もない。いや、「何もない」は言い過ぎかもしれないけれど。でも、ほぼ何もできないことは、紛れもない事実である。私たちにできたのは、無事を祈る、などという極めて現実的でないことだけだった。
いつもの自室が、今は妙に薄暗く見える。
リゴールがさらなる傷を負うという嫌な展開は避けられたが、どうも喜ぶ気にはなれない。
胸を満たす重苦しいもの。それを一人で抱えているのは苦しくて。私はその息苦しさから逃れるように、リゴールへ視線を向ける。
だが、リゴールは私よりも暗い顔をしていたのだった。
一時間後。
ミセは私たちの部屋へやって来た。
「帰ったわよ!」
ぽってりとした唇。くっきりと凹凸のある体つき。そんなミセの姿を見て、思わず大きな声を出してしまう。
「ミセさん!」
私は床から立ち上がると、扉のところにいるミセのもとへ駆け寄った。
「怪我は!?」
まずは尋ねてみる。
するとミセは微笑んだ。
「うふふ。ないわよぉ」
ベージュのワンピースは心なしか汚れている気がする。が、確かに、これといった怪我はなさそうだ。
「よ、良かった……」
「あーら。心配させて悪かったわねぇ」
ミセの無事を確認し胸を撫で下ろしていると、背後から、リゴールの声が飛んでくる。
「デスタンは!? デスタンはどうなったのですか!?」
必死の形相で問うリゴール。
そんな彼へ視線を向けたミセの表情は、綿のように柔らかいものだった。
「あらあら。凄く心配しているのねぇ。可愛いわ、リゴールくん」
「どうなったのか教えて下さい!」
「気が早いわねぇ。けど……まぁ、アタシも、心配する気持ちは分からないではないわ」
リゴールはもやもやしているような顔つきをしている。
「デスタンは生きてるわよ」
ミセは、厚みのある唇を小鳥のように尖らせ、いたずらっ子のように笑った。
「本当ですか!」
「えぇ。知らない男性と一緒にいるところに合流できたの」
「合流、ですか?」
「うふふ。そうよぉ」
ミセはぴんと伸ばした人差し指を自身の厚みのある唇に当てる。女性らしさや可愛さを全面に押し出すような動作だ。案外似合わないこともない。
そんな彼女の後ろから、一人の男性が現れた。
「ふはは! グラネイト様現る!」
私とリゴールはほぼ同時に顔を強張らせる。
現れた彼が、確かにグラネイトだったから。
「どうして!?」
「なぜここに!?」
驚きの声が重なる。
事情を知らないミセだけは、戸惑ったような顔をしていた。
だが、そのような顔になるのも無理はない。彼女は、私やリゴールにとってグラネイトがどういった存在なのか、微塵も知らないのだから。
「何をしに来たのです! しつこいですね!」
リゴールはグラネイトに向かって叫ぶ。
それはまるで、自身より大きな動物に懸命に威嚇する小動物のようだ。
その様子を目にしたミセは、「何? 何なの?」というような顔をしながら、リゴールとグラネイトを交互に見ている。
「相変わらず気の強い王子だな」
「押し入るとは不躾ですよ!」
「何だと? まさか! 押し入ったわけがなかろう。きちんと許可をとって入れてもらっている!」
グラネイトは妙な真面目さをはらんだ発言をしながら、ゆっくりとリゴールに接近していく。
リゴールを護るため、グラネイトを止めようとする——が、これまで会った時とはグラネイトの雰囲気が違っていることに気がついて。私はその場に留まった。
「ふはは! 王子、覚悟しろ! ……と言いたいところだが、そんなことを言うために来たわけではない」
リゴールはグラネイトを見上げながら、怪訝な顔をする。世界的に有名な詐欺師からいきなり話しかけられた時のような顔つきである。
「……一体何を企んでいるのですか」
リゴールの問いに、グラネイトはニヤリと笑う。
「何も企んでいない、と言ったら?」
訪れる沈黙。
その数秒後、リゴールは静かに返す。
「……信じません」
「疑り深いな」
「当然です! ……これまで何度も攻撃してきたような者を、信頼することはできません」
リゴールが信頼できないと言うのも、分からないことはない。いや、むしろ、それが当然の反応であろう。グラネイトはこれまで、リゴールの命を狙い続けてきたのだから。
しかし、私には、今のグラネイトがこれまでの彼と同じであるようには思えなかった。
理由は分からない。
見た目が変わったというわけでもない。
ただ、なぜか、これまでとは何かが違っているような気がして。
「ふはは! それもそうだな。だが! あの男を殺さずにおいてやったことは、感謝されて然りだろう!」
妙な上から目線。
それを不愉快に思ったのか、リゴールは歯を食いしばった。
さらに、それから、接近してきていたグラネイトの体を片手で突き飛ばす。
「……デスタンが無事だというのは事実なのですね?」
「ふはは! もちろんだ!」
「では、デスタンに会わせて下さい。本当に無事であったなら、貴方にはもう何も言いません」
そう述べる彼の表情は落ち着き払っていて、また、真剣そのものだった。
青い双眸から放たれるのは、偽りを見抜こうとしているような、冷静で真っ直ぐな視線。眉はほんの少しだけ内側に寄り、唇は一文字に結ばれ。
日頃のリゴールとは別人のようだ。
 




