episode.53 いつも冷ややかな彼女、今日も冷たい ★
ブラックスターの首都に位置するナイトメシア城。
その三階の一室、グラネイトの部屋に、ウェスタが足を踏み入れる。
「……いきなり呼び出して、どういうつもり」
入室するなり冷ややかな言葉を発するウェスタ。その瞳は、静かな威圧感を放っている。
「いんや! 特に何でもないぞ!」
ウェスタはグラネイトに呼び出され、彼の部屋に着いたところだ。だが彼女は、特に用事があるわけでもない様子のグラネイトを見るや否や、部屋から出ていこうとする。
「いや! 待ってくれよ!」
二人掛けのソファに横たわり、ネズミの干物を怠惰に摘まんでいたグラネイトは、光の早さで立ち上がる。
「……何」
「グラネイト様はなぁ! この前あの王子にやられて怪我したんだ! だから、少しくらい傍にいてくれよ!」
グラネイトはウェスタに歩み寄っていく。そして、腕を伸ばそうとしたのだが、ウェスタはそれを振り払った。
「……サービスしに来たわけではない」
ウェスタはグラネイトを睨む。
グラネイトが親の仇であるかのような睨み方だ。
「何をする! 仲間だろ!?」
「……帰る」
「待ってくれよ! ウェスタ!」
何とか引き留めようとするグラネイトだが、ウェスタにはちっとも相手にされていない。
「嫌。用がないなら帰る」
「ま、待て! ならはっきり言おう。用はある!」
グラネイトの言い方は、いかにも引き留めるため、という雰囲気の言い方だった。
しかしウェスタは足を止める。
「……あるのかないのか、はっきりして」
「ある! あるんだ! ふはは!」
するとウェスタはグラネイトの方へ向き直る。
「なら……聞いてもいい。ただし、手短に」
その後、ウェスタはグラネイトから、ブラックスター王直属軍のトランが行ったことについて聞いた。
デスタンを連れ去り、リゴールをブラックスターへ来させるための餌にしたこと。また、魔法で操り、リゴールを怪我させ、デスタンに大きな罪悪感を抱かせようとしたこと。
ちなみに、それらはすべて、グラネイトが城内の噂で聞いたことである。
「それは……兄さんがブラックスターへ来ていたということ……?」
「ふはは! そうみたいだな!」
グラネイトは、二人掛けソファにどっかりと腰掛けながら、サイドテーブルにちょこんと乗った皿から、ネズミの干物を摘まんでいる。話を聞くため彼の隣に座っているウェスタは、グラネイトがネズミの干物を食べるのを見て、渋い顔をしていた。
「だが、そこまでやっておいて逃がすとは、馬鹿らしいぞ! ふはは!」
軽やかに笑い飛ばすグラネイト。しかし、彼の隣のウェスタはというと、真剣な顔をしている。
「少しくらい……会わせてくれれば良かったのに」
「何言ってんだ? ウェスタ」
「……兄さんを、取り返せたら」
ウェスタの意味深な発言に、グラネイトは戸惑いの顔。
「いや、だから、何言ってんだ?」
「……べつに」
「はぁ? 気になるだろ!」
するとウェスタはさくっとソファから立ち上がる。
「……帰る」
彼女の突然の行動に、グラネイトはさらに戸惑いの色を濃くする。
「何だって!?」
「……帰ると言っている」
「いや待てよ! さすがに急すぎるだろ!」
グラネイトも立ち上がる。
「このグラネイト様に事情を説明しないつもりか!?」
「……説明する必要はない」
「そんなことは許さないぞ!」
ネタのように言うグラネイト。
だが、ウェスタはそれに乗らず、冷ややかに返す。
「……何とでも言えばいい」
そして、ヒールを鳴らしながら扉に向かっていく。
「あ、ちょ、待って! 待ってくれよ!」
「嫌」
きっぱり言われ、グラネイトはショックを受けた顔をする。
「えぇっ。病み上がりのグラネイト様に冷たくしないでくれよー!!」
「もう来ない」
「ナッ!? ウソォッ!!」
ウェスタが放つ心ない言葉にショックを受けつつも、何とか耐えていたグラネイト。しかし、「もう来ない」という強烈な一撃にはさすがに耐えられなかったようで、その場に崩れ落ちてしまった。今や彼は、生気のない顔で部屋から出ていくウェスタの背を見送ることしかできない、そんな悲しい状態であった。
「はぁ……。また駄目、か」
一人きりになった部屋でグラネイトは呟く。
「どうすれば上手くいくのか……グラネイト様には……まったく分からん……」
扉が閉まった、その時。
「あはは、面白ーい」
突如耳元で誰かが発した。驚いたグラネイトは「何者だっ!」と鋭く放ち、素早く身を返す。
グラネイトの視界に入ったのは、トラン。
「なっ……なぜここに!」
「ふふふ。びっくりしたみたいだねー」
曇りのない笑顔、明るい声。
トランはまさに不気味さの塊だ。
「いきなり現れられたら驚くに決まってるだろう!」
「ま、そうだよね」
他人の部屋に勝手に侵入するというだけでも問題なのに、トランはまったく罪悪感を抱いていない様子。
「分かっているならするな!」
「ふふふ。そういう反応をしてもらえたら、余計にやりたくなるなぁ」
「未熟な男が好きな娘を苛めるみたいなことをするんじゃない!」
「ふふふ。反応面白いねー」
トランは他人のソファに堂々と腰掛ける。
「ところでさ。ちょーっと協力してもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」
自己中心的に話を進めるトランに戸惑いつつも、グラネイトははっきりと返す。
「断る!」
きっぱり拒否されたトランだが、何事もなかったかのような顔でさらに頼み込む。
「協力してよ。君の願いを叶えてあげるからさー」
トランが微笑しつつ発した言葉に、グラネイトは眉頭を寄せる。
「……願い、だと?」
「うんうん。そうだよー」
「この偉大なグラネイト様の願いが分かるというのか?」
トランは「ふふふ」と笑い、それから静かに述べる。
「ウェスタの心を掴む、だよね?」
グラネイトは目を見開いた。
灰色に近い色みの顔面に、動揺の色が広がってゆく。
「な……なぜそれを」
グラネイトの声は震えていた。
「えー? なぜなんて答えるまでもないよ。ちょっと見ていれば分かることだし」
「このグラネイト様の心を読むとは、なかなかやるな……!」
「あはは、大層ー」
二人の会話は、若干噛み合っていない。が、心理的にはトランの方が優位と言えるだろう。
「ボク、君がウェスタに振り向いてもらえるよう手伝うよ」
「お前のような子どもに何かできるのか?」
「あはは、失礼ー」
トランはソファに腰掛けたまま、あっけらかんと笑っている。グラネイトが真剣な顔をしているのとは対照的だ。
「心配しなくていいよ。女の子の心を掴む秘訣、ボクはちゃーんと知ってるからさ! だから、君はボクの仕事を少しだけ手伝って?」
「……何を手伝えばいい?」
「ふふふ。ありがとー」
歌うように礼を述べ、トランはソファから立ち上がる。そして、その場でくるりと一周し、グラネイトに接近していく。
「君は王子を殺っちゃって?」
「……何だと。自慢じゃないが、このグラネイト様は、既に、あいつに何度も負けている。にもかかわらず、なぜそれを頼む? 理解できないのだが」
怪訝な顔をするグラネイトに、トランは「怖いのー?」などと冗談めかした言葉を投げかける。それに対しグラネイトは、「怖いわけではない!」と断言した。
「ふふふ。ならいいよね? よろしくー」




