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あなたの剣になりたい  作者: 四季
3.卑怯な策と、すれ違い
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episode.52 訪問者

 チャイムを鳴らしたのは、昨日お世話になった医者だった。


「どうも、こんにちは」


 白色のあごひげが生えた優しそうな顔立ちの医者が、うぐいす色の布製鞄を持って、訪ねてきたのだ。


「あーら、リゴールくんの様子を見に来たのかしら?」

「あぁ、はい。そうです。呼ばれたら、というつもりでいたものの、つい気になってしまいましてな」


 医者とミセのやり取りを傍で聞いていると、リゴールのことを気にかけてくれていたのだなと分かり、嬉しい気持ちになった。


「あらあら。相変わらずねぇ」

「迷惑でしたかな? なら帰りますが……」

「あーら。別に、迷惑だなんて言っていないわよ?」


 ミセは唐突に、こちらへ視線を向けてくる。


「ね? エアリ」


 いきなり振ってこられたことに戸惑い、すぐに返事することはできなかった。が、数秒後に「はい」と言って頷くことはできた。私にしてはましな方だろう。


「そういうことだから、入っていいわよ」

「おぉ……! それは嬉しい!」



 私は、ミセと医者と三人で、リゴールがいる自室へと戻った。


 最初に私が部屋に入ると、ベッドに寝ているリゴールは目を輝かせた。デスタンを連れてきたと思ったのだろう。私は、彼に期待させてしまわないよう、「デスタンは連れてこれなかった」という事実を簡潔に伝えた。するとリゴールは、落胆とまではいかないが残念そうな顔をする。


 その様子を見たら、申し訳ない気分になった。


 だが仕方ない。

 デスタンが出てきてくれないのだから。


「代わりと言ってはおかしいかもしれないけれど、お医者さんが来てくれたわよ」

「そうなのですか……!」


 ちょうどその後のタイミングで、医者とミセが入室してくる。

 ミセは入室するや否や、扉から一番近い隅に移動する。


「こんにちは。調子はいかがかな?」


 医者は面に穏やかな笑みを浮かべ、リゴールに柔らかく話しかけた。


「あっ……! 昨日(さくじつ)お世話になったお医者様……ですか!」


 医者の姿を捉えたリゴールは、半ば反射的に上半身を起こそうとする。医者はそれを、素早く制止した。リゴールは医者の制止に素直に従い、再び体を横にする。


「覚えてくれていたのですかな?」

「いえ……その、エアリからお聞きしました」

「なるほど」

「お世話に、なったにも……かかわらず……覚えておらず、申し訳ありません……」


 医者は歌うように「いやいや」と発しつつ、おおらかな足取りでリゴールが横になっているベッドへ近づいていく。そして、持っていたうぐいす色の布製鞄を、ベッドのすぐ近くへ下ろした。


「では、傷を少し診ましょうか」

「そんな……わたくしは、その……代金を払えません」

「代金は結構ですよ。今日はこちらが勝手に来てしまっただけですから」

「しかし……ただでというわけには……」


 リゴールの遠慮がちな言葉を遮り、医者は言う。


「さて。では傷の様子を確認させていただきましょうかね」


 それでもリゴールは断ろうとしているようだった。しかし、医者は意外と押しが強くて。断ろうとしているリゴールのことなどお構いなしに、処置を始めた。



 昨日巻いた包帯を解き、傷口の状態を確認した後、消毒して薬を塗って、新しい包帯を巻く。医者は慣れた手つきでそれらを行っていた。何げにたくさんのことを行わなくてはならないから、大変そうだ。


 しかし、十数分ほどですべての作業が終わった。

 さすがに仕事が早い。


 処置を終わらせると、医者は「また明日も覗かせていただきますからね」と告げて、去っていった。


 医者が出ていくと同時にミセも部屋から出ていき、室内には私とリゴール、二人だけになってしまった。


「お疲れ様!」


 ベッドの脇へ移動し、俯せで寝ているリゴールに声をかける。

 すると、彼はすぐに首から上だけを私の方へと向けた。青い双眸には、たおやかな光が宿っている。


「あ……お気遣いありがとうございます」

「背中、結構痛む?」

「いえ。安静にしていれば問題ありません」


 リゴールの答えは、迷いのない、はっきりしたものだった。

 答え方に芯の強さが見え隠れしている。


「ところでエアリ。デスタンはどのような状態でしたか」

「……え?」

「ですから、デスタンの様子についてお尋ねしたのです」

「そ、そうだったわね! ごめんなさい」


 デスタンの様子。可能ならば、きちんと伝えたいところだ。ただ、今のままでは私にもよく分からないから、伝えようがない。


「部屋にいるみたいなのだけど……呼んでも出てきてくれないの」


 私がそう言うと、リゴールは怪訝な顔をする。そしてそれから、僅かに動き、体の左側面が下になるように体勢を変えた。


「それは……何かあったのでしょうかね……?」

「ミセさんの話によれば、昨夜から様子がおかしかったみたいよ」

「……わたくしが自ら行くしかないのでしょうか」


 それは良い案かもしれない。


 リゴール本人が呼べば、さすがに出てくるだろう。デスタンはああ見えて真面目なところもあるから、主を無視するなんてことはできないはずだ。


 ただ、良い案であっても、実行できるかとなると話は別である。


「リゴール。動くのはまだ止めておいた方がいいわ」


 手のひらをベッドにつき、腕の力だけで無理に体を起こそうとするリゴールを、私は制止した。

 致命傷にならなかったとはいえ、斧で豪快にやられたのだ。一日二日で回復する傷ではない。


「しかし、デスタンの様子が気になります。体調不良なら、早めに処置した方が良いでしょうし……」


 言いたいことがたくさんありそうな目をしている。


「待って、リゴール。デスタンのことが心配なのは分かるけど、今は自分の体をいたわるべきだわ」


 そう告げると、リゴールは子どものように頬を膨らませた。


「……ですが、気になるものは気になるのです」


 なぜ、こんな時に限って頑固なのか。

 自分の意思を通そうなんて、いつもは絶対にしないのに。


「分かったわ。じゃあ、もう一度私が見てくるから。だから、リゴールはここにいて?」

「……しかし、エアリが呼んだのでは……出てこないのでは?」

「それはそうかもしれないわね。けど、リゴールを動かすわけにはいかないわ。だから私が呼んで来る。それでもいいでしょ?」


 するとリゴールは四秒ほど考えて。


「え、えぇ。もちろんです」


 頬を緩めつつ、そう答えた。

 いつものリゴール、というような顔に戻っている。


「じゃあ早速。呼びに行ってみるわね」

「お手数お掛けします……」

「いいのよ。気にしないで」

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