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あなたの剣になりたい  作者: 四季
3.卑怯な策と、すれ違い
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episode.50 知ったような口を利かないで

 次に気がついた時、私は街にいた。


 どうやら、道の端のようだ。

 この街はミセに買い物を頼まれて何度か行ったことがある街。だから、少しは見覚えがある。


「……無事戻ることができたようですね」


 ぼんやりしていると、声をかけられた。そちらを向くと、リゴールを抱えたデスタンの姿があった。


「デスタンさん。これは……帰ってくることができたのね?」

「はい」


 地下通路でブラックスターから脱出し、荒廃したホワイトスターの上り坂をひたすら登り、凄まじい高さの崖から飛び降りた。


 正直「転落死するのでは」と思っていたが、帰ってくることに成功したみたいだ。


「怪我は」

「え。何の話……?」


 発言の意味が理解できず戸惑っていると、デスタンは、不快そうに調子を強めながらも、もう一度言ってくれる。


「怪我はないか、と、聞いているのです」

「そういうことね!」

「……速やかに答えて下さい」

「ないわ。大丈夫よ」


 私がそう答えると、デスタンはサクッと立ち上がる。そして「分かりました」とだけ発し、歩き出してしまう。


 置いていかれてしまいそうな雰囲気だったので、慌てて立ち上がり、叫ぶ。


「ちょ、ちょっと待って! 置いていかないで!」



 そして私たちはミセの家へ帰った。


 薄汚れた私やデスタン、そして意識のないリゴールを見て、ミセは愕然としていた。何が起こったのか分からなかったのだろう。


 だがそれも無理はない。

 もし私がミセの立場であったなら、彼女と同じような顔をしただろうと思う。


 その後、デスタンがミセに、リゴールが傷を負ったということを話した。するとミセは「知り合いの医者を呼ぶ」と言ってくれて。彼女のおかげで、リゴールは医者に診てもらえることになった。



 ミセの家、私とリゴールの部屋。

 意識のないリゴールは、ベッドに横向けに寝かせられている。


「……うむ。まぁ大丈夫でしょう」


 駆けつけてくれた医者は、意識のないリゴールの手当てを終えて、そう言った。


「本当ですか!?」


 医者が発した言葉が嬉しくて、私は思わず大きな声を出してしまった。

 そんな私へ視線を向け、医者は穏やかに微笑む。


「あぁ、大丈夫だよ。手当てもできたし、命に関わるほどではないよ」

「良かった……」


 医者の表情と声の柔らかさに、胸の内の不安の塊が溶けてゆくのを感じた。


「本当に大丈夫なのかしら?」


 私やデスタンと同じようにリゴールの様子を見守っていたミセが、不安げな眼差しで確認する。


「えぇ。大丈夫ですよ」

「そう……なら良いのだけれど」

「相変わらず優しいですね、ミセちゃん」

「何それー? 面白いわねぇ」


 ミセは頬を緩め、水の入った桶を持って部屋から出ていった。


「では、そろそろ失礼しましょうかな?」


 続いて、医者がゆっくりと腰を上げる。


「ありがとうございました」


 私は医者に頭を下げる。

 すぐ隣にいるデスタンも、無言ながら頭を下げていた。


「また何かあれば、いつでも呼んでくれていいからね」

「はい。本当にありがとうございます」


 医者は持ってきていた荷物を素早くまとめ、部屋から出ていった。


 部屋に静けさが戻る。


 リゴールの、包帯が巻き付けられている背中を見下ろし、少しばかり安堵する。命を落とす可能性がないなら、ひとまず安心だ。


「大丈夫そうで良かったわね」


 隣で黙り込んでいるデスタンに話しかけてみる。

 しかし返事はない。

 もう一度声をかけてみる。


「……デスタンさん」


 すると、彼はようやくこっちを向いた。


「失礼。何か?」

「リゴール、大丈夫そうで良かったわね」


 今度は言葉が届いたようだった。が、彼は暗い顔で「はい」と返すだけで。それ以上何かを発することはなかった。


「どうしたの、デスタンさん。もしかして、体調が優れないの?」

「なぜそのようなことを」

「顔色が良くないからよ。暗い顔をしているわ」


 そう述べると、彼は暗い顔のまま返してくる。


「……この状況で明るくあれというのは無茶でしょう」


 静かで弱々しい声だった。


「……王子にこんな傷を負わせた張本人が、私なのですから」


 デスタンはリゴールを怪我させてしまったことを悔やんでいるようだ。操られていたのだから仕方ない、と、私は思うのだが。


「貴方が自身の意思でやったわけじゃないもの、そんなに気にすることはないと思うわ」

「いえ。気にするべきことです」

「リゴールだって、きっと、貴方を恨んだりしていないわよ」

「……それは、王子がお優しい方だからです」


 逃げている間、彼は常に落ち着いていた。だから、さほど気にしていないものと思っていたのだが、実は結構気にしているようだ。


「……王子にこの手で傷を負わせた。許されることではありません……」


 デスタンは微かに俯く。

 濃い藤色の髪に半分くらい隠された顔は、今の私の位置からでははっきり見えない。


 それでも、落ち込んでいるのだと察することはできた。


 彼がしょんぼりしているというのは不思議な光景だ。だが、慕い仕えている者を傷つけてしまったという辛さは、何となく分かる気がする。


「デスタンさん……」


 何とか励ましたいところだ。


「その、そんなに気にすることはないと思うわよ?」

「気にしますよ!」


 励まそうとして言ってみたのだが、鋭く返されてしまった。


「貴女はいつもそんな調子なので、はっきり言って嫌いです」

「え!?」

「ま、この気持ちは分からないでしょうね。実の父親を亡くした時でさえヘラヘラしていた、そんな貴女には」


 つい先ほどまでは弱っているようだったのに、急に攻撃的な物言いをし始めるデスタン。


「なっ……何よその言い方!」

「親の死さえ悲しまない人に、今の私の心が理解できるとは思えません」

「失礼ね! 私だって、悲しくなかったわけじゃないわよ。知ったような口を利かないで!」


 喧嘩するつもりなんてなかった。だが、私の心をすべて知っているかのような言い方をされるのは、どうしても許せなくて。だから、つい口調を強めてしまったのである。


 その後沈黙が訪れてから、少し言い過ぎたかなと思い、私は小さく「ごめんなさい」と謝った。それに対してデスタンは「……いえ」とだけ返してくる。棘のある発言をしてくる彼だが、私に対して凄く怒っているというわけでもないようだ。


 だが、それからの時間は、言葉にならないほどの気まずさで。


 こんな時、リゴールがいてくれたら——そう思わずにはいられなかった。

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