episode.4 光舞う魔法
リゴールがこの世界の人間でなかったという事実を、私は、まだ完全には信じられていない。
だが、彼の話を信じられないのは、私が疑り深い性格だからではないはずだ。こんなことを言われてすんなり信じられる人なんて、世の中を見渡しても、そう多くはないだろう。
「じゃあリゴールは……ホワイトスターという世界から来たのね」
リゴールは頷き、「地上界から遠く離れたところにある世界です」と付け加える。その表情は、とても穏やかだ。
「ということは、帰るのに結構かかりそうね。その足で大丈夫?」
軽い口調で尋ねる。
すると、リゴールの表情が曇った。
「え……。私、何か悪いこと言った?」
悪気なんて欠片もなかった。それはまぎれもない事実。胸を張って言える。が、悪気ないから何でも言って良いということでもないだろう。私の発言で彼が不快な思いをしたのだとしたら、それは問題だ。
「気にさわったなら謝るわ」
「……い、いえ」
「ごめんなさい」
「いえっ……そんな、わたくしのことは気になさらないで下さい」
リゴールは笑う。
でもそれが偽りの笑みだと、私には分かった。
眉が困り顔の時のような形になっていたから。
「それよりエアリ!」
リゴールは唐突に話を変えてきた。
さらに、ベッドから立ち上がる。一、二、三、四、と足を進め、くるりと体をこちらへ向けた。
「せっかくの機会ですから、ここは一つ、興味深いものでもお見せしましょう!」
「興味深いもの?」
「はい! 少しお待ち下さい」
そう言って、胸元辺りから一冊の本を取り出す。閉じていれば片手の手のひらに収まるくらいの小さな本で、しかし立派なハードカバーがついている。
「宙を見ていて下さいね」
「えぇ」
私は頷く。
リゴールは、本を開いた。
「では参ります」
そう言ってから、リゴールは宙に手をかざす。
すると、驚いたことに、何もない空間に光が現れた。
光、という表現が正しいのか分からない。どちらかというと、光でできた塊、という表現の方が正確かもしれないが。
とにかく、それが宙に浮かび、しかも動いているのだ。
「え、えぇっ!?」
思わず大声を出してしまった。
「わたくしが使える魔法のうちの一つです」
リゴールは自慢げに述べる。
目の前で行われている行為を、私は、信じられない思いで見つめた。
光が塊となり、宙に浮き、自在に動く。そんな怪奇現象を、人が意図的に起こしている。
……とても信じられない。
「貴方は本当に魔法を使えるの?」
「はい。いくつかだけではありますが」
「いくつか……そんなの、一つだけでも十分凄いわ」
驚いているのもあり、気の利いたことは言えなかった。
「いえ。ホワイトスターの民なら、多くが魔法を使えます」
凄くなんてない、とでも言いたげだ。
「凄いわよ! 信じられない、けど……面白いっ!」
「そう言っていただければ嬉しいです」
「他には何かないの!?」
いくつか、と言っていたことから考えると、リゴールが使える魔法は他にもあるのだろう。今見せてくれたものだけではないはずだ。
もしあるなら、他のものも見てみたい!
「まさか、興味を持って下さっているのですか?」
「えぇ! 他のも見せて!」
「分かりました。では——」
リゴールは、言いかけて、口を止めた。
唐突に訪れる静寂。
私は戸惑いを隠せない。
「どうしたの?」
その時。
一つだけ存在している小さな窓の、ガラスが砕け散った。
破裂音。煙の匂い。爆風。
理解不能の現象に襲われ、気がついた時には扉の近くに倒れ込んでいた。
何がどうなってこの体勢になったのか、記憶はない。
幸い怪我はないようで、体は動く。なので私は、上半身をゆっくりと上げる。すると、リゴールが覗き込んでいるのが見えた。
「ご無事で!?」
灰色の煙が揺らぐ中、リゴールの青い瞳だけが視界に映る。
「えぇ。でもリゴール、これは何が……」
「敵襲です」
「え! ちょ、ま、またっ!?」
そんなまさか。
急すぎて頭がついていかない。
「……申し訳ありません。またしてもご迷惑を」
「いいのよ。迷惑なんかじゃない——は変かもしれないけれど、貴方に罪があるわけではないわ」
一部とはいえ、家を破壊されたのだ。私は絶対怒られる。後から父親に呼び出され、長い説教をされることになるだろう。
それは嫌だ。
でも、今はそんなことを言っている場合ではない。
今一番大切なのは、生き残ること。つまり、殺られないようにすることだ。
「エアリのことはお護りしますから……」
リゴールは立ち上がる。
そして、先ほど見せてくれた手のひらに収まるくらいの小さな本を、さっと開く。
「どうか、憎まないで下さい」
ーーやがて煙が晴れる。
するとそこには、一人の男性が立っていた。
非常に背の高い男性で、手脚は長く、ワイン色の燕尾服を着ている。肌は異様に白く、白どころかやや灰色がかって見えるような色。
「ふはは! 見つけたぞ、王子!」
……王子?
男性は確かに、リゴールを「王子」と呼んだ。それがどういった意味なのかは、私には分からないが。
「何をしに来たのです」
「馬鹿なことを。お前ならば、分かっているだろう」
「貴方の狙いはわたくしでしょう! 無関係な者を巻き込むなど、あり得ないことです!」
リゴールは鋭く言い放つ。
見るからに不気味で、しかも自分よりずっと大きい男性に向かって、怯むことなく物を言えるなんて、尊敬に値することだ。
少なくとも、私にはできない。
「ふはは! 何を言おうが無駄無駄! 我が心は変わらぬ!」
男性は笑いつつ述べる。
いちいち声が大きい。
「心が変わらないのは勝手。しかし! 無関係な者の家を破壊するというのは問題です!」
リゴールも負けじと言い放つ。
「後から請求が来ますよ!」
すると、男性はきょとんとした顔になる。
「なに……? まさか、ここはお前の家ではないのか?」
もしかして、男性はこの家をリゴールの家だと思っていたのだろうか。それで、遠慮なく壊したというのか。
だとしたら、迷惑極まりない。
「だ、だが! ならどうしてお前がいる!」
男性は少しばかり動揺しているようで、頬を汗の粒が伝っていた。
「一夜の宿を恵んでいただいただけのことです」
「んなっ……!?」
「去りなさい! さもなくば、容赦はしません!」
そう告げるリゴールは、ただの少年とは思えない凛々しさを放っている。目つき、表情、声色——そのすべてが、力強い。
「くっ……まぁいい。請求は困るので出直すとしよう。ふはは!」
男性は笑い声をあげながら、一瞬にして姿を消した。
一体何だったの……。