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あなたの剣になりたい  作者: 四季
3.卑怯な策と、すれ違い
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episode.48 最高なんかじゃない

 不気味なくらいあっさりと頷いたトランは、片手の指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、デスタンの瞳に生気が戻った。


「……貴女が、なぜここに」


 デスタンは顔面に戸惑いの色を浮かべながら、そんな問いを放ってくる。


「正気を取り戻したの?」

「……私は一体、何を」


 彼の黄色い瞳には、言葉では形容できないような不思議な強さが戻ってきていた。トランの魔法はきちんと解けていそうである。


「トランに操られていたのよ」

「……私が、ですか」

「えぇ。そもそも強い貴方に斧なんかを振り回されたら、どうしようもなかったわ」


 さりげなく言ってみる。すると彼は、自身の手元へ視線を下ろした。そして、赤く濡れた斧を見て、瞳を揺らす。


「私は……貴女を怪我させたのですか?」

「いいえ、私じゃないわ。リゴールをやったのよ」


 彼はトランの魔法によって操られていただけで、己の意思でリゴールを攻撃したわけではない。それだけに、彼に「貴方がリゴールを傷つけた」と告げるのは、勇気が必要だった。いきなりこんなことを告げるのは酷なのではないかと、そう思ってしまって。


 だが、リゴールの負った傷が消えることはない。

 それゆえ、いつかは真実を知ることになるはずだ。


 デスタンも、すべてが済んだ後に聞かされるくらいなら、今聞かされる方がましだろう。


「王子を!? そんな……」


 らしくなく愕然とするデスタン。


「……こうしてはいられません」

「デスタンさん!?」


 視線を動かし、床に倒れているリゴールを捉えたデスタンは、斧を放り投げた。そして、そのままリゴールのもとまで駆ける。


 私はデスタンを追うようにリゴールの方へ戻りながら、トランを一瞥した。やはり、彼はまだ、口元に怪しげな笑みを湛えている。デスタンが正気に戻ったというのに、変わらず笑みを浮かべている辺り、不気味としか言い様がない。


「王子!」


 青くなった顔を床につけ、力なく横たわっているリゴールに、デスタンが声をかける。するとリゴールは、声に反応して瞼をゆっくりと開いた。


「……デス、タン」

「しっかりなさって下さい!」

「……正気を……取り、戻し……たのですね。良かった……」


 リゴールは弱々しい声を発する。

 その背は、紅に染まっていた。


「私がこのようなことを!?」

「……気に、しないで……下さい」

「やはり、私のせいなのですね」


 デスタンが顔面をひきつらせながら発すると、リゴールは目を伏せて首を左右に動かす。


「……いえ。デスタンは……悪くありません……」

「くっ……私はなんということを……」


 横たわるリゴールのすぐ傍に座り込んでいるデスタンは、悔しげに顔を歪めた。その様子を目にしたリゴールは、悲しそうな目つきになる。


 私は彼らにかけるべき言葉を見つけられなかった。だから、一歩下がって見守ることしかできなくて。リゴールは負傷し、デスタンは精神的にダメージを受け——そんな時に何もしてあげられない自分の無力さを、改めて痛感した。


 そんな時だ。

 すぐ後ろから突然声が聞こえた。


「ふふふ」

「……っ!?」


 驚いて振り返ると、そこにはトラン。

 いつの間にこんなに接近してきていたのか。


「ん? どうしてそんな怖い顔をするのかなー?」

「何なの……」

「ボクはただ、ここからが楽しいところーって教えてあげようとしただけなんだけどな」


 わけが分からない。


「意味不明って顔だね? じゃあ、仕方がないから、もう少し詳しく教えてあげるよ」


 トランは笑顔を崩さぬまま歩み寄ってくる。


「大切な人を己の手で傷つけてしまったことを知った人間の、絶望に染まった顔。最高だよねー」

「止めて!」


 トランから放たれる奇妙な雰囲気に恐怖を感じ、私は、半ば無意識のうちに彼を突き飛ばしていた。


「えー、何それ。つまらないなぁ」

「絶望した人を最高だなんて言わないで!」

「本当に最高だよ?」

「そんなことを言われても、ちっとも共感できないわ!」


 本来、このような刺激するようなことを言うべきではないのかもしれない。薄々そう思う部分もあって。でも、だからといって、トランと同じように「最高だよね!」なんて言うことはできない。そんな行為は、私の心が許してくれないのだ。


「うーん……そっか。まぁいいや。理解されないことなんてよくあるし」


 トランは三歩ほど下がる。

 それから、片側の口角だけを静かに持ち上げた。


「じゃ、そろそろ終わりにしようかなー?」


 トランが指を鳴らす。すると、床が突然せり上がってきた。私たち三人を取り囲むようなドーナツ型にせり上がってきているから、偶然ということは考えられない。


 そんなことを考えているうちに、せり上がってきた床が土人形へと変化した。


 一人で囲まれたらまずい。

 そう思い、私はデスタンの方へと駆け寄った。


 リゴールを胸の前に抱き抱えていたデスタンは、私の接近に気づくと、声をかけてくる。


「逃げましょう」


 デスタンの声は淡々としていた。が、その顔色は悪く、体調が優れない人のような顔つきだ。今の彼と行動を共にするというのは、少しばかり不安である。


「……逃げられるかしら」

「王子を早く手当てせねばなりません」

「それはそうね」


 デスタンに抱かれているリゴールは、気を失っているらしく動かない。デスタンが拾ったのか、その胸元からは本が覗いていて。しかし、気を失っている以上、リゴールは魔法を使えないだろう。


 彼の魔法があれば、土人形くらいさっと片付いたのに。


 少しそんなことを考えてしまった。


 人を抱き抱えているデスタンと折れたホウキしか持っていない私だけでは、土人形たちを突破できるか心配だ。


「ブラックスターのことなら、少しは分かります。私についてきて下さい」

「えぇ」

「死なないで下さいよ」

「もちろん。死ぬつもりはないわ。……ホウキしかないけど」


 いつの間にか少し離れたところへ移動していたトランが、土人形たちへ無邪気に命じる。


「もう殺していいよー!」


 トランの言葉を合図にして、土人形たちが一斉に動き始める。その迫力は凄まじいものだった。


 ——でも、怯んでいる場合ではない。


「行きますよ! 走って下さい!」


 デスタンの言葉に、私は頷く。

 そして、彼の背中だけを見つめて足を動かすのだった。

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