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あなたの剣になりたい  作者: 四季
3.卑怯な策と、すれ違い
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episode.47 止めさせて

 トランの命令に、魔法をかけられたデスタンはゆっくりと頷く。


 彼が無表情なのは元々。

 しかし、いつもの彼の表情のなさと今の彼の表情のなさは、明らかに違っている。


 いつもの彼は、無表情な時であっても、どことなく引き締まった雰囲気を漂わせている。また、髪で隠れていない右目には、鋭い光が宿っている。余計なことを言ったら攻撃されそう、と恐怖を感じるくらいの鋭さが、彼にはあるのだ。


 今の彼にはそれがない。


 目の前にいるデスタンは、中身を抜き取られたような顔つきをしていて、まるで空っぽの人形のよう。


 ただ、それでも、デスタンの容貌であることに変わりはなく。それゆえ、リゴールはかなり動揺しているようだった。


「行っけー!」


 トランが楽しげに放つ。

 すると、魔法をかけられたデスタンは駆け出す。


「来るわよ!」


 視線をリゴールへ移し、叫ぶ。しかしリゴールは「一体なぜ……」などと漏らしているだけ。顔面を硬直させ、動けなくなってしまっている。


 デスタンは、そんな彼に向かって、一直線に進んでくる。


 その手には斧。

 抵抗しないのは危険だ。


 床を蹴り、リゴールに飛びかかるように接近するデスタン。斧を大きく振りかぶっている。


「危ない!」


 私は咄嗟に、動けないリゴールと斧を振りかぶるデスタンの間に入った。

 反射的に前へ出したホウキの柄を、斧がへし折る。


「……っ!」


 柄を握る両手に伝わる衝撃は、これまでの人生で一度も経験したことがないような、凄まじいもので。


「リゴール! しっかりして!」


 二度目は防げない。そう判断し、背後のリゴールに向けて叫ぶ。

 すると、硬直していたリゴールの顔面が少しばかり動いた。


「……エアリ」

「デスタンさんを止めるのよ!」

「は、はい!」


 リゴールはようやく正気を取り戻したようだ。


 右手に持った小さな本を素早く開くと、左手をデスタンの方へかざした。黄金の光が帯のようになり、デスタンに向かっていく。しかし、デスタンはそれを、斧で防いだ。


「ここからはわたくしが!」


 溢れ出す光が薄暗い空間を黄金に染めてゆく。


「大丈夫なの!?」

「はい! お任せ下さい!」


 ホウキが使い物にならなくなってしまったため、私は少し後ろへ下がった。

 今度はリゴールがデスタンと対峙する形になる。


「止めて下さい! デスタン!」

「…………」


 デスタンに攻撃するということには抵抗があるのか、リゴールは魔法を放たず、説得するような言葉をかけている。しかし、リゴールの言葉はデスタンにはまったく届いていないようで。デスタンは、眉一つ動かさず、改めて斧を構えている。


「止めなさいデスタン! 貴方はこんなことをするような人ではないでしょう!」


 その時デスタンの瞳は、リゴールをじっと捉えていた。


「いい加減、目を覚まして下さい!」


 言葉を放つことはしても魔法を放つことはしないリゴールに向かって、デスタンの斧が振り下ろされる。


「……くっ」


 リゴールは咄嗟に膜を張り、デスタンの斧を防いだ。


 が、デスタンは止まらなかった。


 一発目は膜に防がれたものの、それで怯むことはなく、その流れのままもう一度大きく振ったのである。

 その二発目が、黄金の膜を砕いた。


「リゴール!」


 私は思わず叫ぶ。

 その声に反応し、リゴールは振り返る。


 ——刹那。


 彼の背中に、デスタンの斧が命中した。


 少女のように華奢なリゴールの体は、派手に吹き飛び、床に叩きつけられる。持っていた本は、彼の手を離れ、遠くに落ちる。


 俯せに倒れ込んだリゴールの背中は、赤いもので濡れていた。


「デス……タン……」


 リゴールは顔面に動揺の色を濃く浮かべながら、震える瞳でデスタンを見つめる。


「リゴール!」


 私はすぐに彼に駆け寄った。

 倒れているリゴールの近くにしゃがみ込む。


「エアリ……すみません」

「謝る必要はないわ」

「しか……し……せっかくのチャンスを……」


 意識を失ってはいない。しかし、青白い顔をしている。即死でなかったことは救いだが、辛そうであることに変わりはない。


 青白い顔をしたリゴールを見ていると、胸が締めつけらた。


「エアリ、その……本、を……戦わ、なければ……」


 まだ戦う気でいるというのか。こればかりは理解できない。出血がある状態で戦うなんて、無理に決まっている。そんなものは、ただ命を縮めるだけの行為だ。


「駄目よリゴール。その傷で動いたら危険だわ」

「しか、し……次は……エア、リが……」

「でもっ……!」


 その直後、斧を持ったデスタンの姿が視界の端に入った。


 トランによって操られているデスタンには、躊躇いなんてものはない。だから、リゴールが負傷していることなど、少しも気にならないのだろう。倒せ、と命じられれば、倒すまで攻撃する——それが今のデスタンだ。


 デスタンは迫ってくる。

 リゴールのことは心配だが、取り敢えず彼をどうにかしなくては、状況は改善しない。


「……逃げて、下さい」

「え」

「わたくしは……放って、おいて……エア、リは……」

「嫌よ、そんなの!」


 逃げ出したくない、ということはない。私だって、このどうしようもない危機から逃れられるのなら、そうしたい。でも、リゴールを放って自分だけ逃げるというのはどうしても納得できなくて。


「私がどうにかする。デスタンさんを止めるわ」


 だから私はそう言った。


「……で、ですが……」

「リゴールは怪我しているでしょう。だから動かないで」

「し……しかし……エアリ……」

「大丈夫。負けないわ」


 不安げな眼差しを向けてくるリゴールにきっぱりと告げ、立ち上がる。そして、視線をデスタンへ向ける。


「リゴールになんてことしてくれるの!」

「…………」

「目を覚ましなさいよ!」


 そう叫び、駆け出す。

 デスタンに向かって。


 そのまま彼の体に体当たり。滅茶苦茶だが、私にはもはやこれしかなかった。


 さすがのデスタンも体当たりは想定していなかったらしく、よろけて数歩後ろへ下がる。転倒には至らなかったが、確かにバランスを崩していた。


 その時、離れたところから私たちの様子を眺めていたトランが、唐突に口を開く。


「ふふふ。なかなか面白いことをするねー」


 こんなことを、軽やかな調子で楽しげに言われると、腹を立てずにはいられない。


「トラン! いい加減止めてちょうだい!」

「ん?」

「デスタンさんにかけた魔法を解いて!」


 暴れているのはデスタンだが、デスタンを暴れさせているのはトラン。つまり、元凶はトランなのだ。彼が魔法を解いてくれさえすれば、こんな戦いを続けなくて済む。


「こんな戦い、もう止めさせて!」


 するとトランは、にっこり笑って頷く。


「うん。いいよー」

「……え」


 私は耳を疑った。

 こんなにすんなりと頷いてもらえるとは、少しも考えてみなかったから。

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